第14話:領内での日々
あれから早くも一ヶ月経った。
あれからステラの屋敷で彼女と共に生活している俺はというと――
『そこだステラ! 絶対に逃がすな!!』
「分かってる!!」
『Voooooooooooooo!!』
鑑定
バーサーカーホース
スキル:俊足・狂化・大暴れ・肉体強化
ブルーハーツ家の領内の森で、害獣――魔物狩りをする日々を送っていた。
今、目の前にいるのは目が血走った漆黒の馬<バーサーカーホース>
簡単に言えば狂った巨大な馬だ。
領内で家畜や畑を荒らすコイツを、ステラと共に追いかけている最中だ。
浮遊と氷魔法を使い、俊足で走る奴に接敵した時、俺はステラへ叫んだ。
『ステラ! 放つぞ! アイスガ・ギロルドンだ!!』
「分かった! いっくよニブル!!」
――<アイスガ・ギロルドン>!!
側面に接敵した瞬間、俺とステラは同時に呪文を唱えた。
そして奴の胴体目掛けて氷のギロチンが降り、バーサーカーホースはそのまま両断された。
断末魔もなく絶命したバーサーカーホース。
それを見てステラはガッツポーズを取っていた。
「やった! やったよニブル!」
『おう! それだけじゃない!――<スキル吸収>発動!!』
――スキル吸収:俊足
よっしゃ! 俺が欲しかったのはこれだよ!
このスキル! このスキルさえあれば高速で動けて、ステラの助けになる筈だ!
俺はバーサーカーホースから<俊足>のスキルを吸収した事を喜び、ステラも領内を荒らす魔物を狩れて共に喜んだ。
「ありがとうニブル! これで皆も喜ぶよ!」
『そうだな。これで家畜とかも被害がなくなるだろ』
あぁ大変だった。害獣――魔物被害って意外と多いんだな。
この一ヶ月、特にこのバーサーカーホースのせいで大変だったわ。
牛や豚を襲うわ、畑を荒らして作物ダメにするわ。最悪だったな。
しかも領民が泣いて頼んでくるから、ステラもやる気出すし。
この一ヶ月は、この馬に振り回されて今日、ようやく討伐できたわ。
『いやぁ~でもスキルも手に入ったし、領民も助けられたし、最高の結果だな!』
「うん! うちの領内は家畜や農作物で生計立ててるから、死活問題だったもん。これでようやく安心できるよ」
そう言ってステラは伸びをしていると、騎士達がようやくやって来た。
「お嬢様!」
「魔物はどうしましたか!」
「あっ! 皆、魔物は討伐したから後はお願い!」
ステラはそう言うと駆け足で騎士達の横を通り過ぎていく。
背後から騎士達の驚く声が聞こえてくるが、後始末ぐらい頼んでもバチは当たらないだろう。
ステラも早く領民に伝えたいんだろうな。
全く、ブルーハーツ家は本当に領民と仲良いんだよなぁ。
俺はこの一ヶ月での事を思いだしながら、そんな事を思っていると、やがて森を出た。
すると目の前に大きな牧場・畑・風車や井戸が立ち並ぶ――ブルーハーツ家領内が視界に入って来た。
そして、そこで働く領民達を見つけると、ステラは嬉しそうに手を振りながら声をあげた。
「お~い! 皆ぁ~! バーサーカーホースは討伐したよぉ!!」
「えっ! おぉ! ステラ様!」
「ステラ様だ! ステラ様が魔物を倒してくれたぞ!」
ステラが小走りで皆に近付いていくと、向こうは走りながらワラワラと集まってきた。
そしてあっという間にステラは領民達に囲まれてしまった。
「ありがとうございます! ステラ様! これ、うちで採れたサツマイモです! 持ってってくだせぇ!」
「そんな泥だらけの芋を渡すとステラ様が汚れるでしょ! ステラ様、特製のリンゴジュースがありますよ。一杯どうぞ」
「わぁぁ! 貰う貰う!」
そう言ってステラは木のマグを受け取ると、俺の氷魔法でマグを冷やした。
そしてキンキンに冷えたリンゴジュースを一気に飲み干した。
「ぷはぁ~! 美味しい!」
やれやれ、豪快な飲み方だな。
しかも、この一ヶ月で俺の扱いも上手くなったものだよ。
この一ヶ月、候補者は襲撃して来なかったが、ずっと魔物を狩ったり、俺と魔法の修行をしていたから扱いは上達した。
少なくとも雷小僧達の時の様な、四苦八苦なゴリ押しばかりじゃなくなるだろ。
「ステラ様! うちで子ヤギが生まれたんですよ!」
「うちで作ったチーズ! 屋敷に後で持っていきますね!」
「ねぇねぇステラ様! 一緒に遊んでぇ~!」
いやでも、本当にステラもそうだがブルーハーツ家の人気は凄いな。
たまに浮遊で外出してみたが、領民からブルーハーツ家を貶す言葉は聞いたことがないぞ。
まぁそれだけ良い統治をしているって事だよな。
「じゃあ一緒に遊ぼうか!」
そう言って子供と一緒に遊ぶステラを見ても分かる。
彼女も、彼女を見る領民も互いに信頼し合っているってな。
他にも遠くでステラのお父さんが、代表達と被害の話をしているのが見える。
汚れる事を一切気にせずに、立派に仕事を熟すあの人は尊敬に値するよ。
前世だと、嫌な仕事の時だけ消える厄介な人間もいたしなぁ。
それと比べると、とんでもなく立派だよ。どうりで領民から慕われる訳だ。
「キャッ! こらぁ~スカートめくっちゃダメでしょう!!」
「わ~い水色下着ぃ~!」
「こらぁ~!!」
まぁステラの場合は……精神年齢が低いからかも知れないがな。
俺は子供を追い掛け回し、最後にコケる持ち主を見て内心で溜息を吐くのだった。
そして、そんなこんなで日が暮れ始めると、ステラは領民達に手を振りながら屋敷へと帰って行くのだった。
その帰路の道中で、俺はステラに聞いてみた。
『しっかし本当に領民に慕われてるな、ステラ。領民から尊敬とか信頼しか伝わって来なかったぞ?』
「領民と仲良く、そして大切にするのは当然だよ。お父様も言っていたけど、領民あってこその貴族なんだって。私もそう思う」
成程な。尚更、尊敬できるよ。
立場が上がれば他者を見下す奴なんて腐るほどいるのに、ブルーハーツ家の人達はそれに溺れないんだな。
きっと芯があるんだろう、心に。
俺はそう嬉しく思っていると、ステラはそう言って、嬉しそうに笑いながら話を続けた。
「それに私が生まれた時から既に一緒に育った人達だもん。もう家族と同じだよ。――そんな皆の生活を、少しで良いから楽にしてあげたいんだ」
『……それが願いだって、言ってたもんなステラは』
幸せそうに見えても楽じゃない部分はあるんだろうな。
この一ヶ月で魔物の被害だって多かったし、土地的な問題とかもあるんだろう。
対策するのにだって金はいる。
でも下級貴族のブルーハーツ家にだって限界はある。
だからステラは戦うんだろうな、候補者として。
少しでも皆を楽させる為に。
『家族も使用人も、そして領民も皆大好きなんだなステラは』
「うん! 大好き! 皆……私の守るべき大事な家族だもの!」
だろうな。きっと戦う理由だと弱いんだろうな。
でも、それがステラには大事な事なんだろう。
グーラン達が言っていた、ステラに足りないもの。
それが少し分かった気がした。だけど、それはステラにとって大事なものなんだ。
きっと、彼女の心の強さになってくれる筈だ。
俺達はそんな会話をしながら屋敷へと帰って行くのだった。
――だが、この時に少しでも気付いていれば良かった。
ステラや、そして《《領民達》》を見ていた悪意に。
「見~つけた! 馬鹿みたいに油断している候補者と、そのアホみたいな領民共。――あれは《《良い傀儡》》になるぞ~」
――新たな敵は、すぐ傍までやって来ていたんだ。




