四十九話 奏の精神世界 二
精神世界の最深部は毒に侵されていなかったので、遥達は空中浮遊を解除する。
突然重力が戻った遥は膝から地面にべしゃりと落ちたが、痛みを全く感じない。見た目は地面なのだが、クッションのようにふわふわしていた。
「奏──」
遥は友の名を呼ぶ。巨大な白い繭に包まれている奏の身体からは、不気味な青い蔦が無数に伸びている。遥達を敵と判断したその蔦は生き物のようにそれを伸ばす。
『はっ──!』
シエラは腰につけていたチェーンクロスを取り出すとその蔦を地面へと叩き落とす。
シルフもやれやれとため息を付きながら風の刃を飛ばして蔦を切り裂く。
『ねぇ、あれはハルカ様のお友達なんでしょう? 早く起こして来てよ。キリがないから』
シルフにそう促され、遥はグラディウスで蔦を切り裂きながら繭に捕らわれている奏に近づく。
「奏っ!!」
白い繭に剣を差し込み、奏の身体を何とか分離させようと試みる。
しかし、繭は佳代の意思そのものであり、奏を離すまいと今度は棘のある青い蔦を伸ばしてきた。その追撃はシルフの飛ばした風の刃が断ち切った。
「奏、帰って来い! お前が居る場所はそこじゃないんだっ!!」
────
(うるさいなあ……)
遠くで遥の声が聞こえる。あいつの声は頭の中に残るんだ。
なんであいつはまた泣いてるんだろう──僕は、遥にまた嫌なことを言ったのだろうか。
ここは気持ちいい。だって、大好きな佳代が側に居てくれるんだ。
僕を一途に慕ってくれる可愛い妹。
両親の勝手な都合に翻弄された可哀想な佳代。大丈夫だ、兄ちゃんが佳代をずっと守ってやるからな。
『にーに……』
「あぁ、佳代。一緒にいるからな」
クスクス笑う佳代が奏の身体にぴったりと寄り添う。まだ幼い彼女は舌ったらずな言い方で奏に甘い言葉を囁く。
『佳代は、にーにとヒトツニナルノ』
「一つに?」
『にーには、佳代のこと好き?』
「うん、佳代は僕が守るからね」
『──えへへ。にーに、佳代と一緒になろう』
佳代の身体から青い蔦が伸びてくる。それは奏の首元に纏わり付き、さらにゆっくりと締め上げていく。
「うっ……ぐっ」
『にーに、これでアタシと一緒に──』
奏の意識が落ちると同時に、佳代の八重歯が奏の首筋に噛み付く。
──それはまやかしだ!!
遥のグラディウスが繭を貫く。それは同時に佳代を傷つける結果となり、彼女は金切り声を上げて姿を消した。
────
遥の呼びかけが効いたのか否か──佳代が産み出した繭が二つに割れる。その中からは青い薔薇の花を咲かせた成熟した女性と、薔薇の蔦に捕らわれている奏の姿があった。
女性はどうやら青い薔薇によって急速に成長したようだ。未来の佳代は大好きな奏を自分と同化するためにだけ行動している。
『よくも──私から奏を奪うなんて!』
逆上した佳代は両手から青い薔薇を取り出し、それを茨の鞭へと変えた。
『うふふ、奏は渡さない。だぁい好きな私の奏──ここで一生私と暮らすの。フェリ様のお陰で、私は奏と同じ歳になれた。これでもう誰も敵はいない』
「佳代ちゃん、そんなことをしても奏は喜ばないよ」
『煩い! お前はいつもいつも奏を苦しめる。お前なんて、本当は勉強なんてしなくてもテストも出来る、学校なんて行かなくても全て知っている』
佳代の言葉に遥の動きが一瞬止まる。その隙に彼の左手首に佳代の放った青い蔦が巻きついた。
『奏は違う……地味で、根暗で、目立たなくて、彼は努力をしないと歯牙にもかけられない。
影の努力で学年一位を取って、さらに勝ち取った学級委員の地位を、お前と佐久間がぶち壊したんだ』
「そんな──」
千秋は確かにモテる。そして千秋と彼が話をするようになってから、確かに遠藤奏という人物が浮かびあがったような気がする。けれども、そんなのはただの逆恨みに過ぎない。
遥も努力をしていないわけではないし、まして千秋も人の心が読めてしまうから必要以上に人に関わらないようにしていたはずだ。そこまで考え、遥は顔を上げた。
「まさか、千秋は奏の心を……?」
『ああそうさ! あの男は奏が一人ぼっちで寂しいと勝手に勘違いしたのさ。その所為で奏の周りには鬱陶しい人間が寄るようになった。
奏が求めているのはそんなもんじゃない。奏には、私が居ればそれで──!』
「……それは違うよ、佳代ちゃん」
歪んだ愛情──
佳代はきっとこんなコじゃなかったはずだ。
青い薔薇が彼女の負の感情を増幅させている。そしてそれこそが彼女の力となる。
『フェリ様にご褒美が貰えるの。私が混血児を殺したら、奏と一緒にフェリ様の屋敷で永遠に暮らしていいって』
佳代の瞳が紅に染まる。奏の精神世界において、彼と一番近い位置にいる彼女は最強の力を発揮する。
「ぐっ……う、あああああっ!!」
『私と奏の為に、死んで──混血児』
『ハルカ様っ!!』
左腕に流された強力な電流により、遥は一瞬で意識を失った。その身体をシエラが受け止め、鼓動を確認する。
『フェリ……自分の手を汚さずに人間の感情を揺さぶる最低な女。カヨさん、貴女に罪はないけど、ハルカ様を傷つけた罪は大きいわよ』
『ちょっと、シエラ熱くならないでよ! ハルカ様をどうすんの?』
『──生命転換を使います』
『バカなことするんじゃないわよ、あんた死ぬ気?』
シルフの言葉にシエラはにこりと微笑む。
『私達の命は、全てウィル様の為に』
『──全く……捨て駒にされるあんたらの運命の方がハルカ様よりも不幸に見えるよ』
吐き捨てるように呟いたシルフの言葉をシエラは愚問だと笑う。そんなやり取りをしている間にも飛んでくる空気の読めない青い蔦を、チェーンクロスで叩き落とした。
『さあて、カヨさんにはハルカ様をこんな目に合わせた報いを受けてもらいましょう──』




