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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第四部 奏編
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四十八話 奏の精神世界

 唯一精神世界に入れるエンプーサのシエラ。

 彼女の登場により、奏を救う方法に光が見えた。


「リャナ、私はシエラと彼の中に行ってくる。後は──」

「待てよ、俺が行く」


 エンプーサ達にこの場を任せて、奏の精神世界に入る準備をしていたウィルを止める。


「此方に戻れる保証はありません。ハルカ様が救った友人達の世界とは随分異なっているのです」


 やんわりとシエラにも同行を止められるが、遥も引き下がるつもりは無い。


「グラディウスを持って行くし、それに……奏は、俺の友達だから」


 たとえどんな状態であっても救いたい。その気持ちは一切揺らがないものである。

 遥の意思をどうするかの決定権はウィルにある。シエラは視線を動かして決定を待った。

 数秒の沈黙の後、ウィルが遥に向けてグラディウスを手渡す。


「……青い薔薇は危険だ。その美しさと棘の猛毒に犯されてしまうと、二度と人間に戻ることはない。術者の人形となるのみ」

「要するに、触れなきゃいいんだよね?」


 簡単にそういう遥の言葉に、ウィルは思わず苦笑した。

 ──触れなければいい。それは尤もなことなのだが、青い薔薇は黒い薔薇よりも凶暴でなかなか手がつけられない。だからこそ、フェリの存在そのものが危険因子とされているというのに。


「ふっ……無鉄砲な所は誰に似たのか。必ず戻れ、ハル」

「はい。──行ってきます……」


 紅の瞳に変わったウィルに触れられた瞬間、遥の意識はそこで途切れた。



 ────



「う、わあああああっ!!」


 体験した二つの精神世界とは異なり、足場が無い。

 何処までも落ちる感覚に、遥は唇を噛み締めた。この下がどうなっているのか、周囲も真っ暗で何も想像できない。


空間浮遊(レビテーション)

「わ、わ、わぁっ!」


 落ちる感覚が突然止まったと思いきや、今度は無重力の感覚に変わった。その急激な環境変化に、遥の身体は空中で一回転する。

 思わず変な声が漏れてしまったが、その遥の反応を鈴のような声が笑う。


『きゃははっ! ハルカ様って、ウィル様と全然違うのね』

「だ、誰……?」


 遥はまだふわふわ浮いている感覚に慣れずに逆さまの状態で声の主を見つめた。

 目の前に立っているのは透明な羽を羽ばたかせる小さな少女だ。


「妖精?」

『超失礼! アタシはシルフ。妖精の親分よ』


 シルフという名前は本で見たことがある。確か風を司る精霊のはずだ。まさか、現物が生まれたての子供のように小さいとは思わなかったが。

 まじまじと彼女を見つめていると、シルフの方が唇を尖らせて少し離れていった。


『エッチ!』

「そ、そんなこと言われても、この浮いてるのに慣れないよ」


 浮遊により身体の位置を固定出来ないので、どうしても視界が逆さまになってしまう。

 遥の目線は彼女のスカートの中を覗いてしまう形となっていたので、もはや彼女から何を言われても反論は出来ない。


『ふふっ、シルフ様それくらいにしてください』

『あらシエラ。珍しいわね、貴女がこちらで活動するなんて』

『はい。青い薔薇が相手ですから、今は夢魔を見張るよりもこちらが最優先かと』

 同じく浮遊しているシエラに両腕を支えられた遥はようやくまともな視界を取り戻した。

 そして見渡す限り毒に侵された紫色の地面に言葉を失う。


「こ、これが──」

『はい。ハルカ様のご友人の精神世界です』


 端的に告げられた事実に言葉を失う。

 地面には白骨化した何かの骨、そして地面は腐り、溜まり水は毒の瘴気を放っている。


「どうしてこんな事に……」

『簡単なことよ、怒りと憎しみの感情が強い。それをフェリに見つかって、負の感情を増幅させる青い薔薇と死の口づけをされたんでしょうね』

「……」


 奏とは高校一年の時から同じクラスではあったが、寡黙な彼とまともに喋るようになったのは二年生になってからだ。


 ムードメーカーの千秋がクラス委員の彼を茶化して、以外と喋れるやつだと知ってから気がついた時には一緒に行動することが増えていた。


 大嫌いなテスト週間になると教室で奏の授業より分かりやすい解説を聞き、彼が最愛の妹を保育園に迎えに行く前に解散する。


「奏の精神世界がこんなにも荒れているのは、妹さんが居なくなったから?」

『妹さんが崩壊した時、この人間の精神は死にます』

「精神が、死ぬ?」

『ええ。肉体は無事であっても精神が死んだ人間はもう戻らない。半死人(グール)としてではなく、ただの置物──それこそ、フェリの場合は食事用の餌に変える』


 青い薔薇。それはフェリの扱う術の一つであり、人間の血を吸いあげたそれは彼女の食事でもある。全ての血を吸いあげて枯渇した人間の肉を最後に食す。


 自身の手駒としてではなく、純粋に人間を食事としか捉えていない吸血鬼フェリ。


『時間がありません。急ぎましょうハルカ様』


 シエラに手を引かれて遥は毒の道を飛んだ。

 この浮遊感覚に早く慣れないと戦いになった時に全く役に立たない。


「シエラ、この浮いている感覚を覚えるコツとかあるの?」

『足に力を入れすぎるから法則が捻れるのでしょうね、前に力を入れてみてはどうでしょうか?』


 作用・反作用の法則を思い出した遥は、後ろにひっくり返るので体重をかける意識を変えてみる。何度か繰り返してみると体幹が真っ直ぐになることが増えてきた。


『きゃははっ。なーんだ、やっぱりウィル様の息子なのね。飲み込み早いじゃん!』

『シルフ様、その言い方は……』

『だって、だって、アタシはウィル様にもっと好かれたいのに、ちっとも構ってくれないんだもん。契約だけしといて放置? 何それ的な』


 勝手に抱いていたシルフのイメージがあまりにも違いすぎて、遥は思わずこめかみを押さえた。

 本の世界と現実はやはり違うらしい。


「シルフはどうしてウィルと契約を?」

『ん? それはウィル様の目的に惚れたからよ』

「目的……?」

『そっ。あの方は、人間と吸血鬼の確執を変えようとしている。貴方はきちんとウィル様のお考えを知るべきよ』


 母の手紙にも書かれていた〈ウィルは希望〉という言葉。

 人間側から見て、吸血鬼である彼が希望と言われる理由は遥だけが知らないウィルの思惑があるのだろう。


「父さんは……何も教えてくれない」

『──ハルカ様、ウィル様が成そうとしている事は、貴方の精神が成長してからなのです』

「どういう……」


 事情を知っているエンプーサ達は遥の顔を見ると皆、苦しそうに視線を逸らす。

 そして彼らの行く先で爆発音が響き、毒の空間がぐにゃりといびつに歪んだ。


『まずい、青い薔薇に気づかれた。精神世界から我々を追い出そうとしている。突撃しますよ!』

「う、うん……」


 遥は先導するシエラに手を握られ、浮遊の力を使い、先に進む速度を上げる。ぐにゃぐにゃと歪みながら空間が小さくなっていく。


『行きますよ──!』


 奏の精神世界が閉じられる寸前、二体と一人がその最深部へと滑り込んだ。

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