四十五話 繭の中
翌日──
奏は今日も学校を休んでいる。確かに、昨日見舞いに行った時には相当やつれていたし、何かあるような気はした。
二日続けて奏が休むのはおかしいと言い、唯と加奈が今日見舞いに行こうと言い始めた。
昨日ウィルに聞いた青い薔薇の紋章と、それを扱うフェリという吸血鬼の存在は危険過ぎる。そのせいか遥はみんなでお見舞いに行こうとは口に出せないでいた。
そんな遥の様子を見かねた千秋が、自分はサッカー部に顔を出したいし、見舞いは明日も休んだらにしようとその場を諌める。
納得した二人の女子はそう? と小首を傾げたものの、特にそれ以上言及してくることはなかった。
「じゃあ遥君、千秋、また明日」
「おう」
唯と加奈に笑みを向けた千秋は、二人の姿が消えた所で遥に耳打ちをする。
「……なんか、やばいんだろ?」
心を読める千秋に隠し事は通用しない。遥は苦笑いしながら昨日ウィルの話した内容を告げた。
────
奏が心配な二人は結局、彼の家を訪れていた。昨日よりも間違いなく暗闇が広がっているように感じられる。
「俺たちだけで大丈夫だろうか?」
「うーん……でも遥はあまりウィルさんに言いたくねーんだろ?」
「出来れば、俺は自分の力で奏を救いたい」
正確にはこれ以上、ウィルの吸血鬼を手にかけたくはない。
例え考え方や守りたい物が違うとしても、彼らは人間と違い、その数は限りなく少ないのだ。
また、彼らは好んで子を設けるわけでもないし、そう簡単に子もできない。
人間同士の子作りと比較するならば、彼らのそれは一割以下の確率だ。
ウィルと華江の子が無事に産まれた事は奇跡に近い。
遥はウィルに出来るだけ頼らずに、自分の友人を守る気持ちを固めていた。
その為、いつ何が起きても大丈夫と護身用の短剣を持ち歩いている。
「さて、奏の姉ちゃんが出てきて……」
インターフォンを鳴らした瞬間、かちゃりとドアが開く。昨日家の中を案内してくれた咲が、にこりと笑みを浮かべていた。
『あらあ、イケメンのお友達じゃない。奏も罪な男ねぇ──』
クスクスと笑う彼女は昨日と全く別人。操り人形のようにも見える。
異変を察した千秋はいち早く懐から札を取り出し、咲の額に貼り付けた。
『ギヤアアアアアア!』
断末魔の悲鳴と共に、咲の額から白い煙がぷすぷすと上がる。
「遥、此処は俺が何とかする、お前は奏を……!」
「で、でも千秋──」
「心配すんなって。俺も一応、式神使えるから」
にかっと白い歯を見せて笑う千秋は、まだ召喚したことが無いとは言え、父親譲りの式神使いの素質がある。
精神世界で起きた出来事や、この最近の異常現象が千秋を強くしていた。
いつしか必要となる力。
それを求めた千秋は、昨日父親に相談していたらしい。
「さあ来い。騰蛇!」
千秋は父親が印を込めた札を口に咥え、ふっと息を吐き出し、六芒星の印を結ぶ。
すると札は幻炎と共に消え、印の中から白い蛇が姿を見せる。
長い胴は咲に絡みつき、鋭い二本の牙を覗かせていた。
千秋に下は任せ、遥は急いで三階への階段を登る。そこは白い蜘蛛の巣で覆われた繭の世界であった。
「奏っ……どこだ!?」
グラディウスで蜘蛛の巣の糸を切り裂くと、中から子供の声が聞こえてくる。
『あれ、佳代ちゃんのお友達?』
『ねー、ねー、遊ぼうよぉ』
遥の背中には二人の子供がいつの間にかのしかかっていた。──気配すら感じなかったのにおかしい。背筋にひたひたと忍び寄る冷たい空気に、遥は思わず息を飲み込む。
『佳代ちゃんのお友達?』
無邪気な少年が再度問いかけてくる。
子供には嘘は通じない。遥は正直に頷き、正確には佳代の兄貴の友達であることを告げる。
すると子供達は途端に不機嫌になり、奏の部屋へとドアをすり抜けて行ってしまった。
何が起きているのかは分からないが、空気はおかしい事だけは理解できる。
ゆっくりとドアノブに手をかけると、そこから風の刃が手のひらを貫いてきた。
真空波のようなその風は、何度も遥の身体に向かってくる。室内なのにこのような風が発生する事はありえない。
意を決してドアを開けると、そこには裸の奏と妹が抱き合ったまま白い繭に包まれていた。
二人の額には、青い薔薇の紋章が淡く光を放っており、佳代の身体からは既に枝が伸びている。
奏は意識が全く無いようで、瞳を閉じたままだ。
一歩彼らに近くと、遥の存在に気づいた佳代が真紅の瞳で睨みつけてくる。
『にーにを、奪わないで!』
「佳代ちゃん……どうしてそんな姿に、奏は君のことを」
『にーには、私ダケノモノ』
佳代は友達に目配せして、遥を敵と認識させる。
既にフェリの配下である彼らは、小型のナイフを握りしめていた。
それ自体の殺傷能力は限りなく低いが、問題はそれを子供が持っていることだ。
身長差でも、能力的にも勝てる戦いなのだが、一番の問題は、如何にして相手に傷を与えないで倒すかによる。
グラディウスでは強すぎて子供の命を決してしまうだろう。傷をつけないでこの場を諌める方法。
「──ウンディーネ、力を貸してくれ」
『仕方がないのぅ。さあ呼べ主人」
「……育まれし清らかな真水よ、かの者たちを悪しき楔から解き放て……水神の咆哮」
ウンディーネの言葉が、そのまま遥の口から同時に紡がれる。精霊の力を得た遥の両手から蒼い水な球が生み出される。それはナイフを持った少年少女達の顔を目掛けて飛んで行った。
『シャボン玉だ!』
『きゃははっ!』
無邪気に術にハマった子供達はその球の中に吸い込まれる。そこから出られなくなったわけだが、何かのアトラクションと勘違いしているようで楽しそうにはしゃいでいた。
その無邪気な光景に遥は胸を撫で下ろし、殺意の篭った瞳を向けてくる佳代と対峙する。




