表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第四部 奏編
52/66

四十一話 保育園に忍び寄る魔の手

 保育園が次々と閉鎖されていく中、〈マーガレット〉だけは通常と変わらない。

 寧ろ理事長が運営方針を変えてから、ここに通う子供達の身体能力が抜群に上がった。


 昨日までは逆上がりが出来なかった子が突然出来るようになった。対人恐怖症の子が英語をペラペラ話す。そしてはしゃいでいた子供達が軍隊のように統率の取れた動きをするようになった。だからと言って子供達から苦痛の表情は全く見られず、寧ろ出来る事が増えた事により生き生きしている。


 親としては腕白な子供達が突然言う事を聞くようになってくれたので、手がかからなくなり大層ありがたいようだ。しかしそれは全て宍倉峰子がフェリと同化した事で起きている。

 ──〈マーガレット〉は、青い薔薇の紋章で溢れている事を誰も知らない。


「……此処から魔力が溢れている」


 ウィルは〈マーガレット〉の上空から二階建ての保育園を見下ろしていた。その瞳は紅に染まり、魔力の放出されている場所を検索している。


「まさか、フェリは人間に憑依しているのか……?」


 憑依の能力は限りなく厄介だ。憑依した人間を殺したところで、すぐさま別の人間に憑依してしまえば悪戯に死骸が増えるのみ。


 無益な殺生は好まないウィルにとって、人間の命など紙切れ以下と考えているフェリとは絶望的に相性が悪い。


 しかも憑依をしている間は魔力の流れが断たれている。つまりフェリがどの人間に憑依しているのか──それを見た目だけで探すしか方法は無いのだ。


「きゃははっ! せんせー、次こっち」

「次はまーくんが鬼だよ。はい、みんな逃げろ〜!」

「ええーっ! マキちゃんずるーい」


 眼下では子供達と保育士がじゃれあいながら楽しそうに遊んでいる。その場所に入れない子供には別の保育士が声をかけており、怪しい雰囲気は感じられない。


 ウィルは自らが封印したもう一人の息子を想い、瞳を閉じた。


「──カイ……」



 ────



「宍倉理事長、今月の待機児童が50人を超えてしまいましたね」

「そうね、あちこちの保育園が化け物騒ぎで閉鎖しているのが原因でしょう?」


 宍倉は待機児童の用紙を見ながら子供と親のチェックをしていく。その作業の間も保育士は携帯電話で化け物のニュースを見つめていた。


「本当、怖い世の中ですよね。理事長、知ってます? 昨日も品川区の保育園で化け物が出たって話ですよ」

「……怖いわねぇ。でも、〈マーガレット〉は大丈夫よ。私が守るから」


 宍倉の妖艶な笑みを見ても同僚達は頼もしいと首を縦に振っていた。彼女が既に吸血鬼となったことを、まだ誰も知らない。


 お先に失礼します、と帰っていく保育士達を笑顔で見送った宍倉は理事長が使う部屋に足を向け、天井に向けて紅な瞳を光らせた。すると天井の壁がガクンと動き、そこにはすやすやと幸せそうな寝息をたてて眠る五名の少年・少女達が巨大な籠に入れられていた。


「さて、今日は貴方達ね」


 宍倉はハイヒールの音を暗闇の中で響かせると、籠の中から眠る子供の一人を持ち上げ、そっと腕に抱いた。


『──イタダキマス』


 ニヤリと赤い唇が妖艶に微笑み、二つの声が重なる。宍倉の口から覗いた八重歯はさらに鋭く伸び、少年の左首にぷすりと刺さった。

 少年は一瞬だけ目を見開いたが、ジュルジュルと血を吸われた瞬間、彼の目から生気が失われる。そしてその少年は全身を淡い青の光に包まれると、姿を産まれたての小さな蝙蝠へと姿を変えた。


 キイキイと小さな声を上げる蝙蝠の声で、眠っていた四人の少年、少女達も目を覚ました。


「あれぇ、せんせー……」

『何も心配しなくていいのよ、貴方達は、私の可愛い、可愛い子供──』


 宍倉──フェリの瞳が紅に染まる。その光に魅入られた子供達はこくりと小さく頷いた。今蝙蝠に変わった少年はパタパタと羽を動かしていたが、フェリの唇に吸い寄せられていく。

 パキッと羽が砕ける小さな音と共に、彼女の赤い唇は青い蝙蝠をゆっくりと咀嚼していく。子供達はその光景を生気の失せた瞳で見つめていた。


「──いい子ね、貴方達……」


 フェリは唇から赤い血液を垂らしながら子供達の頰をそっと撫でる。その四人の子供達は彼女の「食事」ではなく、魅了(チャーム)によって意のままに操られる使い魔(ファミリア)へと姿を変えた。


 食事を終えたフェリは唇についた血液を拭いながら自分の机に戻る。椅子に座り長い脚を組んだ所でマーガレットにいる子供達のリストを確認する。


「両親に愛されていない可哀想なお嬢ちゃん。次は、彼女にしようかしら……」


 フェリが机に置いた資料には、先ほど魅了をかけた四人の子供達の名前が記されている。そこには遠藤佳代──奏の妹の名前も記載されていた。



 魅了をかけられた子供達は何事も無かったかのようにそれぞれの家へと戻される。空間を操る彼ら吸血鬼(ヴァンパイア)にとって人間一人を捕まえて元の場所に戻すなど造作もない。


 その日、夜中にふと目を覚ました奏は窓の前で外を見つめている佳代に背後から声をかける。


「佳代?」


 一度眠りについたら朝まで絶対に起きない佳代が起きるなど珍しい。何か悪夢でも見たのかと思い、奏はもう一度佳代に声をかけた。

 すると振り返った佳代は、いつもと変わらない笑顔を奏に向けて何事も無かったかのように布団に潜り込んでくる。


「にーに、月が綺麗だね」

「ん……? 月──ねぇ……」


 きゅっと抱きついてきた佳代の背中をとんとん叩きながら赤く染まる不気味に欠けた月を見上げる。

 満月でも半月でもないそれは、赤い雲に覆われて血色のようにさえ見えた。それを〈綺麗〉という佳代の感性もよく分からないが、子供特有の物かと解釈する。


「もう遅いからおやすみ」

「うんっ。にーに……大好き」


 頰に触れるだけのおやすみのキスをして佳代は奏の腕の中で再び瞳を閉じた。


 平穏で変わらない遠藤家の日常が、少しずつ壊れていく事をこの時の奏はまだ何も知らない……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ