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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第四部 奏編
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閑話 フェリという悪魔

 ティエノフ家の地下に安置されているのは古びた棺桶だ。十七年前に、大量の札で封印されていたそれの前にアスラは足を向けていた。

 封印を破り外に出ようと、棺桶が静かに暴れている。


「──もう封印は無理か……仕方がない」


 溜め息と共にアスラは棺桶から少し離れて術を唱える。途端に棺桶は左右にガタガタと揺れ始め、天井に蓋を吹き飛ばした。

 しかし派手な動きを見せた割にその棺桶の中には誰も居ない。最悪の結末に、アスラは忌々しいと舌打ちをする。


「──チッ、逃げ足の早い」


 封印されていた吸血鬼(ヴァンパイア)フェリは既に移動を開始していた。

 彼女は蜘蛛、猫、蝙蝠、霧──ありとあらゆる力を使う。その為彼女を捕まえるのは容易ではない。


 一階で女の悲鳴が聞こえてきた。

 吸血鬼(ヴァンパイア)にとってたかが十七年とは言え、封印から解き放たれたフェリは相当空腹だったのであろう。

 アスラが急ぎ大広間に戻った時には、四体の吸血鬼(なかま)の死骸が転がっていた。


「フェリ、いい加減にしろ」


 仲間をも食事として扱うフェリの態度にアスラの怒りは収まらない。クスクスと頭の奥で響く彼女の声が耳障りだった。


「──アスラ、私は誰の命令も聞かない。私は私のやり方で若き聖乙女の血(ジャンヌ・ブラッド)を手に入れる」

「貴様が動く必要はない」

「あははっ、生ぬるいじゃないかい、アスラ──お前のやり方では混血児(ダンピール)が強くなって厄介になる……もっと頭を使うんだよ」


 脳裏に声が響いたと思いきや、フェリはアスラの目の前に降り立っていた。十七年の封印はフェリの怒りを増幅させていた。


「私の力で簡単に混血児(ダンピール)を絶望に落としてやるよ──ふふっ」


 妖艶に笑うフェリは唇から小さな蝙蝠の羽を覗かせる。それはフェリの力によって蝙蝠に変化させられた吸血鬼(なかま)だ。

 ピクついていた蝙蝠は、彼女の口の中でコリコリと咀嚼されていく。まだ生きていた蝙蝠は骨を噛み砕かれた音と共にピタリとその動きを止めた。


「──相変わらず、悪趣味な〈食事〉だ」

「効率的でしょう? わざと小さくして咀嚼嚥下しやすいように調整。濃厚な蝙蝠の血は、全て私の力となる……」


 楽しそうにクスクスと笑うフェリはアスラに手を絡ませて頰にそっと口付ける。


「私はウィルを絶対に赦さない……この憎しみをあいつの息子にぶつけてやる……」

「フェリ、俺達はウィルを殺す事が目的ではない。生け捕りにしろ。そしてあいつの血を──」

「私のラグエル様……あぁ、早くお逢いしたい……ふ、ふふふっ──」


 周囲に青い霧を発生させたフェリは青い蝙蝠の羽を大きく広げ、真紅の瞳で天井を見上げた。

 誰も止める事の出来ない〈青い薔薇の紋章〉を持つ吸血鬼が放たれた。


「──フェリには期待したく無いが、あの女なら若き聖乙女の血(ジャンヌ・ブラッド)を……」


 アスラの呟きは闇夜に溶けて消えた。



 ────



「せんせぇ、さよーならーっ!」

「はい、ミカちゃん、トモちゃんまた明日ね」


 保育園、【マーガレット】の理事長、宍倉(ししくら) 峰子( みねこ)は最後の子供達を見送り、再び園内へと戻る。


 本来この役目は保育士が行なっているのだが、〈マーガレット〉は常に人手不足だ。

 ここは待機児童の多い都内で数少ない延長保育が可能な保育園である。そのため理事長までも駆り出されていた。

 宍倉は子供が大好きなので、こういう見送りは嫌いでは無い。


「後は、遠藤さんのお家かしら」


 遠藤家はかなり複雑であり、そこの子供である佳代はいつも迎えが最後だった。

 多分、今日も兄が迎えに来るだろう。高校生の兄は共働きのご両親に変わって、いつも佳代ちゃんを迎えに来る。──本当に仲の良い兄妹だ。


 子供は絶対に嘘をつかないので、佳代の態度を見ると、彼女もどれだけ兄の事が大好きなのかすぐにわかる。


「宍倉先生、遅くまですいません」


 噂をすると何やら。肩で呼吸を整えながら、佳代の兄である遠藤奏が園内に入ってきた。

 別の保育士が彼を確認して佳代を呼びに行く間、宍倉理事長は奏に笑みを浮かべながら保育園の今月の予定表と、連絡帳を手渡した。


「いつもご苦労様。奏くんはいいお兄ちゃんねえ」

「いえ、僕にはこれくらいしか佳代の為に出来る事もないですし」


 宍倉に笑みを返した奏は予定表を見つめながら玄関の方へ向かう。すると、黄色い帽子をかぶり、濃紺の制服を身につけた佳代が奏の胸に飛び込んだ。


「にーにっ!」

「佳代、遅くなってごめんな。さ、帰ろう。理事長ありがとうございました。また明日」

「気をつけて帰るのよ」


 奏は待ちくたびれた佳代をおんぶしながら帰路を辿る。その後ろ姿が見えなくなるまで見つめた後で宍倉も建物に戻ろうと踵を返した。


『うふふ──保育士はいいわねぇ、毎日美味しい餌にありつけるんですもの』


 女の不気味な声が宍倉の脳に語りかけて来る。その気色悪さに彼女は早足で下駄箱へと向かった。しかし中に入ろうとした瞬間、不気味な青い蝙蝠が視界を遮る。恐怖の余り誰かを呼ぶ声すら出なかった。


『さあ、貴女の肉体を私に頂戴? 大丈夫──貴女と私は、ひとつになるだけ──』


 フェリの長い爪が宍倉の喉を貫く。その瞬間、魂がふっと彼女の中に融合した。

 穏やかな〈マーガレット〉の理事長は妖艶さを抑えきれない美しいボディラインと、フェリの持つ魅了(チャーム)の力を手に入れた。


「理事長ー? 明日のイベントの件なんですけど……」

『えぇ、今いくわ──うふふっ』


 宍倉峰子は、その日狡猾な吸血鬼・フェリに肉体と精神を完全にひとつに融合されていた。

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