表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第三部 吸血鬼編
41/66

三十二話 妖刀正宗


 十七年前──。


 苦悶の表情で天を仰いだまま、完全にその生を終えたウィル。


「……し、死んだか?」


 吸血鬼(ヴァンパイア)の伝承は伝えられし史実のみなので、杭で本当に彼が生き絶えたのか確認する術はない。恐る恐る彼に松明を近づける藤宮家の配下。

 すると羽音を立てて蝙蝠達が空へと飛び立つ。


「ぐア!?」


 見えない衝撃波と言った方が正しいか。ウィルに松明を近づけた男達は、屋敷の壁へとその身体を打ち付ける。

 再び密集した小さな蝙蝠の群れが生き絶えたウィルの全身を包み込む。そのうちの一匹が人間の形に変身し、闇夜にも映える漆黒の羽を大きく広げた。

 彼の顔には怒りに震える真紅の瞳。眼力だけで殺すような気迫を伴い、眼下の人間を睨みつける。


「ば、ば、化け物っ!」


 伝説の吸血鬼(ヴァンパイア)──。


 藤宮の配下は情け無い声を上げ、逃げるようにその場から撤退していく。結局、その場に残されたのは華江と、父である藤宮斗真(とうま)のみ。


「もっと早くに吸血鬼(ヴァンパイア)を始末するべきだった……」

「お父様、ウィルは〈希望〉なのですよ!?」

「死骸を吸血鬼(ヴァンパイア)に回収されたら厄介だ。今が、我々人類の敵を始末する時……!」


 斗真はそう言うと、腰に携えている日本刀の鞘に手をかける。

 片膝をつき、静かに精神を統一。右手でゆっくりと柄を握り、左手で鞘を押し出すようにして真っ直ぐ抜刀。


 名匠が魂を込めて打ち込んだ神器の一つ妖刀(正宗)。それは二尺程度の小太刀で、刃は全体的に薄い紫色に煌めいている。


 正宗で首を()ねられた者は、再生を赦さない。吸血鬼(ヴァンパイア)討伐の為に作られたそれは、いつしか〈妖刀〉と呼ばれるようになった。


 斗真の気迫に、アスラは口元に余裕のある笑みを浮かべる。さらに右手側の空間を歪めて、愛剣・ミストルティンを取り出した。


「俺とやり合うなんて命知らずな人間だな?」

吸血鬼(ヴァンパイア)は危険だ……例えわたしの命に代えても始末する」

「ククっ……久しぶりに楽しめそうだなぁ」


 彼らには人間の抵抗など、準備運動にも満たない。しかし、いつもと違うのは神器が目の前にあること。


 両手剣よりも重いミストルティンを軽々振り回して準備運動をするアスラ。


「おまえらの抵抗は無駄なんだよ。俺達は何度でも蘇る」

「──それはどうかな」

「何……?」


 戦闘モードのアスラに対し、斗真は闇夜でも妖しい紫色の光を放つ刃を煌めかせた。


「──この〈正宗〉は吸血鬼(ヴァンパイア)討伐の為に打ち込んだ妖刀。今までわたしが始末した吸血鬼は蘇生出来なかった。その肉体は灰に変わったからな」

「ならば、先ほど始祖様にその刃を向けなかったのは何故だ? 杭ではなく、最初からそれを使った方が良かったはずだろう?

要するに──使いこなせない(・・・・・・・)んだな、お前には」

「くっ……」


 正宗を振るっていたのは、吸血鬼(ヴァンパイア)が存在していた頃──正確に時を追えば祖父達以前の代である。確かに彼らを屠ったのは自分ではない。悔しいがそれが事実なのだ。唇をぎりっと噛み締める斗真の表情にアスラは肩を竦める。


 正宗は〈生きている刀〉であり、自分自身が危機を察した時のみその姿を現わす。

 今は偶然相手の強烈な(オーラ)に反応して、斗真の手でも抜く事が出来た。しかし、実際にこの刀を振るうのは初めて(・・・)だ。


 吸血鬼(ヴァンパイア)の血肉を喰らうこの刀を上手く振るえるのか。──それは斗真にも分からない。


(此処で戦わないと、我々人間の敗北を意味する)


 勝てる見込みなどゼロに等しい。初めて使う力のある刀は斗真にとって重荷でしかない。

かと言っても逃げるわけにもいかず、まして守るべき存在が背後に控えているのだ。


「華江、隙を見て逃げなさい……」

「いいえ、お父様。私にはこの戦いを目に焼き付ける義務があります。それに──彼は私達を逃す気は無いでしょう」


 娘の尤もな言葉に、斗真は「そうか」と短く答え、正宗を構え直す。


 アスラは戦い(ゲーム)を愉しむ為に人間と同じ地上で戦うことにしたらしい。羽を閉じて大地にふわりと降り立つ。

 斗真はアスラが振り回すミストルティンに違和感を覚えていた。本来、あの刀は進器のひとつとされていたはずなのだ。


「ミストルティン……それは、古の時代に神が人間の勇者に遣わした〈聖剣〉のはず。何故お前のような吸血鬼(ヴァンパイア)がそれを」

「そんな事は簡単さ。この剣は、俺が五百年前に神から貰った(・・・・・・)剣だからな」


 アスラが放った言葉は、斗真を驚愕させるには十分過ぎるものであった。


 五百年前──吸血鬼が全てを支配していた時代。

 人間達を(ことごと)く喰う吸血鬼達を見た神々はついに立ち上がる。

 ──吸血鬼殲滅。そこに選ばれた人間の勇者達が、神々より十二の神器を受け継いだ。

 彼らは各地に散らばり、彼らは吸血鬼を闇へと一体ずつ(ほふ)ったと言われている。


「ま、まさか……お前はあの時の……?」


 英霊伝記に記されし十二人の勇者。

 ミストルティンを扱っていた勇者は当時、まだ十八歳。


 今目の前で対峙している彼は、書物の絵と何一つ変わらないあどけなさ。


「俺は、アズラ=イール。あの頃はイール公爵の息子だった(・・・)。忘れもしないあの日、仲間達が傷ついた俺とミストルティンを捨てて敗走したんだよ。

 偶然、俺を拾ったラグエル=ティエノフによってこの身を吸血鬼(ヴァンパイア)へと変えられた。しかも半死人(グール)としてではなく、明確な仲間(どうほう)として迎えられたんだ」


 仲間に見捨てられ、心に暗い影を落としたアスラ。

死よりも辛い血の盟約を強制的に受け、その時にひとを捨てた。──否、捨てざるを得なかったのだろう。


 人類最強の剣士アズラ。


 人間の急所を知り尽くした彼を相手にするには、分が悪い。さらに先ほどの話を合わせるならば、アスラは五百年以上生きている。

 その年月、もしも彼が様々な人間を殺して戦いに明け暮れていたとしたら──?


 最悪な想定が真実であるとしたら、斗真の勝率はゼロに近い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ