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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第三部 吸血鬼編
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閑話 オーフェン=グレイス


 吸血鬼の世界では始祖の分家と呼ばれるティエノフ家。


 真紅の絨毯を踏むノエルの表情には抑えきれない怒りが滲み出ていた。さらに彼の肩には人間の女。

 普段、非情なノエルを知る下級吸血鬼(ヴァンパイア)達はその光景に驚愕する。

 とはいえノエルに言及できる者はなく、彼の通る道を皆無言で開ける。


「アスラ、治療(ヒーリング)を」

「どうしたんだ一体。お前がそんな血相変えて──」


 冷静さを欠いているノエルなど珍しい。しかし肩口にあるグールを見た瞬間、アスラはその表情を曇らせた。


「こいつは、若き聖乙女の血(ジャンヌ・ブラッド)じゃない。助ける必要があるのか?」

「ふふっ……彼女には別の利用価値がありますよ。何も若き聖乙女の血(ジャンヌ・ブラッド)だけな全てではないのですから」


 白龍に喉を焼かれて声すら出ない舞。呼吸をするのもやっとの状態の彼女など、放置しておけば一日も待たずとして死ねるだろう。

 今にも息絶えようとしている彼女をわざわざ治療しろと言うのだ。


(自然に死ねる方が幸せであろうに……)


 最後まで玩具を使い尽くす。ノエルの意図は不明だが、彼の感情には愛着がないことだけは分かる。


「お前も段々フェリに似てきたな……」

「……やめてください。あの女と同等なんて、反吐が出る」


 その名を聞いただけで、明らかに不愉快だと眉尻を上げるノエル。そんな彼の微妙な変化にアスラはくっと小さく笑った。


「……彼女は若き聖乙女の血(ジャンヌ・ブラッド)の姉です。──人間の心は本当に面白い。この女は妹に対して劣等感の塊。

 憎しみを糧として、ハンゾウよりもいい駒になってくれますよ」

若き聖乙女の血(ジャンヌ・ブラッド)さえ手に入るならどんな手段でも使え」


 成る程、と納得したアスラは右手に眠る瞳を開かせ、蓮の花を持つ女神(ラクシュミ)を呼び起こす。

 四本の腕を持つ彼女がゆっくりと舞の顔を撫でる。蓮の花は眩い白い光を放った。


 舞の焼けた喉を癒す光の粒子。彼女の意識はまだ戻らないが、後は休ませるだけで自然と回復するだろう。


「ノエル、お前に若き聖乙女の血(ジャンヌ・ブラッド)の回収方法は任せる」

「どうしたのです? 珍しく落ち着きないですね」

「……時間がない」


 その言葉の先にあるのはティエノフ家の地下。


 彼らの居城の地下牢には厳重に封印されている棺がある。カタカタと小刻みに動くそれの封印が解ける日は近い。

 その中にいるのは彼らの義姉。仲間さえも使い捨ての手駒としか考えず、己と愛する者の為にのみその巨大な力を振るう。


 彼女は同族殺しの危険性が高いと判断されグレイス家によって封印された。今ではアスラ達でさえ彼女を止めることは出来ない。


「フェリが目覚める前に、ウィルをこちらに戻す。若き聖乙女の血(ジャンヌ・ブラッド)はそれからだ」

「賢明ですね。混血児(ダンピール)はその時に(ほふ)りましょう。──ああそれと」

「なんだ?」


 ノエルの瞳が厳しく細められる。


「あの混血児(ダンピール)、始祖様の血が強くなかなか厄介です。早いうちに始末した方が良いかと」


 その言葉にアスラは目を丸めた。ノエルが相手の力量を認めるなど珍しい事である。


「ふぅん。混血児(ダンピール)が強くなっているならそれこそ潰し甲斐があるな」

「アスラがやりますか?」


 彼の提案に首を縦に振りたいところだったが、もうひとつの厄介事を思い出して諦めた。


「ハンゾウがまだ調教できていない」


 せっかく手に入れた駒がまだ使えない現状。これを放置して目先の敵に構っている余裕は無いのだ。


「──困りましたね。夢魔(リリス)はもう使えないでしょう」


 全く困った様子を見せずにそう言うノエル。


混血児(ダンピール)に同じ攻撃は効かない。ぶつけるとしたらあいつの関係者でもあるハンゾウが適任なんだが」

「……やはり、オーフェン様にもう一度我らを導いていただくしかありませんね」


 嘆く二体の吸血鬼。混血児(ダンピール)へぶつける手駒が減っているのは認めざるを得ない。


 吸血鬼(ヴァンパイア)世界において最強の始祖、ウィリアム=グレイス。

 彼が最強であるのは始祖と呼ばれたオーフェン=グレイスの力を受けたことによる。

 能力を高め、全ての吸血鬼を導く力をもつ特殊な血液。


「俺は死骸を確認していない。オーフェンは死んだのか?」

「始祖様の使う技が全てですよ。あの方は間違いなくオーフェン様の力を吸収しています」


 彼らとてウィルの考え方を理解していない訳ではない。ただ認めたくないのだ。自分らを導くべき指導者が、人間との共存を望んでいるということを。

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