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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第二部 唯編
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第二十四話 グールと接した乙女達 2


 ウィルから快く返事を貰った遥は、唯と同じく叔父に会いたがる加奈も連れて帰宅することになった。

 「ハルが守りたい女の子の友達(・・・・・・)も連れて来なさい」と言うウィルの真意は分からない。

 家の門が近づくに連れて、遥の心境は複雑だった。父親は不在だと告げているが、母親はどうするべきか。

 そう言ってもつい数日前の事件が無ければ遥もリャナの事を母親だと誤認していたくらいなので、きっとバレないだろう。


 初めての家出の後にウィルから聞いた話で理解したものは、彼が吸血鬼(ヴァンパイア)始祖(はじまり)と呼ばれている事。

 そして彼の血液を得たものは、半死人(グール)ではなく、血族という階級は下がるものの吸血鬼(ヴァンパイア)となる。

 ──それ程、彼の血液は強い能力(ちから)を持っているらしい。


 つまり吸血鬼を増やすことも、始末することも容易い。

 そんな吸血鬼の頂点に立つ彼が、本来敵である人間の世界で過ごしている……これだけは理解に苦しむ。


「た、ただいま」


 悩んでいる間に家に到着してしまった。

 赤い薔薇で綺麗に飾られた玄関を開けると、リビングからエプロンをつけたリャナがふわりと優しい笑みを浮かべて近づいてきた。


「お帰りなさい、遥。お友達もいらっしゃい。どうぞ、ゆっくりしてね」

「は、はいっ!」


 リャナの笑みに唯と加奈は顔を赤らめていた。 

 エンプーサと呼ばれる種族はよく分からないが、彼女は過去にウィルの血を受けた魔物と言っていたので、人間の姿でも隠しきれない魅力を醸し出しているらしい。

 唯達をリビングに案内して、ウィルが書庫から戻るのを待つ。

 レザーソファーに座っている唯と加奈はそわそわと視線を彷徨わせていた。


「お嬢さん達、お待たせして申し訳ない」


 リビングに戻ってきたのは、白のリネンシャツに細身の黒のスラックスを合わせた私服のウィルだった。

 何気ない装いなのに、纏う空気はどこか洗練されており、携帯電話を胸ポケットにしまう仕草さえ妙に優雅で、二人に向ける穏やかな笑みは神々しさを帯びていた。

 その姿をぱっと見ただけでは、彼が世間を賑わせている変死体事件に絡む吸血鬼(ヴァンパイア)だとは思わないだろう。


「ああごめんね、つい不躾な視線を送ってしまった。君達があまりにも可愛らしいから」


 二人はウィルと視線があっただけで耳まで赤くなっていた。


「あのっ……ウィリアム様、昨日は……その……助けてくださって、本当に……ありがとうございました……!」


 ウィルの笑みを前に、唯は喉が詰まって言葉を探すことすらできず、ようやく絞り出したのはその一言だけだった。

 顔を真っ赤にしながら、震える手でお菓子を差し出す姿はいつにもなくぎこちない。


「唯は、昨日叔父さんが助けた子だよ。こっちはクラスメイトの加奈」

「そうか……若き聖乙女の血(ジャンヌ・ブラッド)

「何?」


 ジャンヌ・ブラッド──確かにそう聞こえたような気がした。しかしウィルはそれ以上触れずに、前髪をさらりと流して微笑んだ。


「ハルのお父さんは忙しくて日本には戻って来られないんだ。代わりに私がハルが成長する姿を記録する役目」


「素敵ですね〜! 遥君は黙っていてもすごく気品あるし、上手く言えないんですけど内に秘めた魅力があって……」


 興奮した唯が遥の容姿についてベラベラ語り始めたので、見かねた加奈が「ちょっと……」と肘で小突いて止める。

 此処に来た目的は、遥の話では無いのだ。

 本題に入る前にひとつ咳払いをして面を引き締める。


「えっと、実は昨日助けてもらった私の姉……舞って言うんですけど、ゾンビみたいな化け物についてちょっとウィリアム様からお話を伺いたいそうで」


「恥ずかしいから私の事はウィルでいいよ」


「え、で、でも……」


「しかし──化け物に興味があるなんて、素敵なお姉さんだね。お姉さんを連れてまた此処に来るといい。いつでも歓迎するよ」


 柔らかな肯定の言葉に、唯はぱっと花が咲いたような笑みを浮かべ、思わずウィルへと歩み寄った。

 胸の高鳴りに突き動かされるように、その両手をぎゅっと握る。


「ありがとうございます! あっ……わ、私、馴れ馴れしいですね。ご、ごめんなさい……」


 碧眼に見つめられた瞬間、唯の頰はかっと熱くなり、視線を逸らすこともできずに固まってしまう。

 するとウィルは瞳を伏せ、彼女の手首をそっと掬い上げるように取るとその甲へ静かに口づけを落とした。


 ここは日本だ、外国の挨拶なんて……と遥は思わず口を開きかけたが、言葉は喉で止まる。

 あまりにも美しい絵画の一場面のような光景に、ただ唖然と見入ることしかできなかった。


「そちらのお嬢さんにも。──これはグレイス家に代々伝わる祝福(サンクティア)を与える儀式なんです」

「は、はい……」


 興奮の余韻に浸る唯を遥に託した後、ウィルは突っ立っている加奈の前に静かに跪き、その手の甲へ同じく口づけを落とした。

 その仕草はまるで古い絵画の一場面のようで、加奈の瞳に一瞬、驚きと戸惑いが揺れる。


 唯はお礼を言うことと、グールについての約束を取り付けることが目的だったはずなのに、ふわふわと夢見心地のまま「帰ります……」と呟くばかりだった。


「大丈夫か? 唯、加奈……」


 遥の問いかけに、唯は頬を紅潮させたまま息を弾ませる。


「すごく興奮しちゃった。あぁ、ウィリアムさんカッコいい……お姉ちゃんが居たら失神したかも」


「また明日ね、遥君」


 興奮で足取りも覚束ない唯の腕を掴み、加奈はぺこりとウィルに一礼する。

 庭の先まで見送ったところで、遥はようやく現実に引き戻されるように、再びリビングへと戻っていった。


「唯の姉ちゃんと会うって、大丈夫なの?」


「あぁ。問題ない。それよりもハル。明日は彼女達と行動を共にした方がいい。周辺はティムに見張ってもらおう」


 一気に面を引き締めた険しいウィルの横顔には、昨日の新たな変死体事件に何か思うところがあるのだろう。

 間違いなく、何かが変わっていく。

 何気ない日常が音を立てて崩れ、友人たちの背後へ忍び寄る魔の手。

 遥の胸には、冷たい指で心臓を掴まれるような不安と恐怖が押し寄せていた。

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