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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第一部 千秋編
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十八話 千秋の抱える闇 二


 佐久間神社の神主、佐久間半蔵(はんぞう)の一人娘・愛菜は、生まれつき視力を持たなかった。

 だがその瞳には別のものが宿っていた。

 人の心に潜む闇や、動物達の慟哭(どうこく)、そして未来を視ることが出来る。

 幼女期に神から授けられた能力を開花させた愛菜は、未来を予知し伝える巫女としての役割を担うことになった。


 しかし佐久間神社の歴史を紡ぐ為には強い力を持った後継ぎが必要とされる。

 その白羽の矢が突き刺したのは、真崎(まさき)千里(せんり)と呼ばれる青年。彼の運命は神社の未来そのものを左右するものであった。


 千里は心術と陰陽道を独学で学び、高校卒業と共に、〈式神〉を扱える程の強い能力に目覚める。

 孤児として施設から学校へ通う日々の中で、人間を嫌い、心を閉ざし、自分だけの世界で生きていた。

 そんな彼の元を後継ぎが欲しいという理由で半蔵が幾度も訪れた。だが千里は門前払いを繰り返し、決して会おうとはしなかった。

 それでも佐久間の血筋を絶やす訳にはいかない。半蔵は執念を燃やし、ついには愛菜を伴って再び千里の下を訪れたのだ。


「おじさん、何度来たって同じ──」


 もう来ないでくれ──そう言うつもりだった千里の胸に、突如として強い衝撃が走った。

 半蔵の少し後ろに佇む一人の女性。その全身から漂う(オーラ)は、まるで神々しい光のように千里を包み込み、言葉を奪った。


「はじめまして。佐久間愛菜と申します」


「は、はじめまして……真崎、千里と申します」


 彼女は生まれつき目が見えないと聞いていた。 

 だが、その笑顔は陽だまりのように温かく、長年閉ざされてきた千里の心の傷を優しく溶かしていく。

人間を嫌い、孤独に生きてきた自分の世界が、彼女の微笑み一つで浄化されていくのを感じた。


 ──この人だったんだ。


 初対面の愛菜の前で、千里は膝から崩れ落ち、堰を切ったように涙を流した。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 その声は柔らかく、魂に触れるように響いた。千里は生まれて初めて、誰かのために生きたい、この人を守りたいと心から願った。


「好きです、愛菜さん」


 我ながら、初対面で告白など馬鹿げていると思った。

 何度も彼女の父である半蔵から「佐久間神社の後継ぎとして力を貸して欲しい」と言われ続けてきた自分が、ただの役目ではなく、「人」として必要とされたいと願った瞬間だった。


 それから一年後。

 愛を育み、ついに佐久間神社にとって次代を担う待望の生命が産まれた──それが、千秋だ。

 例え男の稚児が佐久間神社に仕える人間にとって「不要」と思われいても、この二人にとっては何にも変えられない宝だ。


「うふふ、可愛い。ねえ千里さん」


 愛菜は産まれたばかりの息子を抱き抱えたまま、千里の肩にそっと寄り添った。


「この子の名前、実はもう決めているのです」

「うん? いいよ、愛菜が決めたものがいい」

「千秋。十月の秋が終わっても、また千年時を巡るように……」

「ああ、いい名前だよ。千秋……俺達の宝」

「私達の宝──千秋ちゃんを守って……」


 眉を寄せた愛菜の表情はどこか少し苦しそうで、嫌な未来を視たのだろう。

 千里は愛菜の身体をそっと抱き寄せ、「大丈夫」と呪文のように呟いた。


 それから時は過ぎ、千秋は幼少時代から異様な能力を開花させはじめた。

 母の血が強く影響しており、本来見えないはずのものが色や形を持ち、彼に迫ってきた。

 居るはずの無い存在〈霊〉と会話をするのは、彼にとって呼吸と同じくらい当たり前だった。


 しかし、他の人に見えないものと会話をする千秋は異様にしか見えない。愛菜の従者からは煙たがられ、陰では「化け物」と罵られた。

 その囁きは幼い千秋の心を突き刺し、孤独を深めていった。


 さらに小学校に入学すると、人の心の声が少しずつ聞こえるようになるほど能力が開花する。


『千秋は化け物神社の子』

『言わなくても伝わるなんて、キモチワルイ』

『あいつは壁と話が出来る』

『根暗で何を考えているのか分からない』

『佐久間神社って、女の子が欲しいんだって』

『佐久間さんの親御さんは少し変わっているから……』

『後継ぎと思っていたのが……』

『まさか男の子とは。半蔵様もお可哀想に』


 遥は突然大量の声に捲し立てられ、実体もないのに息が詰まるような感覚に襲われた。

 千秋は、あんなに幼い頃から──聞きたくもない人間の心の声や陰口と、ずっと戦ってきたのだろうか。

 ランドセルを背負い一人で無言のまま神社へ帰る千秋の背中は、寂しさを滲ませていた。

 遥はその姿を見て、初めて彼も孤独だったのだと知る。


 楽しそうに、明るく演じる(・・・)ことで、それ以上誰とも親しくならない。

 クラスのムードメーカーとして振る舞う千秋は、陰口の嵐から自分を守るために、少しずつ仮面を作り上げてきたのだ。

 その笑顔は心の防壁であり、偽りの存在だった。


 千秋の明るい見た目に騙されていた遥は、彼の心の闇に触れ、一瞬潰されそうになる。


 ──人は見た目ではない。

 彼の抱える闇は、想像以上に深かった。

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