十四話 千秋の精神世界
頰が焼けるように熱い。ここは何処だろう。
ゴツゴツした岩山に囲まれた場所に横たわっていた遥は精神世界に飛んだんだ、と認識した。
右手にはウィルから託された銀色の短剣が握られているが、それ以外何もない。
タイムリミットは五時間。それで強制的に追い出されるか或いは千秋が死んでしまうのか……。
岩山を降りると轟音と共に地面が激しく揺れた。振動が収まったところで黒い岩山を掴み今崩れた場所を覗き込むとそこからボコボコとマグマが噴き出ていた。
何処に千秋の精神体があるのかわからないので、とりあえず道なりに岩山を降りていく。
すると、吊り橋と人影が見えたが、敵だと思われると厄介なので、遥は岩山に隠れながらその人影を追いかけた。
頭まですっぽりと黒いローブで覆った者達が、今にも崩れ落ちそうな吊り橋を渡る様子が視界に入った。
「あの先には何があるのかな」
他に道らしきものは見当たらない。噴き上がるマグマで道が閉ざされないうちに遥も不安定な吊り橋を渡る事にした。
しかし腑に落ちないのが、千秋の精神世界に入り込んだ黒いローブの者達だ。彼らは人間なのか。
それに、精神世界で暴れてしまったら、千秋はどうなるのだろう。
助けられる保証も無いのに、安請け合いしてしまった事をほんの少しだけ後悔した。
ここでどうするべきかをきちんと聞いてから来るべきだった。当たり前だけど、ウィルの方が対処に慣れているだろうし──。
『その顔、相当お困りのようですね?』
「うわっ!?」
黙考する遥の顔前に、赤い髪をツインテールにした手のひらサイズの妖精が姿を現わした。
透明な羽をパタパタ動かし、品定めをするように遥の全身を観察する。
『うふふ、ハルカ様可愛い。あたしは火の妖精。ウィル様に言われてハルカ様のお手伝いに来たのよ』
どうやらウィルは様々な妖精を使い魔としているらしい。
アスラのように不気味な化け物を飼っているわけでは無いようで、少しだけほっとした。
「ええっと、フレイ……さん」
『フレイでいいわよ。なあに?』
「先に吊り橋を渡った奴らは何者かわかるかい?」
フレイの笑顔が急激に真剣なものへと変わった。
『……あれは死神よ。黒薔薇が捕らえた人間を、死神の鎌で首を刎ねて、魂を地獄で永遠に彷徨わせるの』
「つ、つまり……グールになった人間って……」
フレイが淡々と言うので、あまり現実味を帯びないのだが、地獄、永遠という言葉は遥を震えさせた。
『死神の鎌によって首を刎ねられた人間の魂は、地獄に捕らえられたまま、永遠に蘇る事も出来ず、その肉体だけが悪用されちゃうの。しかも、肉体が傷ついた時は魂に痛みだけが蓄積されるっておまけ付き』
そんなおまけは必要ない。遥の脳裏に壁に磔にされた千秋が死神に首を刎ねられる姿が過った。
「は、早く千秋を助けないと…!」
思わず想像してしまった悪い結末を振り払うように、頭を強く振る。
『ですがハルカ様。その前にきちんと剣を振るわないと、逆に貴方の首が刎ねられますよ?』
フレイの指摘は尤もだった。遥は剣など振るったことは一度もない。幸い、グラディウスは短剣なので果物包丁を少し大きくしたくらいで重さは殆どない。ただ、これで戦えるのかと問われると話は変わるだろう。
『あいつらは血も涙も無い化け物。それにもしハルカ様が精神世界で命を落とすような事があれば、ウィル様は世界を破壊するわよ』
「そ、そんな物騒な事しないよ」
『分からないわよ〜。あの御方はハルカ様の事だけを行動第一だからね』
時間も無いので遥はフレイと共に軋む吊り橋を一歩ずつ踏みしめるように渡り始めた。
足元から突き破るように噴き出すマグマと熱風が頬を焼く度に心臓が跳ねた。
何とか渡りきった瞬間、ドオオオンと大地を揺るがす轟音が響き、大きく地面が揺れた。
振り返るった遥の目に巨大なマグマの柱が噴水のように立ち上がる。
それは吊り橋を瞬く間に呑み込み、火の海へと変えた。
「先に進むしか無いってことか」
地獄への片道切符となったが、今は帰りを心配する余裕はない。
「人間の精神世界って、みんなこんな感じなの?」
『いいえ、精神世界はみんな違うわよ。この人は炎の魔神の世界と繋がっているようね』
魔神の世界とリンクしている理由は謎のままだが、遥達には戻る選択肢はない。
吊り橋を抜けると、その先は一本道となっていた。灼熱から解放されたフロアを抜け、足を進めると大きな空間に出た。
洞窟の天井は闇に溶け、蝋燭の炎が風に揺らめいている。
さらに奥には黒い薔薇の蔦に絡め取られた千秋の姿。その前に立つのは、漆黒の髪を腰まで揺らし、蝙蝠の羽を背に広げた女。
その後ろ姿だけで、かつて書物で見た夢魔であると悟る。
「あれが、黒薔薇の正体?」
『ええ。黒薔薇は、夢や精神世界では極上の美しさを持つの。人間を惑わし、精神から全てを喰らい尽くす魔物ね』
何とか二人の間に飛び込む機会を伺っているうちに、黒いローブを着た死神達が千秋に近づいた。




