05:悩み、解決です!
「―――そっか」
聞き終えた先輩は、一言そういっただけだった。
「先輩は、そういう風に思ったことってないんですか?怖さとか、不安とか。そういうの、感じたこと」
先輩だってさっきは「恋愛経験豊富じゃない」と言っていた。だからと思ったけど、返答は予想に反していた。
「あたしは、思ったことないかな」
「…どうしてですか?」
どうして?なにが違いなんだろう。
「どうしてなのかな。わかんないけど、でも―――」
知ってるから。
「知ってる?」
「そう。彼が、やさしいひとだってこと、知ってるから」
だからかな。
そういって先輩は微かに笑う。
「それにね、あたしもなの」
「?」
「あたしも、もっと近くにいきたい、触りたいって思うから。だから、一緒なの。一緒だと思えば、うれしいの」
―――目の前にかかっていた何か、が、はじけたような気がした。
あぁ、そう。そうなんだ。飛鳥があたしに触れてくれるように、あたしだって飛鳥に触れたいの。それは確かだ。段階はちがうかもしれない。でも、あたしだって飛鳥のできるだけそばにいたいし、だから部屋にいくし、同じ場所にいたらくっつきたいし、デートの時だって手をつないで歩きたい(つないでくれたことはないけど)。
飛鳥も、そういうことなんだ。あたしたちきっと、思ってることは一緒なんだ。でも、ちょっとだけ進むスピードが違った。それだけのことなのかもしれない。だって―――すきなひとには、触れたいし触れられたいと感じるのが人間ってものだ。
「そっかぁ。なんだ。そうだよね」
「瑠衣ちゃん?」
「あは。あたし、また一人でぐるぐるしちゃってたんだ。こんなに簡単なことだったのに」
霧がはれたら笑けてきた。それにね。
「和泉先輩。飛鳥もね、すごくやさしいの。ただ、不器用なだけなの。とっても無口だから、あたしは時々そのことをわすれちゃうけど、でも―――」
飛鳥がやさしいんだってこと、誰よりあたしがいちばん知ってる。だったら、それで解決だ。心配することなんて、何もない。
「話、きいてくれてありがとうございます。悩み、解決です!」
「え、あたし自分のこと話しただけ」
「それがばっちり答えでした!ありがとうございますっ」
久しぶりに笑顔が出た気がする。あたしは精一杯の感謝を込めて、お礼を言った。そのタイミングで、料理が運ばれてくる。
あたしの悩みなんて、料理が出てくるまでの間に解決できちゃう小さなこと。あとは飛鳥と話すだけ。
勢い込んで箸を取る。メニューはハンバーグだけど、あたしはいつも箸で食べる。そんで、飛鳥も。
「いただきマッスル!」
向かいの先輩がえっと声を上げた。あたしはにかっと笑って返した。
「これが通常営業のあたしですっ」
「それじゃあ、今日はほんとにありがとうございました」
「ううん。なんか、後半ほとんどただの世間話になっちゃったね」
会計を終え店に出ると、外はすっかり真っ暗だった。冬の夜は空気がキンキンしていて、息が白くなった。白い息が消えるのをぼーっとしてみていると、そこへ見覚えのある男性が現れた。
「コウ」
「京介」
「よかった、タイミングぴったりだったな」
やさしい声音で男の人―――和泉先輩の彼氏は、声をかける。
「ん。あのね、こちら今一緒にバイトしてる瑠衣ちゃん」
「こんばんは!」
「こんばんは。こんな時間までコウが世話になって」
「え」
「いやいや、あたしが一方的にお世話になってますから!」
慌てて手を振る。和泉先輩はもの言いたげに彼氏さんをにらみつけているけど、彼氏さんはなんだか笑っているだけだ。
「じゃあ、帰るか。時間も遅いし。家はどっちの方向?」
その問いがあたしに向けられているものだと気づくには時間がかかった。
「えっ、あの、大丈夫です!一人で帰れますっ」
ほんとにそう思って言ったけど、二人とも微妙な顔をしている。
「でも、瑠衣ちゃん。22時過ぎてるから」
「そうだな。3人で一緒に帰ったほうが安全だ」
うー。二人がかりで言われちゃ断るすべもない。実際ちょっと怖いしね…。
「じゃあ、お願いします」
「よし、行くか」
と、彼氏さんが言ったところで、
「あ、ごめんなさいちょっと待って。携帯テーブルに忘れてきたみたい。取ってくる」
和泉先輩が店へたかたかと戻っていく。彼氏さんはその後ろ姿を目で追っていた。
「…すんごくかわいいですよね」
もちろんあたしが誰のことを言ってるかなんてわかっているのだろう。彼氏さんは一瞬固まった。でもすぐに回復して、
「―――君も、君の彼氏にとっては世界一かわいい女の子だろ」
「………」
そう、かな。
「そうだと、思いますか」
「男はみんな誰でもそうだ」
「そっか…」
自然に笑顔がこぼれた。それと同時に、なんでだろう。なんか泣きそう。
目の際にじんわりと涙が滲んできたのが分かる。いけない。拭かなくちゃ。
手で目をこする。と、その時だった。
「―――瑠衣」
絶対聞き間違えることのない、そしてずっと聞きたかった声が聞こえたのは。




