廃棄場殺人事件
早朝
窓から差し込む日の光でアナは目を覚ます。
前日の歓迎パーティーのあと、エリザベスとアマンダに連れられ女子部屋へと案内されたアナは、日中の試験や遊び疲れもあってその足で眠りについてしまった。
目を覚ますとすでに二人の姿はなく、すでに目覚めているようだ。時計を見ると午前5時30分を指していた。
おきたてのぼんやりとした眼をごしごしとこする。改めて部屋を見回すと、そこそこ広い部屋に大きめの3人掛けのソファやガラスで出来たテーブル、中くらいのテレビなど一般的なシェアハウスのような内装をしているが、壁際にある自分のを除いた3つのベットは各々の趣味が反映されている。しかし、昨日先に寝てしまったため、どれが誰のベットなのかはわからずにいた。
アナはそのまま軽く伸びをした後、ぼんやりとながら部屋を出ると、昨日食事をとった座敷に腰掛け、テレビを見ながら飲み物をすすっているビルとラフな服装をしたエリザベスがいた。
「おはよ、ビル、エリザベス」
「お、おはようさんアナ」
「おはようアナちゃん、ずいぶんと早起きね」
「なんだか目が覚めちゃって…」
「何か飲む?」
「うん、おねがい」
「俺もコーヒーお替り頼めるか?」
「はいはい、わかったわ」
そう言ってエリザベスはドアの一つに入っていきカチャカチャと音を立て準備を始めた。アナもビルの隣
の座布団にそっと座る。
「こんなテレビあった?」
「ああこれな、普段は格納されてるんだが、このテレビのリモコン押すと下から出てきて見れる仕組みになってんのさ」
「そうなんだ…ところでほかの皆は?」
アナはあたりを見回すが、ビルとエリザベス以外の人影を確認できない。
「アレクは演習室で槍の鍛錬、キッドとレオンはまだ寝てるな。アマンダはまた作業場にこもってんだろうが…サムとオリバーを見かけねぇんだよな。エリー見たか?」
ちょうどおぼんで飲み物を運んできたエリザベスに聞いてみるが、「私も知らないわね…」と心配そうな顔を見せた。
「ま、そのうち顔見せるだろ。WDOじゃよくあることだからな」
「そうかな…」
そういって二人は注がれたコーヒーとホットミルクを一口飲んだ。暖かい飲み物で少し目が覚めたアナが、何とはなしにテレビを見る。と、放映されているWDO専用チャンネルのワールドニュースに見覚えのある場所が移っていた。
「続きまして、廃棄場の事故についての続報です。バートランド警察は昨日未明、周辺の状況と時間帯から考えて事故である可能性は低いと判断し、ボブ・タイラー氏の死亡を殺人事件として捜査するとの声明を発表しました。なおこの事件は…」
ニュースに写された被害者、ボブの顔写真を見たアナの眠気はすぐに吹き飛び、驚きのあまり勢いよく席を立つ。
「ど、どうしたの?アナちゃん?」
「この人知ってる…私を助けてくれた人だ.…死んじゃったの…?」
「なに!?そりゃあ…驚くのも無理ないな…」
三人が唖然としていると、いきなり入り口のドアが開き、すでに戦闘服を着たサムとドローンモードのオリバーがあわただしく部屋に入ってきた。
「すまない、忘れ物をしてしまって…あぁ、おはようアナ!」
「お、おはようサム」
「なんだなんだ、朝っぱらからせわしないな。もう出動か?」
「エエ、今チョウドテレビデヤッテルソノ事件ノ調査ニ向カウコトニナッタンデス」
「ならガーデハイトの当局に任せりゃいいんじゃねえか?わざわざ俺らが出張るようなことじゃねぇだろ?」
「ソレガ、アンドロイド達ガ動キダシタ件ト関係ガアルカモトノコトデ…」
「正確には被害者からその件と関係のある”可能性がある”遺留品が見つかったらしくてね。現場に居合わせたこともあって、僕が行くことになったんだ…あ、あったあった」
ガチャガチャと引き出しをあさっていたサムが、とりだした四角いバッテリーのようなものを懐にしまい、また足早に入口に向かっていった。
「あ、そうそうアナ。今日から君の体の武器を使いこなせるように訓練が始まるんだ。教えてくれるのは昨日の試験の人、キッドマンだ。焦らずゆっくりやるんだよ。頑張って!」
「う、うん!わかった!気を付けてねサム」
「ありがとう!あ、それとビル!後々呼ぶことになると思うから、いつでも出れるよう準備しておいてくれ!それじゃあ行ってきます!」
「なに?!お、おおわかった!」
「頑張ッテクダサイネ、アナ!」
そういって二人は足早に部屋を出ていった。その勢いにあっけにとられながらも、再び訪れた静寂に3人ははっと意識を取り戻す。
「今日から訓練…」
「で、でも知ってる人があんな目に合っちゃったら…心にもすごい負担のはずよ。今日はお休みしたら?」
「だな。朝っぱらからショッキングなこと知っちまったんだ、今日は心を休めたほうがいい。医者のエリーも言ってんだから間違いないぜ」
しかし、二人の心配は杞憂に終わる。こちらに向き直ったアナの目には涙が浮かんでいたが、同時に強い意志も感じ取れた。
「…ううん、私頑張る。あの人たちがいなかったら今私はここにいなかったかもしれない。ここでくじけちゃ、せっかく信じてくれたみんなに顔向けできないわ。それに…」
「それに?」
「私がしっかり力をつけないと、平和は守れない…もしアンドロイドが動いたのと今回のことが関係あるのなら、ボブさんみたいな人がまた出ちゃうかもしれない…それだけは絶対にやだ!」
彼女にとってボブの死は大きな、それでいて確固たる決意を抱かせたのだろう。彼女の握るこぶしは固く、闘志のあふれるものとなっていた。
「よく言ったな、アナ」
と、演習場入り口の付近で壁によりかかり立っていたキッドマンが、拍手交じりに称賛した。
「うちの隊に来た以上…言葉が悪いが、あんな事件一つでくよくよしているようじゃやってけねぇ。だが、きっかけや決意として胸に刻むのはいいことだ。その気持ち忘れるなよ」
「…わかった。それで、いつ特訓を始めるの?」
「急ぐのはいいことだが、まずはやることやらなきゃ始まらねぇ。だろ?」
「やること?」
「そう…まずは朝飯だ!特訓は飯を食って1時間後。しっかり食うんだぞ」
そう言うとキッドマンは座敷に腰掛け、栄養バーを取り出す。が、
「それはあなたも同じでしょキッド。毎日こんなのばっかり食べて…今すぐ元気が出るご飯作っちゃうから、待っててねみんな!」
そう言って笑顔でキッドマンの栄養バーを取り上げたエリザベスは、すっくと立ちあがり先ほど飲み物を持ってきた部屋に向かった。恐らくキッチンなのだろう。
「俺ぁそれでいいんだが…」
「あきらめな、エリー母ちゃんにゃかなわねえんだから。よし!みんなで朝飯食って一日元気に行こうぜ、アナ!」
「うん!」
皆の声と表情に活気がみなぎる。自然とアナにも笑顔が戻った。これからの特訓やきたる出動に向けて精一杯の努力を心に誓い、アナは支度を始めるのだった。その傍らで、いまだテレビにうつるニュースは、淡々と事件の続報を報じていた。
「なお、廃棄場内部の映像と廃棄場周辺の監視カメラは何者かの手によって破壊されており、警察は計画的な犯行とみて捜査を続けております…」
数時間後 ガーデハイト合衆国 バートランド
サムはオリバーが運転する小型輸送機に乗ってガーデハイトに到着、その後迎えの車に乗って件の廃棄場へと向かっていた。ガタガタと揺れる車内でサムはニュースを見ながらも、そわそわとどこか落ち着かない様子だった。と、サムのハンドパッドに移行されたオリバーが問いかける。
「ドウカシマシタカ?サム。心ココニアラズ、トイウカンジデスヨ」
「ああ、いやね…アナが知っている数少ない人の一人が亡くなってしまって、彼女つらいんじゃないかと思ってさ。そんななか訓練頑張って~なんて…ずいぶん無責任なことを言ったもんだなと…」
「オ気持チハワカリマスガ…シカシ、我々ノ隊ニ加入シタイジョウハ、ドコカデ慣レテモラウ必要ガアリマスカラ」
「それでもまだ子供だ。まだ慣れる必要はない…」
「大丈夫デスヨサム、彼女ハ強イ。ソレハ身体能力ニ限ッタ話デハナイト思イマスヨ?キット乗リ越エテクレマス。今ハソレヲ信ジマショウ」
「そうだね…よし!考えててもしょうがない、任務に集中するよ。ありがとうオリバー」
「トンデモナイ…ア、ソロソロ到着シマスヨ」
オリバーの一言と共に車は停車する。
運転手に礼を言って降車した例の現場…四日前にアナと初めて会った場所、ガーデハイト合衆国国営廃棄場『ブラボー』だ。
三日前に職員の死体が発見されたということ、そしてバートランド警察が殺人事件として捜査すると公式声明を発表したということもあり、正門にはバートランド警察が規制線を張り巡らせ、そこを多くのマスコミがカメラのフラッシュをたき、マイクを向けながら詰めかけていた。
まるで一つの塊ともいえるマスコミの集団をかき分け、サムとオリバーは正門に到着、警察に身分証を提示したのち中に入った。そして職員の一人に尋ねる。
「どうも、ご連絡しましたWDOのサム・フランシスです。所長はいらっしゃいますか?」
「所長でしたら、もうすぐで…」
「おー!捜査官殿!お待ち申しておりました!」
突然太い声が奥から聞こえてくる。そして口ひげを生やした、長い金髪の太った男性が笑顔で近づいてきた。
「どうも遅れて申し訳ありません。わたくし、ここ廃棄場ブラボーの所長、オーランドと申します。本日は、わざわざ遠いところからご足労いただきまして、誠にありがとうございます!」
ずいぶんと上機嫌なオーランドだったが、職員の顔を見るなり途端に顔つきが変わった。
「…おい、貴様!いつまでそこに突っ立ってる!」
「は、移動用車両の運転をと思いまして…」
「そんなものいらん!私がやる!とっとと持ち場に戻れ!」
「は、はい!すみません!」
オーランドの叱責を受け、職員はすごすごと退散する。オーランドはすごい剣幕で職員をにらみつけていたかと思うと、また先ほどの笑顔に戻り、サムに向き直って話し始めた。
「すみませんねぇ、うちの部下が…出来の悪いのが多くて困ったものですよ、まったく…」
「とんでもありませんオーランド所長。それで早速なのですが、例の現場を見せていただけますか?」
「えぇ、えぇ、もちろんですとも!ささ、こちらです」
気持ちの悪いほどの二分性に、サムとオリバーはかすかな違和感を覚える。しかし、その気持ちをかみしめる間もなくオーランドは、施設移動用の小型車両の運転席に乗り込み、サムに搭乗を促した。
小走りで駆け寄り助手席に乗り込むと車両は発進し、現場へと向かって走り出した。その道中、ふとサムは先ほど車内で見ていたニュースを思い出し、オーランドに話しかける。
「それにしても、凄惨な事故でしたね」
「えぇ、まったくですよ!事情聴取に現場検証、始末書づくりにこの事件を踏まえた事業の見直し…数日テレビも見れないほど大忙しでしてね。おまけにあんな死に方…頭をつぶされて殺されるとは…私はあんな死に方したくありませんねぇ…」
「そうですね…原因は何だとお考えですか?」
「皆目見当もつきませんよ。唯一落ちてきそうな移動式の照明器も、特段破損の跡もありませんし…不気味なもんです。っと、到着しました。ここです」
大した距離ではなかったこともあり、すぐに到着した処理場にはバートランド警察の鑑識官が、防護服姿でせかせかと動き回り、現場の証拠らしきものを写真に収め、回収している。その中心には、いまだ手付かずの被害者…ボブの亡骸が無造作に転がっていた。
「なぜ、死体が回収されていないのですか?」
「私が止めているんです。死体を発見したときに体中が妙に濡れていたもんですから、もしかしたら廃棄の過程で出る有害なものかもと思いまして。仮に有害物質であった場合、ご存じかもしれませんが除染技術は廃棄場にしかありません。なので除染まで遺体搬送を待ってもらってるのですが…お恥ずかしながらその設備が故障しておりまして…今日中に治るとは思うのですが、それまで置いておいてもらってるのです」
「なるほど…では、遺体の第一発見者はあなたなのですね?」
「えぇそうです。廃棄場の稼働準備をしているときに見つけましてね…」
「なるほど…」
話を聞きながらサムは、メモをとりつつこっそりとハンドパットを動かす。すると、オリバーから耳に着けている無線を通じ、返答が来た。
「測定結果デマシタ。ソノヨウナ有害反応ハ、1パーセントモ検知デキマセン。体中濡レテイタノデアレバ、アンドロイド由来ノ有害物質デアルコトヲ踏マエタ空気希釈ヲ考エルトスデニ反応ガナイノハアリエナイノデスガネ。ヤハリコノ所長、ナニカ隠シテイマスヨ」
『あるいは、口止めをされているか…いずれにしろ重要参考人だ。他に怪しい点があったら教えてくれ』
「ワカリマシタ」
小声の通話を終え、現場を調べようと遺体に近づこうとした直後、後ろから聞き覚えのあある声が聞こえた。
「あれ?あんた、アナを引き取ったやつじゃないか?」
サムとオーランドが振り返ると、複数の作業員の中にアナを引き取った際にいたもう一人の作業員、Aが立っていた。
まさかの再会にサムは話かけようとするも、サムの声が届くよりも早くオーランドの怒号が響いた。
「貴様らなぜここにいる!仕事はどうした!」
「来ちゃダメだったのか?そりゃ失礼、どっかの所長が、全セクター通常通りに業務をするよう通達しなけりゃ、好き好んでこんな場所来てねえよ!」
「なら、ここは立ち入り禁止だ!ほかの作業をしてろ!!」
「ほかの業務にしたって、俺らの仕事ぁここのセクター内にしかねえよ。現場分かっていってんのかあんた?」
「そーだそーだ!」
Aの怒りの訴えに、ほかの作業員たちも声を上げて賛同する。周りの圧にさらされたオーランドは、吐き捨てるように指示を出した。
「ちぃ…だったら、今日はセクター4の作業は中止だ!さっさと帰れ!」
「なに!?」
急な休みに職員たちは、全員がその場で固まってしまうほど驚愕する。
だが、数秒して状況を飲み込んだのか笑顔で、「だったら、飲みにいこーぜ!」や「うまい店知ってんだ、そこ行こうぜ」など、今後の予定を口々に話しながら、帰り支度をするためにもと来た道を戻り始める。
しかし、気になることができたサムは、この機を逃すまいと作業員Aに声をかけた。
「あ、あの!すいません、前回お会いした…作業員の…」
「ん?あぁそういや、前回は名前言ってなかったっけ。俺、アラン・テイラーってんだ。俺に用かい?WDOの…サムさんだったか?」
「ええ、お久しぶりですね。早速なんですが、いくつかお伺いしたいことがありまして…少々お時間よろしいでしょうか?」
「ああいいとも。俺がわかることなら、何でも話すぜ」
「では所長、どこかお部屋をお貸ししていただけませんか?」
「では、すぐそこの会議室をお使いください。…ただ、そいつより私のほうが詳しいですよ?第一発見者ですし…」
「はぁ?何言ってんだ?第一発見者は俺だろうが!」
「なんですって?」
「な、何を言って…」
意見の食い違いから口論になりそうなところを、サムが遮る。
「失礼ですが所長、あなたのお話はあとでお伺いします。まずは、テイラーさんからお話を聞かせていただきますので」
「あ、ちょっと!待てテイラー!」
「悪いが、今日の仕事は終わったんでな。あんたの言うこと聞く気はねえよ!」
制止する所長を振り切り、アランとサムは会議室へと向かった。
廃棄場ブラボー 会議室
会議室へと到着した二人は、それぞれ席に着く。そしてハンドパットから取り出した小型の機械をアランの指に着けると、先ほどの発言を含めた事情聴取を始めた。
「改めて、テイラーさん…」
「おいおい、アランでいいよ」
「では…アランさん。気になることをいくつかお聞きしたいのですが、まずは…遺体の第一発見者はあなたなのですか?所長は自分が第一発見者だと言っていましたが…」
「そうとも。あのおっさん、何をちんぷんかんぷんなこと言ってんだか…」
「では、その時の詳しい状況をお聞きしても?」
「ああ…あれは、一昨日の始業すぐのことだったな…」
アランは部屋の天井をうつろな目で見ながら、発見当時の話を始めた。
ーーさっきも見たとおりだが、俺たちはこのセクター4担当でな、早めに来て作業着に着替えてから、始業と同時に仮置き場に行ってもろもろの機械の電源を入れたりしなきゃいけないんだ。
その日は、いつも誰より早くいるボブがいなかったんで心配したよ。休む時には必ず誰かに連絡する奴だったが、それもなくてな。俺らも電話したが返答なし。早めに着替え終わった俺は、待ってても仕方ないから仮置き場に向かったんだ。
そしたら…四日前にあの戦闘があった場所あたりのアンドロイドの残骸の山から、人の右腕が飛び出してた。引き抜いてみたら………服装はボブのだったさ。でも頭がつぶれてなくなってたから顔はわからない…それにDNA検査なんかもされてないから、確証もない。だから違うと思った。いや、違うと思いたかった…
上に報告したらすぐに現場は封鎖。警察を呼ばれて遺体の身元捜査が始まり、なんでか知らないが死体はあのままで血とかだけ回収されて…その日の夕方だ、あの遺体がボブのだって正式に決まっちまったのは…ーー
アランは当時の状況を一言一言かみしめるように話した。その目に浮かべる涙をぽろぽろとこぼすのは、初めて会ったあの時の仲の良さを考えると想像に難くない。しばらくして、涙をぬぐい一息ついたのを見てサムはさらに質問を投げかけた。
「それは…つらかったでしょう、お気持ちお察しします…そういえば、発見当時に遺体は濡れていましたか?」
「…いや、水滴一つついてなかったぜ」
「そうですか…では質問の内容を変えますね。作業員の皆さんは、オーランド所長のことをどう思われていますか?もちろん、あなたも…」
と、先ほどまでしおらしかったアダムの態度が一変する。
「どう思ってるか?さっきの態度を見てもらえばわかると思うが、あのクソジジイのことなんか大嫌いさ!俺もこのセクターの職員…いや、この施設の職員も全員な!」
「そ、それはいったいなぜ…?」
「俺たちへの態度見たろ?あれがすべてさ。あの野郎、あんたみたいな外部の人間にはへこへこするが、職員に対してはやれ「移動用車両を運転しろ」だの、やれ「飲み物を持ってこい」だの、横暴な態度しかとらねえ」
「あまりいい上司ではないようですね…」
「そうとも!おまけに、数日前にやれと言われてやったこともその日の気分で言ってないなんてほざいて現場をかき乱しやがる。そのせいで作業はなかなか進まねぇし、ミスがあれば責任取ってクビになるのは俺たち作業員さ。おまけに金に汚ねぇ…俺ら職員の人件費はゴリゴリ削って、自分含めた役員報酬は馬鹿みてぇにあげやがる…ほかに働き手があったらだれもここに残らないだろうな」
「…訂正します…相当ひどい上司なんですね…」
「おまけに、休みもまるでくれねぇ。休日出勤なんてのは当り前さ。さっきの休み勧告のが異常だぜ…あんた伝でバートランド市にでも言っといてくれ!これが現場の本音だってな!」
「検討しておきます…移動用車両を所長ご自身で運転することはありますか?」
「たとえ大統領が来たって、やつは俺ら職員に運転させるだろうな。それぐらい自分でやろうとしねぇ。もし運転することがあるなら、明日この国は滅びるだろうな」
「なるほど…では、今すぐ出国のご準備をなされたほうがいいですよ」
「なに…?まさかあいつ、自分で運転したのか!?」
「はい。先ほど、私と仮置き場に向かう際に…」
「ありえねぇ…マジで終わるんじゃねえか?この国…」
「かもしれませんね(笑い)冗談はさておき…はい、事情聴取は終了です。ありがとうございました」
「もう終わりか?まだ愚痴りたかったが…いいってことよ。ほしい答えだったらいいんだがな」
そんな話をしながら二人は部屋を出る。入口へと続く道と仮置き場への道が途中まで同じだったため、二人は話をしながら長い通路を歩く。次第に話は必然的にアナの話題となった。
「そんで、アナちゃん元気かい?」
「ええ、おかげさまで。この度、我々の隊が引き取ることになりましてね、みんな喜んでますよ。昨日は歓迎パーティーもしたんですよ」
「そうかそうか!元気ならいいんだ。俺ももういい年だからな、あれぐらいの子みるとどうにも心配で…」
「お二人のおかげでアナは無事に生きてます。発見されなかったらどうなっていたか…」
「そうだな…あいつも天国で誇らしげにしてるだろうよ…そういや、あの子の背中の兵器のことはわかったのか?」
「まだよくわかってないということしか言えません…仮に分かったとしても、機密のため詳しいことは言えませんがね」
「そうか…ま、いいさ。あの子が元気なこと知れただけで。っと…ここでお別れだな」
気が付くと二人は分かれ道に差し掛かっていた。
サムがアランの指から小型機械を回収しお礼とあいさつを交わして仮置き場へと向かおうとしたとき、アランが呼び止めた。
「あ、そうだサムさんよ。危うく忘れるとこだったぜ……本当は警察に渡そうと思ってたんだが、サムさんのほうが早くわかりそうなんでな…」
そう言ってアランは小さななにかを手渡す。サムが確認すると、黒と紫を基調としたチップだった。
「これは…?」
「俺にもよくわからん…ボブの死体を見つけたときに、あいつが左手に握ってたもんだ。最初は遺言かなんかが入ってるものかと思ってこっそり取ったんだが、あの場で持ってる意味が分かんねえし…きっと何かの手がかりかもと思ってな、あんたらんとこの組織なら何か犯人への手掛かりがつかめるかもしれねぇ。役立ててくれ」
そう言うと、「じゃ!アナちゃんによろしくな!」と言って、アランは入口へと走って行ってしまった。その後姿を見送ったあと、サムはオリバーに話しかけながら作業場に向かう。
「それで…どうだった?オリバー」
「測定結果カラミテ噓ハ言ッテイマセン。ヤハリ何カヲ隠シテイルノハアノ所長デスネ。シカモ先ホドカラミョウニ職員ヲ近寄ラセタクナイヨウニミエマス」
「やっぱりそうか…このチップについては?現時点で何かわかるかい?」
「ンー…既存ノ全テノICチップト、形状ガ合致シナイコトグライデスネ。新型ガデタトイウ情報モアリマセンシ、個人ガ作ッタ物トミテ間違イナイデショウ。詳シイコトハ本部デ調テミハケレバナントモ…」
「まあ、確かにそうだね…」
「サテ…次ハ所長デスネ」
「そうだなぁ…嘘を言っていることといい、職員を近づけさせないことといい…奴が一体何を隠したがってるのか、はっきりさせないとね…」
そう言いながら、サムは胸のポケットにICチップをしまう。サムの心のうちにある所長への疑惑は、もはや確信的なものになっていた。しかし、まだ本当のことはわからない。疑惑の心を胸に、サムはふたたび仮置き場へと向かうのだった。
to be continued




