タコと忍者と侍と
ロストボイス出現と同時刻。
エントランスでは颯と巌流が、カナロア率いるアンドロイド兵に行く手を阻まれ、戦闘を余儀なくされていた。
「なんでこんなに壊れてるのに動くんだよこいつら!」
「ゼノンの杖に何か仕掛けがあるのだろう。頭を破壊すれば、動きは止まる」
「わかってるよ!」
言いあいながらも、二人は着実にアンドロイドたちを破壊していく。しかし、手足を壊されてもなお襲い掛かってくるアンドロイドたちに、二人は疲弊していた。
(一体一体が強いうえに硬い…!工場の時とはまるで違う!)
巌流がΩ1と刃を交える。しかし、工場では切ることができていたはずのΩ1の刃は、今やはも通らないほどの硬さになっていた。
(どうしたものか…このままではじり貧だ…)
巌流が攻撃を受け流しつつ考えていると、突然死角からアームが伸びてきた。
「あぶない!」
颯の声ではっとした巌流は、素早く後退しアームを避ける。アームは巌流の攻撃に失敗すると、ぴたりと止まり先端を巌流に向けた。
「まったく、人間風情がちょこまかと…おとなしく死を受け入れろ!」
「それ言われて『はいわかりました』ってなると思ってんの?」
「あいにくだが、おとなしくやられるほど我々はおとなしくないぞ!」
「ちぃっ…ならばいたぶって殺してくれる!!」
二階にいたカナロアが、二本のアームを使って身を乗り出すと、残りの四本のアームを二人めがけて勢い良く伸ばしてきた。
「どわ!!」
「ぐぅ!」
二人は軽々とよけるが、うねうねと生き物のように動くアームは、身をひるがえし再び攻撃してくる。何とか二人はよけ続けるが、次第に逃げ場所がアームとアンドロイドたちで埋まっていく。
「ここまで自在に動くとは…まるで蛇だな」
「というよりタコでしょ…この数はっと!」
アームを避ける間も、アンドロイドたちの攻撃は続く。バックラー達は絶えず光弾を発射し、Ω1はこちらにとびかかってくる。
じりじりと二人は追いつめられる。いつしか二人は背中合わせとなっていた。
「ここまで盤面が掌握されるとは…何とかならないか、颯。場の掌握はお前の得意戦法だろう?」
「簡単に言わないでよ…糸を張ろうにも、あの管みたいなアンドロイドとカナロアのアームのせいで、すぐにぐちゃぐちゃにされる。誰かがヘイトを稼いでくれれば別だけどね?」
「…簡単に言ってくれる。どれくらいだ」
「雑魚処理だけなら二十秒、カナロアもなら一分ちょうだい」
「雑魚は俺がやる。ただし三十秒で済ませろ!」
巌流が再びカナロアへと向き直る。と、突然巌流の刃が赤く光り始める。それと同時に、巌流の周囲の空気が白く、煙のようになり始めた。
「本宮巌流、押してまいる!」
瞬間、巌流が先ほどよりも素早い身のこなしで前方のΩ1達を切りつける。すると、先ほどとはまるで別物のように、Ω1の体が刃ごとするりと両断される。ごとりと半身を地面に落としたΩ1の断面は、焼け解けていた。
「?突然切れるようになった?何をした」
「あら?アンドロイドなのに初めて見たのかな?タコさん」
「知らぬなら僥倖!一気に片を付ける!」
巌流が素早い身のこなしで、Ω1、バックラー達を切り伏せていく。カナロアは必死に追撃しようとするが、先ほどよりも巌流の動きが素早く、なかなかとらえることができていない。
(この動きに戦法…どこかで…)
カナロアが手をこまねいている間にも、巌流は飛び交う光弾を避け、向かってくる管のような手を切り裂き、次々にアンドロイドたちを切り倒していく。その鬼気迫る動きは、およそ人とは思えなかった。
そして、ついに配下のアンドロイドたちは全員切り倒され、残るはカナロアだけとなってしまった。
「さぁ、雑魚はかたづけた。あとはお前だけだ!」
巌流が刀の切っ先をカナロアに向け、高らかに宣言する。その足元には、Ω1とバックラー達”だったものが、無残に転がっていた。
「……あぁ思い出した」
突然、カナロアが口を開く。
「その戦法、その動き。貴様”常世人”か」
「…だったらどうした」
「あの国は面白いよ。これほどに技術が発展しているにもかかわらず、いまだに刀やら糸やらの原始的な戦法が残っているからな。して…巌流と言ったか。貴様の動きと太刀筋から見て”破天流”の使い手だな?」
「だったらどうしたと聞いている!!」
巌流の気迫が、ぎゅっと強まる。しかし、カナロアは気圧されることなくひょうひょうと答えた。
「先ほどの素早い動きは破天流の技の一つだったはずだ。名前は忘れたが、効果は覚えているぞ。数分とてつもない素早さで動ける代わりに、代償でしばらくは動けなくなるんだったかな?」
巌流が、自身が使うヒートエッジを高温にしたと同時に使った技「破天流走法 爆血」。特殊な呼吸法で血流を早め、一時的に動きを加速させる技であるが、デメリットは、クールダウンが必要なこと。短期決戦向けの技である。
カナロアが言ったとおり、今の巌流は少しも動けない状態である。体中が燃えるように熱く、腕もろくに動かせない。もはや立っているのがやっとの状態なのだ。
しかし、巌流は見せつけるように片手で持っていた刀を両手で持ち、戦闘態勢に入る。
「だったら試してみるか?そのご自慢のアーム、ぶった切ってタコ刺にしてやる」
「どうやら口だけはいっちょ前に動くようだな?ん?何と言おうが生物の限界なんぞたかが知れている!」
カナロアがアームを勢い良く伸ばす。巌流は迎撃しようと刀を振るが、先ほどの爆血の影響で、いつものように体が動かない。そのままアームは巌流を掴むと、勢いそのままに壁に激突した。
「はっ!所詮は口だけか!まるで赤子のようだったぞ!」
「ぐ…」
巌流を掴んでいるアームの力が、ギリギリと強くなり始める。あざ笑うカナロアを前に、巌流は少しも動けないでいた。
「このまま握りつぶして終いだ!時代遅れの侍め!」
「終い…か……カナロア…お前は、俺に気をとられて大事なことを忘れているようだな…」
「なんだ、負け惜しみか?」
「いいや…ただ…二階の通路ががら空きだぞ…?」
「通路…?」
その言葉を聞き、カナロアははっとして辺りを見回す。
(あの糸使いがいない…まさか!)
カナロアが二階を見る。そこには、小憎らしい笑顔でひらひらと手を振る、颯の姿があった。
「貴様ぁぁぁぁ!!」
カナロアがアームが、二階の颯の元へ向かう。しかし、アームが颯を掴むことはなく、颯を突き抜けそのまま壁に激突した。
「なっ!?」
カナロアの気がそれる。その瞬間。
「そぉりゃぁ!」
突如天井から颯が下りてきたかと思うと、直下の巌流を掴んでいるアームを自らの脇差で両断した。
気づいたカナロアがアームを使って身を後退させるが
「お土産だよ!」
颯がクナイを三本、カナロアめがけて飛ばす。カナロアもとっさにクナイを掴んで投げ返そうと、腕を伸ばした次の瞬間
ボカァァン!!
突然クナイが爆発し、カナロアは大きく吹き飛ばされ、壁に身を打ち付けた。
「どういうことだ…貴様何をした…!」
頭を押さえながらふらふらと立ち上がるカナロアが、颯をにらみながら問いかける。巌流を掴むアームを外して巌流を介抱する颯は、横目でカナロアを見て答えた。
「あぁあれね。あれホログラム」
「ホロ…グラム…?」
「そ。君はゼノンを心底崇拝している。だから、ゼノンが進んだあの通路に僕らのどっちかがいけば、それだけで”ムキ”になって攻撃してくると思ってね。そしたら見事に引っかかって攻撃してくれたから助かったよ!」
ケタケタと笑いながら、颯は得意げに話す。だが、だんだんと笑いが混じり始めた。
「カナロアって名前さ…フフ…ポリネシアのタコの姿した神様の名前じゃん?でも侮辱してる人間相手に、すぐムキになってだまくらかされて…クク…まるで神様とは程遠いよね!あはははは!」
その言葉を聞き、カナロアの怒りが頂点に達した。
「この下等生物がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
カナロアは、怒り任せにアームを伸ばす。行く先は、すべて颯に向かっていた。
「もう無駄だよ。なにやっても」
颯がつぶやいた瞬間、カナロアのアームが爆発した。
「!?」
驚いたカナロアがアームを戻し爆発した場所を見てみると、そこには先ほど颯が投げたクナイと同じものが刺さっていた。
「如月流糸術 女郎蜘蛛。トラップ満載の糸をそこら中に張り巡らせる技さ。少し作るのに時間はかかるけどね。今君がいるところは、何をしたって糸に当たるようにしてある。無駄さ。何をしたってね」
「こんな糸がどうしたぁ!」
カナロアは声を張り上げ、別のアームを伸ばす。しかし今度は、赤熱した糸がアームに絡みつき、焼き切ってしまった。
「なっ!」
「言ったろ?無駄だって」
「貴様ぁ…」
「クモは考えて巣を作るんだ。どこなら獲物が取れやすいかってね。僕の場合は、獲物を確実に取れる位置に誘導するけどね」
「誘導だと…?」
「巌流に注目を集めてもらって、その隙に巣を作り、あとは獲物をそこまでおびき寄せる。君はまんまとはまったのさ。”時代遅れ”で”原始的な戦法”に!」
颯は自身の人差し指をクイと動かす。瞬間、カナロアめがけて無数のクナイが飛んできた。とっさにアームで防ぐものの、クナイはすべて爆発。またもカナロアは壁に打ち付けられた。めげずにカナロアはアームを伸ばす。しかし次に飛んできたのは、大量ののΩ1の切られた腕。鋭い剣上に変化しているその腕の殺傷力は言うまでもなく、カナロアの体に突き刺さる。
なすすべがない。カナロアの一挙手一投足は、すなわち自身へのダメージに直結していた。動けずにとどまるカナロアをよそに、颯は巌流を座らせる。
「まったく…注意をひけとは言ったけど、その後に動かなくなってもいいなんて言ってないんだけど?」
「奴は人間をとことん見下している。なら、底力を見せたほうが注意を向けるだろう?」
「だとしても、結局動けるのは僕だけじゃんか!この後のこと考えてよ!」
「考えているとも。それよりも颯。カナロアのこの後は考えているのか?」
「もちろん。動けず消耗したところを捕縛して完了さ。簡単な仕事でしょ?」
「……そうでもないようだぞ」
「?それどういう」
颯が言いかけた直後、背後から巨大なビームが掃射される。颯は巌流を抱えとっさに回避し事なきを得たが、先ほどまで二人がいた場所の壁には、大穴が開いていた。
二人がカナロアを見る。ビームによって焼き切られた颯の糸が、カナロアの周りを燃えながら舞い落ちる。残り四本のアームは、先端が赤黒く光り輝いており、蒸気音と共に白い煙を吐いていた。
「下等生物ごときにエネルギーを割くなど時間の無駄と思っていたが…もはやなりふり構っていられん。貴様ら二人とも、ここで散りすら残さず消し飛ばしてくれる!!」
叫びながら、カナロアは見境なくビームを掃射する。二人は何とかかわし続けるが、絶え間なく打ち続けられる光線を前に、限界が近づいていた。
二人の息が上がり始めたころ。巌流が颯に耳打ちした。
「颯。時間を稼いでくれないか?」
「無茶言わないでよ!どでかい大穴開けるほどのビームを、やたらめったら撃ちまくってる!どうしろってのさ!」
「いい考えを思いついてな。耳を貸せ」
そういって、巌流は颯に耳打ちする。颯は最初は眉をしかめていたが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「何をくっちゃべっているゴミムシども!!」
二人で話していると、カナロアがこちらにアームを向ける。その直後、巌流がすさまじい速度でカナロアめがけて突進してきた。
「破天流走法 爆血!!」
「?また爆血を使うとは…なめられたものだ!!」
「破天一刀流 昇爪 三連!!」
「甘いわ!」
巌流は突進しながら縦に回転し、刀をふるう。だが、カナロアはそれよりも早く反応し、アームを使って空中へと退避。間髪入れずアームを巌流の頭上から振り下ろした。
「破天一刀流 剛止突!」
巌流は即座に体勢を整え、刀を頭上に掲げてアームをはじき返した。
「ぐぅ…!」
「まだまだぁ!破天一刀流…」
「貴様らは同じ手しか使えんのかぁ!」
突然カナロアが叫んだかと思うと、自身の横にビームを照射する。
「うわ!」
「今度は逃がさんぞ!忍び気取りの小僧が!!」
目の前をビームがかすめ、驚きのあまり体制が崩れた颯を、カナロアはすかさずアームで捕縛する。
「またあの侍をミスディレクションに罠を張るつもりだったのだろうが、もう同じ手は食わん!ちょろちょろと動かれるのも面倒だ!このまま絞め殺してくれる!!」
アームの力は増していき、颯の体を締め付ける。次第に体からギリギリという鈍い音がし始めたと同時に、颯が血を吐き始めた。
「ぐ…がふ…」
「これしきで血を吐くなど、所詮は生物!我々アンドロイドには遠く及ばないのだ!!」
「そのわりに……ぐ…同じ手を…食ってるけど…?」
「なに?」
先ほどの二人の戦略から、この数分カナロアの注意はその実、巌流よりも颯に向いていた。
その挙動に、颯と巌流は気づいていた。
だからこそ、その”注意”を利用したのだ。
「知ってる…?タコを締めるやり方…目と目の間を”刺し切る”んだよ…!」
「!!」
「破天一刀流…」
直後、下から声が聞こえる。カナロアが見ると、先ほど振り下ろしたアームを駆け上り、刀を振りかぶる巌流の姿があった。必死にアームを振るって振り落とそうとするが、まるで張り付いているかのように、巌流の体制は崩れない。
「この!」
「アームで迎撃するかい…?そしたら地面に真っ逆さまだ…」
「何を……あ」
カナロアが持ち上げたアームは、一つが両断され、一つが焼き切れていた。空中での状態維持に二本のアームを使っている。残りの二本は颯の拘束と巌流の道として。もう使えるアームはない。
「僕らに馬鹿にされすぎて…頭に血が上ったな……!」
「貴様らぁぁぁぁ!!」
「ぐ、がはっ!!」
突然、巌流の動きが止まり、大量の血を吐いた。
「!?どうした…!?」
(爆血の効果切れ…!このタイミングで…!!)
その機を逃さず、カナロアはアームで巌流を勢い良く吹き飛ばし、壁に叩きつけた。
「はっ…驚かせてくれる!!」
続いてカナロアは、捕縛した颯を二階の通路めがけて投げつけた。
二人はすさまじい轟音とともに壁に打ち付けられる。カナロアは間髪入れずに颯との距離を詰めると、ゆっくりと歩み寄りだした。
「先ほどはさんざんコケにしてくれたな?小僧。貴様らに騙されただと?ふざけるなぁ!!」
カナロアが颯を殴りつける。
「我々アンドロイドは貴様ら生物よりも崇高なのだ!至高なのだ!!クズのような人間ごときに劣るわけがないだろうがぁぁぁ!!」
カナロアは何度も颯を殴りつける。
「我々は神だ!!貴様ら下等種族を収めてやる神なのだ!!そんな神を侮辱するなど、死に値する!!」
カナロアは何度も何度も颯を殴りつける。
「あの方はおっしゃった!新たな世界を共に作ろうと!!その野望を邪魔するとはぁぁぁ!!恥をしれぇぇぇぇ!!!!」
突然、ぴたりと颯を殴る手が止まる。颯の体は、顔は、もうすでにボロボロだった。
「…少し取り乱したな」
直後、すべてのアームの先端が赤黒く光り始める。
「これ以上貴様らクズどもに時間を割くのも惜しい。早くゼノン様の援護に行かなくては」
アームのチャージ音が、徐々に大きくなっていく。
「死ね」
アームがビームを放つ準備を完了した直後
「ふふ…」
颯が笑った。
「……何を笑っている」
「や…っぱり……頭に血が上ってる……」
「まだ言うか!!」
「当り……前だ…後ろを…見てみろよ」
カナロアが、いわれるがままに後ろを向く。そこには、壊れた手すりから体を見せる巌流の姿があった。よく見ると、糸のようなものによりかかっている。その意図は、今にも切れんばかりに張りつめていた。
「!?あいつどうやって!」
「あいつは…ここまで……計算済みだった…だから…こういったんだ…」
『爆血の効力は直前に切れるはずだ。だから、突進できるぐらいの力のある糸を張ってくれ。やつは俺が動けないなら、まず真っ先にお前を殺しにかかるはずだ。そこを俺が弓の容量で突っ込む。頼んだぞ』
「……ってね」
「だったらどうした!!直線ならビームはよけられん!!このまま消し飛ばして…」
「させないよ…!」
カナロアが巌流に向けようとしたアームが動かない。
「!?なぜ!?」
「君が…ボコスカ殴ってる間に…縛っちゃったよ…」
「こんな糸などぉぉ!!!」
「無駄さ…あいつのほうが早い…ここは……さながら”タコつぼ”…かな…?」
「こんなことでぇぇぇぇ!!下等生物ごときがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ひょいと飛び上がった巌流は、糸の張力でカナロアめがけて突っ込んでいく。
「破天一刀流…!王鹿突!!!!!」
巌流の赤熱する刀が、カナロアの胸を貫いた。
to be continued




