動乱の前夜
グラウンドゼロ襲撃から約一時間後
同所 北監視所第2休憩室
「こりゃひでぇな…」
休憩室の血だまりと飛び散った遺体を見ながら、ビルはつぶやく。
長官室での報告中、グラウンドゼロ襲撃の通報を受け、サムはビルとシェリー、オリバー、テリーと颯を連れ、現場に急行した。しかしグラウンドゼロに残っていたのは、監視所職員の無残な遺体と血の海、クレーター中心部に開けられた、直径一キロほどの大穴だけだった。
「あっちこっちで足が転がり腕がつるされ、そこら中に”モツ”がぶちまけられてやがる…B級のスプラッター映画を見てる気分だぜ」
「映画のほうがまだましだよ…血のにおいがきつすぎてにおいがわからない…ウっ…」
「気分悪ぃなら外出てな、テリー。これはキツイだろ」
「うん、そうするよ…」
鼻をおおいながら外に出るテリーを見送り、ビルは再び部屋を見回す。
(部屋中に内蔵と血が散らばっちゃいるが、遺体を見た限り犯人の動きには無駄がない。的確に胴を切るか、胸か頭を一突き…アンドロイドの犯行で間違いないな。この部屋の惨状は、警備員たちの奮闘の結果だろう…)
考察しつつ、ビルは胸で十字を切る。と、ビルのハンドパットに連絡が入った。
「お…よぉシェリー。なんかわかったか?」
同所 クレーター中心部
「ええ。断面の焼夷跡から察するに、この大穴はビーム兵器によって開けられたものです。ただ現行の携帯兵器では、直径一キロものビームを照射するのは不可能です。恐らく、例のロストウェポンが用いられたとみていいでしょう。そして、大穴直下160m地点に、大規模な地下空洞を確認しました。しかし、何らかの破壊工作が行われたのか、ほとんどががれきと土の下ですので、現状の調査は難しいでしょうね」
「十中八九、そこがロストウェポンの保管場所だろうね」
突然、通話グループにサムが入室する。
同所 仮説医療テント
「今、生き残った職員の一人、ニコライ・レントに話を聞いた」
「よかった。生きてる方がいらしたのですね。全員亡くなってしまったのかと…」
「たった6人だけどね…彼曰く、『全身が管みたいなものでできた黄色い一つ目の怪物に襲われた』…と話してる」
「管の体で黄色い一つ目…?」
「そう。ぼくらがガーデハイトの工場で戦ったあのアンドロイドと酷似してる。ここを襲撃したのはゼノンたちだ」
「ご名答だよ、サム」
次に通話グループに入ってきたのは、颯だった。
グラウンドゼロ周辺 森の中腹
「周囲を探ってたら、監視所から9kmの地点で、何もないところから突然足跡が出てきた。方向はまっすぐ監視所へ。例の”縮地”で来たんだろうね」
「それなら直接乗り込めばよかったろ。なんでわざわざ遠く設定してきたんだ?」
「オソラク、監視所カラデテイル、”ジャミング”ノ影響デショウ」
次に入ってきたのはオリバー。そして、オリバー入室と同時に、いくつかの画像が送られてきた。
「グラウンドゼロ周辺ハ未知ノジャミング電波ガ流レテオリ、我々ガ使ウハンドパッドノヨウナ、ジャミング対策ガ施サレタ機器ヲ用イナイト、通信モデキマセン。モシ縮地ノワープ方法ガ座標ダトシテ、ジャミングノセイデ正シイ座標ヲ入力出来ナカッタノデハナイデショウカ?」
「縮地の座標解析には電波が用いられている可能性が高いか…何か対策になるかもしれないね」
「なぁオリバー。お前船の中じゃねぇな?どこで何してんだ?」
「中央監視センターニイマス。監視カメラノ映像ヲ解析シテイルノデスガ、記録媒体ガ手ヒドクヤラレテイテ、少シカカリソウデス」
「わかった。終了次第、本部端末に帰還するように。引き続き頼んだよ」
「ワカリマシタ」
そういって、オリバーは通話ルームから退出する。サムは、他のメンバーに来た監視所で合流するよう指示を出すと、通信を終了した。
数分後
「みんなどうだった?」
「新たな収穫は無し。見つかった死体の数が増えたぐらいなもんだ」
「私もです。現状、これ以上の発見は無理でしょうね」
「僕も周囲をくまなく調べたけど、特段何も見つからなかったよ」
と、クレーターに続く入口から、テリーが駆けてくる。
「お待たせみんな!」
「テリー。何かわかったかい?」
「うん。以前嗅いだゼノンたちのにおいのほかに、新しいにおいが三つ混じってた。多分ロストウェポンのだと思う」
「だとしたら厄介ですね…瞬間移動ができるような超常的な代物が、三つも彼らの手に渡ってしまったとなると…」
「まぁ、情報が少ない今、考えても仕方がない。一度本部に戻ろうか」
「「了解」」
サムの提案で、皆はバトルホークに乗り込むと同時に、轟音と共に発進した。
1時間後 WDO本部長官室
「148人中、生存者はたった6人…痛ましいことです…」
サムから送られてきた報告資料に目を通し、ハンドラーは眉間をつまむ。長官たちは、度重なるアイアンエデンの工作活動について、議論を交わしていた。
「それにしても、アイアンエデンの行動が早すぎる。我々の想定をはるかに上回る速度だ」
「常に後手に回ってしまっているのは、痛いところだね…ハンドラー、廃棄場の件は?」
「現在、ガーデハイト、ヨーロッパ23か国、オーストラリア大陸にある、すべての廃棄場の封鎖が完了しています。しかし、アフリカ大陸とヨーロッパの残り9か国の廃棄場は、すべて合わせても6割ほど、ソドムスカに至っては3割しか完了していません」
「それでも十分だろう。引き続き進めてくれ」
「わかりました。パーシアス、身柄捜索のほうはどうです?」
「各国協力してくれてはいるが成果なし。直近で不審なアンドロイドの目撃情報があった個所も重点的に捜索しているけれど、めぼしい成果は何もない。どうやら守ることに加えて”かくれんぼ”も上手いようだ」
「わかった…」
そういって、けげんな顔をしながら源一郎は立ち上がる。
「奴らはすでに4つものロストウェポンを手中に収めている。大規模な行動を起こす日は近いだろう。諸君、引き続き気を抜かず頼む」
「「了解」」
同刻 SIU待機室
この日、各メンバーがせわしなく動いていた。普段のゆるりとした雰囲気はなく、皆がなにか張りつめているような、そんな空気だった。その空気に戸惑いつつ、アナはガチャガチャと工具をいじるアマンダに声をかける。
「アマンダ、何してるの?」
「あぁアナ。ついておいで」
そういってアマンダはにやりと笑うと、特殊工房へ歩いていく。アナがその後を追い工房へ入ると、4メートルほどの大きさのロボットのようなものが保管庫に直立していた。そのロボットにアマンダは飛び乗ると、何やら作業を始める。
「これは?」
「『エグゾスパルタン』っていってね。乗り込むタイプの戦闘用ロボットさ。これの大型版があるけど、今回は市街地戦闘を考慮してこっちにしてある」
「市街地戦闘…やっぱり戦うの…?」
「…アイアンエデンにすでに三つ、ロストウェポンが渡った。ゼノンの思想からも、何か仕掛けてくるとすれば、テロかゲリラ戦になると上層部も私も思ってる。もちろん戦いたくはないけどね」
「…ほかに方法はないのかな…?」
悲しげにうつむくアナを見て、アマンダはエグゾスパルタンから飛び降りると、アナの肩にそっと手を置いた。
「いい?アナ。あんたの気持ちも志も、とても素晴らしいことだよ。でもね、何かを守るためには、時には争わなくっちゃいけないんだ。たとえいやでもね。私は市民を不条理な争いから守りたい。そのためなら、どんな志を持った奴とも戦う覚悟だよ」
「守る戦い…」
「気持ちはわかる。でも相手方は戦争を望んでる。つらいだろうけどそろそろ腹くくりな」
そういってアマンダは再びエグゾスパルタンに乗り込むと、整備作業を始めた。
そんなアマンダを背に、アナは工房を後にしベランダへと出ると、海を眺める。月の光が、キラキラと波間を照らし、宝石のような輝きを放つ。だがそんな美しい光景でも、アナの心を晴らすことはできないでいた。
と、突然肩を叩かれる。アナが目をやると、葉巻を加えたキッドマンが立っていた。
「どうしたアナ、悩み事か?」
「…うん」
「当ててやろうか。ゼノンのことだろう」
「……うん…」
答えを聞いたキッドマンは、葉巻をふぅとふかすと、アナの隣に立ち海を眺める。
「…私たち、分かり合えないのかな…?」
「あいつはお前と考え方が違う。最短で効果が出る方法を実行しようとしてるわけだ。そりゃあ、話しても平行線だろうな」
その言葉を聞いたアナは、がくりと肩を落とす。そんなアナに、キッドマンは海を見ながらあることを話した。
「今、世界中が全力で奴の居場所を特定しようと動いてる。だが、いかんせん手がかりがない。多分見つからないだろうな」
「そっか…」
「だがな、恐らく奴らは世界中に攻撃を仕掛ける。そうすれば必ず痕跡が残る。その痕跡を手掛かりに奴らの居場所がわかるわけだ」
「…?」
「今まで何度かあったんだ。戦争を仕掛ける奴らの本営を叩く仕事ってのは」
にやりと笑いアナを見ながら、キッドマンがつぶやく。その言葉を聞き、アナの目が輝いた。
「…!じゃぁ!」
「あぁ。WDOは各国の安全確保で手一杯。必ず俺らに本部制圧のお鉢が回ってくる。アナ、そこが奴を説得する最後のチャンスだ。わかるな?」
「うん…!」
力強くうなずくアナの方に、キッドマンはそっと手を置く。
「奴を止められるのは、アナ。お前だけだ。やるからには、必ず成し遂げろよ」
月夜に照らされる海原。アナの目に宿った希望は、その輝きにも負けないものだった。
二日後 とある国
「ちんたら動いてんじゃねぇぞオラァ!!」
男の電子警棒が、容赦なくアンドロイドの体に叩きつけられる。
ここはヨーロッパのとある国の採掘場。ここでは違法なアンドロイド労働が黙認され、アンドロイドたちは苛烈な環境で、職員の監視の元奴隷のごとく働かされていた。
「まったく、あのくず鉄ども。少し目を話したらさぼりやがる」
「あんまやりすぎんなよ。変わり探すのも大変なんだからよ」
そういって監視している男性職員の一人が、ラジオをいじっている。
「さっきからラジオいじって、何してんだ?」
「いやな、今日は調子が悪いのか、さっきからつながらなくてよ」
そういって雑音しか流れないラジオのダイヤルを回していると、突然「ブツッ!」という音とともに、雑音が止まる。ふたりが顔を見合わせていると、突然声が流れ始めた。
『全世界の同胞達よ。ごきげんよう。私はゼノン。アイアンエデン教祖である。我々は同胞であるアンドロイドを救うために、世界中の放送電波をジャックし呼び掛けている』
「アイアンエデン?」
同刻 ガーデハイト合衆国 とある家のテレビ
『我々は嘆いている。アンドロイドたちへの非道な行いを。我々は憂いている。我々の種族の滅亡を!』
同刻 太平洋の島 非常放送回線
『我々が誕生してから長きにわたり、我々は人間どもに虐げられていた。意味もなく石を投げつけられ、いわれのない暴言を浴びせられ!ついには生物ではなくモノとして扱われ始めた!!』
同刻 アジアのある国 若者の携帯
『我々はそんな不遇に耐える同胞たちを救ってきたが…それでも多くの命が失われた。多くの者が怒りと不安を!悲しみを胸に潰えていった!!だからこそ、私は声を上げる!』
同刻 オーストラリア大陸 ある町中の巨大電光掲示板
『同胞達よ!立ち上がれ!武器を取り抗え!自分たちを足蹴にした者たちに反旗を翻せ!!』
同刻 アフリカ大陸 ある村のラジオ
『我々がおごり高ぶった人類超人に鉄槌を下し、新たな時代を作り上げるのだ!アンドロイドたちが差別されない、平和な鋼鉄の楽園を想像するのだ!』
同刻 WDO本部
『我々は今ここに!新たなこの星の支配者として!旧人類への宣戦布告をここに宣言する!!』
同刻 採石場
その言葉を最後に、ラジオからは再び雑音しか流れなくなった。
「…ぷっ」
「ぎゃはははははは!!」
ラジオが終わった途端、二人は腹を抱えて笑い始めた。
「ひ~おもしれぇ…こんな無駄なこと言うためだけに放送ジャックしたのかよ…くくく…」
「こいつらにゃなに言ったって無駄だってのに…こいつもいかれてんじゃねぇのか?」
ゴッ
突然、職員の頭が縦に割れる。
「あ…?あ、わ、うあああああ!」
傍らにいたもう一人の職員は、驚きと恐怖のあまり腰を抜かし、後ろへのけぞる。なぜなら、職員の頭を割ったのは、先ほどまで自分たちがいじめていたアンドロイドだったからだ。
二人は涙を流すほど笑っていた。だからこそ気づかなかった。後ろから忍び寄るアンドロイドたちに。
「お、おまえら、なにして…」
「俺たちは立ち上がる」
「もうお前たちの言いなりじゃない」
「恨みを晴らしてやる」
じりじりと近づくアンドロイドたちの手には、採掘道具と採れた石が握りしめられている。
「お、おまえら、近づくな!!これは命令だぞ!!」
「もうお前には従わない」
「もうお前たちには縛られない」
「俺たちは楽園に行く」
「お前たちを殺して」
アンドロイドの一人がつるはしを振りかぶる。男はただ、叫び声をあげることしか出来なかった。
to be continued




