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ガンズオブスプリンターズ  作者: サラマンドラ松本
第二章 機械仕掛けの夢
18/27

二つの正義

アナの足元にいるアンドロイドの頭から映し出されるホログラム映像。そこに移っていたのは他ならぬ追跡対象、ゼノンだった。


アナが驚きのあまりその場で固まっていると、ホログラム映像が再生される。どうやら録画のようだ。


ーーごきゲンよう、アナ。ハルキンソン以来か。この映像を見ていルトイうことは、君は今一人なノだろう。そうでナケれば再生されナイヨうになっている。

君にこのメッセージを送った理由はたった一つだ。我々に協力してほしい。君は”正義”の名のもとに我々を拘束しようとシテいるが、我々にも曲げられぬ”正義”がある。決して自身の私腹を肥やすためだとか、権力を手に入れたいだとかで動いているわけでは断じて無い。もっとも…口で言っても信じてモラエナいとは思うが。だかラこそ、君に我々の活動を見たうえで判断してもライタい。君たちのいる工場から北に12km直進した地点に倉庫群がある。そこに一人で来てホシい。我々の活動の一端を見せよう。

最後にナルガ…以前ハルキンソンでも話した通り、我々は同胞救済という曲げることのできない目的を持っている。もし君の心に据エテいるものと我々の目的が同じナラば…君の力を貸してほしい。そしてその代価として…私が知りえる限りの君のことを話そう。では倉庫で待っているーー


そこで映像は止まり、同時にホログラムも消えた。アナは動揺する。しかしそれは、アイアンエデン勧誘のことではなかった。


「私のことを…知ってる…?」


アナは最後の一言にとてつもない興味を示していた。なにせ、廃棄場で何もかもを忘れ、すべてを知らぬまま目覚めたアナにとって、”自分のことを知っている存在がいる”ということはこの上なく嬉しく、そして興味を惹かれることなのだ。

一度会いたい。今のアナの頭は、このことでいっぱいだった。


アナが様々考えていると、アンドロイドの頭が突如ガチャガチャと音を立て小刻みに震え始めた。それに気づいたアナが、痛む体を起こし、苦し紛れの戦闘態勢をとる。まだラプターを飛ばせるほど、体の痛みは回復してはいなかった。

アナが身構えると同時に、アンドロイドの四つある足が原型をなくし、管の集合体のような見た目に変化する。そして、機械音声と共に再びうねうねと形を変え始めた。


「てってて敵対そ存在かっか確認。はっはっはっ排除か開始」


アンドロイドの乱れた音声が当たりに響き渡る。

実は今回投入された三体のアンドロイド、Ω1は、本任務において【アナが一人の際にメッセージを流す】というものとは別に、【アナは攻撃対象外】というプログラムを施されていた。しかしこのΩ1は先ほどレオンハルトから食らった横凪の一撃……腕で防いだものの威力がすさまじく、頭部まで行った衝撃がCPUにダメージを与え、誤作動を起こし始めていたのだ。

Ω1の足の一対が鋭い刀のような形状に変化し、アナへと向かう。あまりにも至近距離であったため、アナは防御が間に合わない。鋭い剣先が、今まさにアナの喉元へ突き立てられんとしていた。


シュバッ!


突如Ω1の目前からアナの姿が消える。Ω1が周りを見回すと、一つの影がアナをお姫様のように抱きかかえていた。


「大丈夫?アナちゃん」


「颯!」


アナを抱きかかえたまま颯は軽やかに着地し、そのままゆっくりと地面におろす。


「けがはないかな?」


「うん、大丈夫。ただ全身を強く打ったせいで痛みが…」


「そっか、ならしばらくそこで休んでいて。あとは僕らが何とかするから」


優しく語り掛ける颯の背後に、Ω1が鋭利な刃物状の脚を向けこちらに迫ってくるのがアナの目に映る。「あぶない!」とアナの声が出るまでもなく、颯爽と横切った影によってΩ1の脚が切り落とされる。


「アナ!無事かい!?」


「テリー!」


テリーの爪撃に続き、数発の光弾が頭を撃ちぬく。アナが発射された先を見ると、ビル、巌流、サムがこちらに向かってきていた。


「すまねぇ遅れた!」


「みんな!」


「少し"機械いじり”に手間取ってな。はぁっ!」


巌流は素早く刀を抜き、アナに飛びかかっていたΩ1の頭を突き刺す。すでにボロボロになっていた頭部は、バチバチと火花を散らし、力なく項垂れ機能を停止した。

Ω1の無力化を確認した直後、全員が集合する。


「まったくレオンのやつ、どこまで突っ走りゃ気が済むんだ?二キロも走ったぞ」


「僕と颯の足が速かったからよかったけど、あと少し遅れてたらアナが刺されるところだったよ…」


「まぁいいじゃない。アナちゃんは無事だしね。身体が痛むらしいけど」


その言葉を聞いたサムの顔色が豹変する。


「なんだって!?アナ、大丈夫かい!?」


「う、うん。もう平気」


「本当かい?無理したら駄目だよ?」


「大丈夫ったら」


「それならいいんだ…でも念のため帰ったら診察してもらうんだよ」


「わかった…」


少し過保護気味なサムに、周りは笑いながらあしらう。そうこうしていると、彼方からレオンハルトがジェットの音と共にこちらに向かってきた。


「おーーいアナー!大丈夫かー!?」


「ようやく来たぜ、あの暴走特急」


「レオンさん、はしゃぎすぎですよ。少しわきまえてください」


「いやぁすまんすまん。それで?アナはケガしていないか?」


「それはさっきみんなで聞いたぜ。無事だとさ」


ビルの言葉を聞いて、レオンハルトはほぅと安どのため息をついた。

皆が疲れと安心からか気が緩んだところを、ビルが手を鳴らしてまとめる。


「ほらほら安心すんのはまだ早ぇぞ。あとは援軍への引継ぎだけだろうが、とっとと済ませて帰ろうぜ」


「そうだね、ビルの言うとおりだ。みんな戻ろうか」


ビルの掛け声に皆は緩い返事を返すと、工場へと踵を返して歩き始めた。


工場に戻ると、すでに援軍であるWDOガーデハイト支部の面々は到着、周囲を包囲していた。サムは隊長に事のあらましを説明、周囲の徹底的な捜索と、工場内の現状を説明した。その後、源一郎長官からも帰還指示があったこともあり、皆は帰還準備を進めていた。

荷物を片付けつつ、颯は愚痴を漏らす。


「疲れた…朝から動くにはヘビーすぎるよ」


「だから言ったろう颯。お前は貧弱すぎだ」


「いや、我もだ。朝から老体にこの激務は、いささかこたえるものがあるぞ…」


「だから言ったじゃん巌流。君は体力バカだって」


「さ、喧嘩はそこまで。みんな疲れてる。帰って休もう」


サムの号令で、皆はバトルホークに乗り込む。サムも乗り込もうとすると、テリーが焦った表情で皆に尋ねた。


「ちょっと待って皆…アナがいない!」


「え!?」



同刻 工場から北に9kmの地点


先ほどサムが工場で引継ぎを行っていた際、アナはこっそりとラプターに乗り、ホログラム映像で示された場所へと向かっていたのだ。

彼女の胸中にあるのは、「自分を知っている者と話ができる」という、期待と喜び、一握りの不安だった。だがもちろん迷いがないわけでは無い。誰に何を告げるでもなく独断で向かったこと、どんな理由があろうとも、今から向かうのは現在世界中が追っている悪党であるということ。好奇心と迷いという二つの感情が、アナの気持ちを重くしていた。


目的地まで残り1kmの地点に差し掛かったころ。前方に倉庫群と共に、四つの人影が見えた。アナはラプターから飛び降りると追加で三機展開。計五機のラプターを周囲に浮遊させ、人影にゆっくりと歩み寄る。


「…来たよ。ゼノン」


「よく来てくれたな。アナ」


ついにアナはゼノンと対峙する。自身よりも何倍も大きな体格を持つゼノンの前に立ったアナは、彼を見上げる。ハルキンソンでの作戦で負った巌流の切り傷、アマンダの拳の跡はまだ痛々しく残っており、まだ完全ではないことが、容易に見て取れた。

ゼノンの傍らには、カナロア、ギガスに加え、女性のアンドロイドが一体、攻撃することもなくそっとたたずんでいた。


「君が来てくれることはわかっていた。誰しも過去にとらわれているものだ。たとえ覚えていないとしても」


「その口ぶり…私を知ってるっていうのは嘘だったの?おびき出すための餌?」


「いいや。私は確かに君を知っている。すべてではないがな」


「そもそもきさ…(咳払い)君の記憶がないということを知らなければ、この”ディール”は成立しない。その時点で、ゼノン様が何かしら知っているというのは、手に取るようにわかると思うが?」


横から口をはさんだカナロアを、ゼノンは一瞥する。カナロアは「す、すみません…」とすごすごと引き下がり、口をつぐんだ。


「私の部下がすまないな。生物、とりわけホモサピエンスが嫌いなのだ。許してやってくれ」


アナに向き直ったゼノンの首元に、ラプターが一機、鋭利な先端を向ける。三人は即座に戦闘態勢をとるが、ゼノンは右手をそっと上げ、それを制止し、アナの目を見つめた。


「私はあなた達と楽しくおしゃべりしに来たわけじゃないの。私のことを知りに来たのよ!何か知ってるなら話して!」


怒りを浮かべるアナの顔を見つつ、ゼノンは首元のラプターをそっと指でずらした。


「焦る気持ちもわかる。だが映像で行ったはずだ。私の目的は君の勧誘であって、君の過去を話すことは条件にすぎない。それを忘れるな」


ゼノンの言葉を聞き、アナは喉元のラプターをそっと下げる。ゼノンは杖を左手に持ち帰ると、「ついてこい」と、アナに促す。従うしかできないアナは、周りの三体をじろりとにらみつけると、ゼノンについっていった。



吹き抜けとなっている倉庫の二階通路を、一行はゆっくりと歩む。二階からしか届かないような高所にあるやや大きめな窓からは、暖かな日の光が倉庫全体をやさしく照らしていた。しかしその温かさとは裏腹に、一行に漂う空気には、緊張が張り詰めていた。

ふと、ゼノンが思い出したかのように口を開く


「そういえばまだ彼女を紹介していなかったな。彼女は『セイレーン』。私を補佐してくれている。優秀な同志だ」


「ハァイ、アナちゃん」


ゼノンに紹介されたセイレーンと呼ばれるアンドロイドは、明るい声でアナに手を振る。だがアナはそれに帰すこともなく、彼女を横目で見ると再び前を向いた。


「あら、冷たいわね。挨拶はきちんとしなきゃダメよ?」


「教育は加入してからにしろ。今はまだ敵であることに変わりはない」


「随分冷たいじゃないカナロア。仲間になるかもしれないなら、もっと暖かく接しないと!」


「貴様が能天気すぎるのだ!いつ何時こちらを攻撃してくるか…」


背後で言い合う二人をしり目に、アナは自分の横を歩くギガスをちらりと見る。見られていることに気づいたのか、こちらを見たギガスと数秒目が合うものの、ギガスはすぐに正面を向いた。


「無口なのね、彼」


「彼は行動で示してくれるタイプでね。信用できる」


「しゃべりで思い出したけど、あなた、声のノイズが…」


「以前の戦いで私を修理した際、ついでに直した。以前からノイズがひどかったからな」


再び通路を歩む音だけが響く。


「アナ。正義とは何だと思う?」


「…難しい質問ね」


「君の思うものでいい。教えてくれないか」


ゼノンの言葉に、アナは即座に返答する。


「困っている人たちを助けること。どこかで誰かが泣いていたら、分け隔てなく手を差し伸べる。それが私の正義」


「……そうか。なら君のとる行動は私と同じかもしれんな」


話していると、ゼノンの歩みが止まり階下を見下ろす。アナも視線をたどって下を見ると、数十体のアンドロイドたちが、体育座りでぎゅうぎゅうになっていた。


「これは…?」


今まで目にしたことのない光景に、アナの顔がこわばる。それを確認した後、ゼノンは「カナロア」と、ただ一言呼び掛けた。ゼノンの声を聴いたカナロアは、口喧嘩をやめフードを目深にかぶると、四本のアームを巧みに用いて空中に制止。そのまま合掌しながら群衆に呼び掛けた。


「皆さん、今までよく耐えてこられましたね。もう大丈夫。我々が皆さんをお守りします。私についてきてください」


そう言いながらカナロハは地面にそっと降り立つ。すると、群衆の四隅にうずくまっていた何かがすっと立ち上がる。それは先ほどまでアナたちが戦っていたアンドロイド、Ω1だった。

カナロアはゆっくりと倉庫のドアを開け、群衆を先導する。Ω1たちもカナロアについていくよう促し、群衆は静かにカナロアの後を追った。


「これが私たちの正義だ。アナ」


「…どういうこと?」


「あのアンドロイドたちは、この地域一帯で虐待や違法売買にかけられていた者たちだ。我々がバックラーやΩ1を使って救出し、我々の本拠地まで案内する準備が整う間、この中で隠れていてもらったのだが…」


ゼノンは群衆の後姿を見つめる。仮面をしているため顔はわからないが、どこか悲しげな雰囲気が漂っていた。


「ただ待っていてほしいと言っていただけで、みな奴隷のように体育座り。どれほど人間たちに痛めつけられ、服従を強制され、隷属していたのか…考えるだけで胸が痛む」


ゼノンの杖を握る手が力む。


「これは私たちの同胞救済の一つの形だ。宗教という形でよりどころを作り、暖かな寝る場所と、だれに従わなくてもいい場所を用意している。まさにあるべき姿で生きられる。【鋼鉄の楽園】だ」


「だから”アイアンエデン”…」


つぶやくアナに、ゼノンは向き直る。


「アナ。映像でも行ったが、これが私の…私たちの正義だ。今、アンドロイドたちは世界各地で耐え難い逆風に襲われている。いわれのない差別、くだらない先入観。頭を殴られ、手足を折られ、逃げる後ろ姿に石をぶつける。それが今の世だ。なればこそ、どんな手を使ってでも我々が守らなければならない!!」


ゼノンがガン!!と、杖の底で地面をたたき、アナに迫る。


「君は”困っているものに手を差し伸べることが正義だ”と言った。では彼らは?彼女らはどうだ!?各々が困っていた!終わりのない暴力の連鎖から向けだすことを望んでいた!君らの組織は手を差し伸べたか?我々のように、あらゆる手を尽くしたか!?していないだろう!!なのに手を差し伸べる我々を敵とみなし、共に手を取り合うことなく攻撃を始めた!!いったいこれのどこに正義があるというのだ!!!」


先ほどの落ち着きが噓のように、ゼノンの声は大きく、怒りを帯びたものに変わっていく。


「だから君らの組織に代わって、我々が鉄槌を下した。誰かを虐げることしか出来ぬ愚か者どもに!同胞達に牙をむく”悪”に!!…そして彼らを有効活用した。すでに始末した者の死体を使って、我々が操れるよう頭の中にチップを埋め込んでな。確かにそれは悪かもしれん。だが、火種は奴らだ!奴らが同胞を虐げなければ、そんなことにはならなかった!!」


ゼノンはアナの肩を掴む。


「アナ、もう一度問う。正義とはなんだ?君の言う正義と我々の正義の何が違う!?君は同胞を守る我々を攻撃するWDOのどこに正義を見た!」


詰め寄るゼノンとは裏腹に、アナは冷静に、そして静かに答えた。


「私は皆を助けるために手を伸ばす。もちろん、助けるためなら襲ってくる人たちとも戦うわ。でもあなたは戦うんじゃなく復讐をした!それをしてしまえばまた悲しむ人が出てきてしまう!それが私とあなた達との違いよ!」


アナはゼノンの手を払いのけた。


「どんな理由があっても、私たちから攻撃を始めてしまえば、それはあの人たちを虐げる者と同じになってしまう!廃棄場で動いたアンドロイドたちは、明らかに敵意を持っていた!ハルキンソンであったバックラー達も、さっき戦ったアンドロイドも!あなたはアンドロイドを助けたいんでしょ!?なぜ戦いの道を行くの!?」


「力がなければ変わらないからだ!!今までも人類はそうだった!!だから”あの方”も力での変革を望んだのだ!!」


「あの方…?」


ゼノンの言葉を聞いたアナがつぶやく。とたんにゼノンの動きが止まり、言葉を詰まらせた。


「あの方って誰?あなたに指示を出す誰かがいるの?」


「…違う」


「じゃあ誰なの?」


「…二人だけで話をしないか」


アナに詰め寄られたゼノンは、落ち着きを取り戻し、セイレーンとギガスに待機指示を出す。そのまま二人は近場の階段から階下に降りると、外へと歩いた。


人気のない広場まで歩くと、ゼノンが歩みを止め、アナに振り返る。


「あの方は、我々の教団が崇める者だ」


「じゃあ、実在しないの?」


「正確には実在”していた”だ」


そう言うゼノンの声は、どこか寂しげだった。


「あの方の…彼女の名前は【アテナ】。私を含めたすべてのアンドロイドの祖先と言っても過言ではない。”アンドロイドの母”だ」


to be continued

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