食の救世主⑦
閉会式が終わり観客が帰りだすと、俺たちは闘技場に降りウィブの所へと向かった。
「ウィブ、優勝おめでとう!」
「よくやったな」
ウィブは「皆さんのおかげです」とちょっと恥ずかしげに頭をかいた。
うるさい連中も駆け寄ってくると思ったのだが、どうやら檻ごと何処かに搬送されて行ったようだ。
ご愁傷様である。
皆で優勝を喜んでいると、傭兵の一団がこちらへと近づいてくる。
あのワルギリア率いる神喰らいの連中だ。文句でも言いにきたのだろうか?
グランツとティルテュが身構えると、ワルギリアが突き出した半殺し状態の傭兵達がウィブの前で土下座を始める。
「すまなかった。うちの連中が昨晩そちらに押しかけたそうだな」
「えっ?」
もしかして昨日ギルドに襲撃があったのか?
ウィブを見ると、首を横に振っている。
ウィブも知らないのなら、誰かが事前に追っ払ってくれたのだろう。イースだろうか?
「料理の勝負に暴力を持ち込むとは、なんと詫びればいいか分からん。本当にすまなかった」
頭を下げるワルギリア。
勝手にエリートなのかと思っていたのだが、中々に度量のある人間のようだ。
「いえ、僕たちの身には何もありませんでした。頭を上げてください」
「すまなかった。コイツらは焼くなり煮るなり好きにしてくれ」
謝るワルギリアに気にしないでくれと言うウィブ。堂々巡りの末、どうにか和解した。
「しかし君は凄いな。君の姉上も素晴らしい料理人だと思っていたが、君はそれ以上かもしれないな」
「ワルギリアさんの料理も凄かったです。勉強になりました」
今度はお互い褒め合い始め、いつしか料理談義に花を咲かせる。いつの間にか親友かと思えるほどの気の合いようだ。
「ウィブ君とは良いライバルになれそうだ。是非王都に来た時はうちのギルドに寄ってくれ。ゆっくり話でもしながら腕を見せ合いたいものだな」
「その時は是非よろしくお願いします」
ワルギリアが一団を連れて去っていくと、続いてナディアがやって来た。
「ウィブ、私の負けね。優勝おめでとう」
「ナディ姉」
ナディアはそう言って握手を求め、ウィブはそれに応える。
「傭兵続けても、もう止めないよね?」
「ウィブが勝ったのよ。約束は守るわよ。もともと予選でグランツ様が食材を分けてくれなかったら予選落ちだったしね」
なるほど。ナディアの予選の食材はグランツが用意したのか。
いい話にも思えるが、ウィブが負けていたらどうするつもりだったのだろう?
まぁ、グランツのことだ。平等な立場でこその勝負だと言いそうだな。
「約束通り私は王都の店を辞めるわ。もうお店にも勤めない」
「ナディ姉、別に僕はそんな事望んでないよ!」
「ウィブ、約束は約束よ」
あれほどの腕を持ちながら料理人を辞めるなんて勿体ないが、ナディアは頑固者っぽいからな。
ウィブが心底困っていると、ナディアはクスリと笑った。
「というわけで私は職を失うわ。ウィブのギルドで雇いなさい!」
「えっ!? ナディ姉!」
ウィブは慌てているが、想定の範囲内だ。
命令口調に聞こえるけど顔を赤らめてチラチラとグランツを見ているし、落ち着きがなかった。
だが悪い話じゃない。
ウィブはギルドでの料理もあるので多少なりとも依頼に行く頻度は少なくなっている。
ナディアがいれば傭兵に専念出来るってわけだ。
しかもナディアが色恋を持ち込めば、あのグランツをからかえるオマケ付き!
そしてもっとも重要なのは、ただでさえ美味かった飯が更に美味くなるってことだ!
一石三鳥。これを断るバカなどいない。
「分かったナディア。うちのギルドで責任持って――」
「ワシもここで雇ってもらおうかの」
な、なんだと!?
俺の言葉を遮って、突然現れた悪魔が想定外の言葉を発する。
「い、いやジジイ、あんた傭兵組合の――」
「ディッシュ様がこのギルドに……光栄です!」
「じいちゃん来るっすか? 楽しみっす!」
だ、だめだ。
グランツは歓喜に震え、パティは嬉しそうに飛び跳ねている。
俺は助けを求めてカルとティルテュの方へと顔を向けた。
「……ニケル君、短い付き合いだったね。僕、魔術師組合に専念するよ」
「アタシも修行の旅に出るわ」
逃げ出そうとする2人の首根っこをむんずと捕まえる。
逃しはしない。
「待て待て、俺達昔からの仲間だろ? なぁ、今から組合に超長期の依頼を貰いに行こうぜ」
「ニケル君!」
「昔に戻ったみたいで楽しそうだわ」
3人でガッチリと握手をかわす。
俺達は遠い目をしながら、まだ見ぬ長期依頼に逃げ場を求めるのであった。
結局、ナディアをギルドに迎える事になり、ジジイは王都の組合へと戻って行った。
仮にも傭兵組合の最高責任者が地方のギルドに在籍するワケにはいかず、ウエッツの説得によって事なきを得た。
ヤツには借金が霞むほどのデカい借りを作ってしまったが、致し方ない。
ギルドに入る上で、ナディアは身辺整理を含めて一度王都に戻る事になった。
働いている店にも説明しなければならない。
王都に同行するのは3人だ。
――
「か弱い乙女に一人で王都まで帰れと言うの?」
王都に一度戻ると言ったナディアなのだが、か弱いなんてどの口が言うのだろうか?
同じ王都なのだから神喰らいと一緒に帰ればよくない?
しかし我がギルドの食の未来のためには無下にも出来ない。
「んー、じゃあグランツ頼める?」
「俺か!?」
仕方ないだろ?
俺に詰め寄りながらもナディアの視線はグランツを追っ掛けてるんだもん。
ナディアを意識しだしてか、グランツの態度が微妙に落ち着きがないのも面白いし。
そしてウィブが王都について行く。
ワルギリアの誘いにのって神喰らいに行くのが理由の一つなのだが、実は傭兵料理バトル大会でウィブが考えた調味料にレシピ。
それを本にしたいと王都の商会から打診があったのだ。
つまりレシピ本の打ち合わせも兼ねての王都行きとなる。
そして最後のお供は……。
傭兵料理バトル大会翌日。
白金の狼の連中がウィブのお祝いにやってきた。
ナディアが腕によりをかけ、飲めや歌えや踊れやの盛大な宴になったのだが、酔いがまわったイースの愚痴が始まった。
やれ、ウィブを守りたかっただの、酷いめにあっただの。
自業自得である。
酔いも手伝って、とうとうウィブの前なのに猫の皮を脱ぎ捨てて乱暴な口調になっていくイース。
さすがにまずいとデンタイやその他数名が「お頭もうその辺で」と、止めに入ったがぶっ飛ばされる始末。
皆がイースから避難し始めた時だった。
立ち上がり暴れだしそうなイースの前にウィブがひざまづく。
「イーストリアさん。ううん、イーストリア。僕はいつも君に助けられているよ。一端の傭兵にはまだなれてないけど、料理大会で優勝出来たらって決めてた事があるんだ」
突然の事に動きの止まったイースの手を優しく握るウィブ。
「絶対にイーストリアを幸せにします。だから僕と結婚してくれますか?」
「はぇ?」
まさかのウィブのプロポーズ。
ギルド内が一瞬にして静まり返るのだが、皆の顔は興奮に満ちている。
で、言われた本人はというと。
あっ、あの顔は全く分かってない。
分かってないというか理解が追いついて無いのだろう。
顔は真っ赤で尻尾は大きく左右に振られているのだが、言葉も出せずに目が回っている。
そして数秒後、とてもイースとは思えないか細い声で「はい」と呟き、へたりこんでしまう。
その後の歓声はもの凄かった。
白金の狼は狂喜乱舞し、女性陣はお祝いの言葉をかける。
デンタイなど男泣きだ。
ティルテュやシェフリアが「ウィブは本当に男らしいわね」と、チラチラと俺とパティを見ているが気にしないでおこう。
しかしギルドで最初に結婚するのがウィブとは、面接に来た時なんて気弱な少年だったのに、信じられない気持ちだ。
いや思い返せば、ウィブってここぞの時は肝が座ってるんだよな。
そこからはウィブの優勝お祝いから、ウィブとイーストリアとの婚約祝いに変更。
そりゃあもうとんでもない宴となった。
ようやく正気に戻り事態を理解したイースが「今から子作りだぁー」とウィブをお姫様抱っこして部屋に駆け込もうとしたり、「今はダメです」と、止めた白金の狼の面々が再びぶっ飛ばされたり。
そんな楽しい喧騒の中、パティがチョコンと隣に座ってきた。
「ウィブ殿も、イース殿も幸せそうっすね」
「あぁ、そうだな。見てるこっちまで幸せな気分になる」
「そうっすね。幸せな気分になるっす。自分もいつかあんな風になれるっすかね?」
柔らかい笑顔をみせるパティ。
酒にも酔っていたが、雰囲気に流されてしまっていたのだろう。
俺はパティの頭にポンと手を置いた。
「なれるさ。……パティ、今日は一緒に寝るか?」
パティは少し驚いた顔をすると、耳まで真っ赤にして「はいっす」と小さく答えた。
――
「それじゃ、行ってきます」
「気をつけてな」
こうして4人は王都へと向かった。
ウィブとイースは婚前旅行も兼ねている。
3ヶ月程は戻ってこれないだろうが、帰ってきたら結婚式だ。
「さっ、帰って飯にするか?」
自分で口にして、全ての料理人達が行ってしまった事に後悔する。
どうやらティルテュとパティが燃えているようだが、悪戦苦闘の未来しか思い浮かばない。
俺は帰りに胃薬を買って帰ろうと、四人が見えなくなった方角へと振り向くのであった。
後にウィブのレシピ本が売り出されると、傭兵界隈には留まらず全国で爆発的に売れていく事になる。
食生活を大きく変えたウィブは、いつしか『食の救世主』と呼ばれるのだった。




