食の救世主⑤
ナディアは一度言葉を止め、ゆっくりとウィブに視線を合わせた。
「……ウィブ。ウィブにとって、父様と母様はどんな人だった?」
「父さんと母さん?」
ウィブはナディアからの突然の質問に戸惑いながらも、両親の事を思い返す。
「僕はほとんど父さんと母さんと一緒にいなかったから。結局は家を飛び出したけど、子供のしたいことを自由にさせてくれたと思ってるよ」
ウィブが両親と過ごした時間は少なかった。
大貴族であるがゆえに両親は多忙であったが、それを差し引いても少なかった。
もちろんウィブが五男だということもあるかもしれない。
それでも年に数回程度食事を一緒にとるだけの関係が親子かと問われれば、一般常識からは外れていると言っていいだろう。
必要最低限の礼儀作法を除けば、特に口出しをしなかった両親。
それを無関心だと言う者もいるだろうが、子の気持ちとして自由にさせてもらったと良い方向に解釈するのは仕方がないことだ。
「そうね。あの人達は私達を縛ることは無かったわね。貴族としての対面さえ保てればそれで良かったから。幸い兄さんも姉さんもあの人達の期待に十分沿っていたしね」
突然ナディアが両親の事をあの人と呼び出すことにウィブは違和感を覚えた。
「あの人達にとって私達は邪魔さえしなければどうでもいい存在なのよ」
「で、でも、父さんも母さんもナディ姉や僕が作った料理を嬉しそうに食べてくれてたよ」
ナディアの言葉にウィブは数少ない思い出で反論する。
たとえ過ごした時間は少なくとも、そこに家族の絆はあったのだと。
「えぇ。料理はあの人達にとって許せるものだったから」
「ナディ姉、なんでそんなふうに悪く言うんだよ?」
「……ウィブ、私が15年前、式典で誘拐されそうになったことは知ってる?」
「僕が3歳の時のことでしょ? いっぱいナディ姉から聞かされたよ」
ナディアがグランツに助けられた事件。
小さい時に毎日のように聞かされた話だ。
「あの事件は……あの人達が仕組んだ事件なのよ」
「ーー!?」
そんな訳がない! そう言いたいウィブだったが、ナディアの悲痛な顔を見て言葉を飲み込まざるをえなかった。
「あの人達にとって傭兵なんてものは底辺の生き物。穢らわしい存在なのよ。だから仮にも血の繋がる娘が傭兵に憧れるのが我慢できなかったんでしょ。その存在を消したいほどに。もっとも失敗したからしばらくは手出し出来なくなったみたいだけどね」
「そ、そんな……。ナディ姉はそれを誰から聞いたの?」
「カディル兄様よ。カディル兄様はヴァルリア兄様やシーマ姉様ほどあの人達の洗脳教育を受けていなかった分、私がむざむざ殺されるのを見過ごせなかったのよ」
長男ヴァルリアや長女シーマも同じような考え方だとナディアは付け加えた。
「じゃあナディ姉はそのために料理を?」
「そうね。もっとも料理自体は好きだったから。世迷言と思うかもしれないけど――真実よ。だから今の状態はまずいの。地方都市とはいえ筆頭ギルドに所属していれば知名度は上がるわ。今はまだウィブ、あなたのそれが料理関係のものだから、私の方が情報が早かっただけ。そのうちあの人達の知るところになるわ。傭兵料理バトル大会は普通の料理人でも出ている大会。たとえ嘘でもその為に傭兵をしていたって言えるの。でも傭兵である事に固執すれば……その時はギルドごと潰されるわよ。そうなってからじゃ遅いの。早く傭兵なんて」
「やめないよ!」
ナディアの言葉を遮ってウィブはハッキリとそう言った。
穏やかながらも揺るぎない表情で。
「‥…ウィブ、あなたが思っている以上にあの人達の権力は、力は凄いのよ」
「ナディ姉、逆だよ。ナディ姉が思っている以上にこのギルドは、蜥蜴の尻尾は凄いギルドなんだよ。みんなに迷惑をかけるのは心苦しいとは思うけど、貴族の息子、それも大貴族の息子だって面倒な僕を受け入れてくれた。そんなギルドに僕はいたいんだ」
優しく諭すようなウィブにナディアはそれ以上反論出来なくなっていた。
思っている以上というならば、ウィブこそが思っている以上に成長していたと感じたのだ。
小さな頃、いつも後ろについてきて、なんだかんだ言いつつも従順だった弟。
もう小さく弱い、守ってあげなければならない弟はそこにはいなかった。
ナディアは少し困ったような笑顔をみせる。
ウィブの成長が嬉しくもあり、寂しくもあった。
久々に会った弟は自信を持ち合わせていた。
ナディアは料理人として様々な人を見てきたから分かる。ウィブの持つ自信は決して天狗になったものが持つそれではなく、経験から培われた確かなモノだと。
世の中そんなに甘くないと言いたいのに、むしろ甘かったのは私の方かもしれないと。そう思えるほどの悠然たる態度だった。
「そっか……。私の知らないうちにウィブも大きくなったんだね」
「うん。……ナディ姉、ありがとう」
その言葉で会話は止まる。
『ありがとう』
ある意味なんの変哲もない言葉だったが、二人はこの言葉一つで沢山の思いを交わしていた。
言葉を超えて伝わる気持ち。
不思議と二人は心地良い気持ちでいっぱいだった。
どれくらい時間が過ぎただろうか。
不意にウィブはお腹に手を当てて口を開いた。
「ちょっとお腹すいたね。何か作るよ。ナディ姉は何食べたい?」
「あら、私に見合う料理をつくれるの? ふふっ、じゃあ自慢の一品を頂こうかしら。明日は私が勝つにしても弟の実力ぐらいは知っておきたいしね」
「ナディ姉こそ僕の料理を食べて戦意喪失しないでよ」
ナディアが悪戯っぽく笑うと、ウィブも笑顔を返して調理室へと向かうのであった。
――――
その夜、ベルティ街では太古の太陽や白金の狼によって巡回が行われていた。
傭兵料理バトルの為に、様々な地域から傭兵が集まっているからだ。
酒場や路地裏で、酔った傭兵同士が衝突するなど小さなものからギルド同士の喧嘩まで、その仲裁に追われていた。
「くっそー。手前ぇらのせいでちっともウィブの警護に行けねぇじゃねーか!」
白金の狼のギルドマスターであるイーストリアは苛立っていた。
本来は決勝に進むウィブの警護に託けて一晩中側にいるつもりだったのだが、予想以上に傭兵達の争いが多く巡回から抜け出せない。
一時前までのイーストリアは期待に満ち溢れていた。
警護するにはそばにいなければならない。
もしもに備えて同じ部屋で寝なければならない。
決勝を前にしたウィブを安心させるために添い寝ぐらいは……いや、勢い余ってそのままなし崩し的に……と。
その妄想を打ち崩した代償が、道端で伸びている傭兵達である。
「お頭、やり過ぎですぜ」
そうイーストリアに進言出来るのはデンタイだけであった。
他のギルド員達は機嫌の悪いイーストリアに声をかけることさえ出来ない。
下手に口出ししてトバッチリを受けたくはないのだ。
「デンタイ! もしウィブに何かあったらどうする? 決勝に進むギルドだ。襲われるかもしれないだろ? 心配じゃねぇのか?」
いつもなら「じゃあお頭だけでも」と言うデンタイであったが、何せ傭兵同士の喧嘩はそこかしこで行われている。その中には当然実力者もいるものだから、イーストリアが抜けるわけにはいかなかった。
ギルド員達はイーストリアに聞こえないように、ヒソヒソと話す。
「というより、あのギルドで手に負えない奴らが襲ってたら俺たちじゃ無理だろ?」
「間違いない。そういう意味じゃこの街で1番安全なギルドだよな。明らかにお頭のこじつけだよ」
この街随一のギルドを心配してどうすると、そう口々に言う。
あの古代の巨人を打ち破ったギルドである。当然の考えだろう。
もちろん彼らはウィブ以外のギルドメンバーがいないことを知らない。
「お頭、こっちでも傭兵が喧嘩してます!」
「またか! くそっ、手前ぇら行くぞ!」
憤怒の形相で駆けるイーストリアに、喧嘩している傭兵の安否を気遣う白金の狼の面々であった。
だがイーストリアの言葉通り、蜥蜴の尻尾を狙う傭兵は存在していた。
筆頭とはいえD級ギルド。
この街に住むものでなければ、いや蜥蜴の尻尾と接したことのない者にとっては脅威など感じない。
「いいか、話によれば今あのギルドには今大会で最も目障りなあの女もいるらしい。ちょっと脅してやれば明日の決勝は若が苦労なく優勝だ」
「姉弟らしいな。姉が姉なら弟も弟。ずいぶん綺麗な顔立ちだったな。傭兵世界の厳しさを身を以て教えてやらねぇと」
いやらしい笑みを浮かべる男達。
彼ら一人一人はそれなりの実力を持つ傭兵であった。
そんな傭兵達は人目を憚り、蜥蜴の尻尾の裏庭から侵入する。
ニケル達のいないギルドにおいて、最も危険なルートを選んでしまった。
裏庭に降り立った傭兵達はすぐに異様な気配を感じて剣を手に取る。
室内から差し込む明かりで薄暗い裏庭で彼らが見たのは、太々しく寝そべる巨大な狼であった。
ニテルである。
彼らは傭兵。魔物に臆することなどない。
だが金色の眼の一睨で足を止めてしまった。
威圧に呑まれてしまったのだ。
「お、おい。ど、どうする」
「ど、どうするって、ただの狼だろ」
いつも相手にしている魔物に比べれば大したことがない。そう頭で考えても身体が動かない。
ニテルは面倒そうに身体を起こすと、深く息を吸い大きく吠えた。
いや、実際には吠えたとはいえないだろう。
それは声では無く一面を埋め尽くす空気の振動。
傭兵達がまるで頭から齧りつかれたと錯覚してしまう声無き声。
身体の奥底から恐怖を覚えると、剣を手放してなりふり構わず逃げ出していた。
ニテルはチラリとギルドに目をやると、そのまま寝そべり目を閉じる。
美味な食事の作り手は誰なのか。ニテルにとっても大事なようだ。
久しぶりの投稿になってしまいすいません。
次話はいよいよ決勝戦です。
果たして残り1話でまとめれるかは分かりませんが、今月中にはなんとか仕上げます!




