食の救世主④
「グランツ、ウィブお疲れ。グランツは惜しかったわね」
予選を終え、俺たちの席へとやって来た二人を温かく迎えると、グランツは苦笑する。
「いや、俺は下から数えた方が早い順位だったろうさ。まだまだ修行が足りんな」
「でも審査員の人も師匠の料理を食べて『美味いっ!』って言ってたじゃないですか」
どうやらグランツはマトモな料理を提供したようだ。
実は独創性に走り過ぎた料理を出して、ギルドに苦情が来ないかと心配してたんだよね。
グランツはまんざらでもない表情を浮かべると、俺の横で目が止まる。
「ーーニ、ニケル。そ、そちらの御仁は、ディッシュ様か?」
「えっ、あぁ、そうだけど」
俺の言葉が終わるやいなや、礼儀正しく礼をするグランツ。
「ディッシュ様の御高名はかねてから承っております。こうしてお逢いできるとは……身に余る光栄です」
いやいやいや、そんなに持ち上げても本性知ったらガッカリするからね?
ウィブはグランツの態度に慌てて礼をしているが、よく分かってない感じだ。
「ほっほっほっ、ただの隠居爺じゃ。そんなにかしこまらんで良いわい」
「そうそう、ただのーー」
クソジジイだよ! そう言いたかったのだが、右肘を掴まれる感触に言葉が止まってしまった。
しかもグランツやウィブからは絶対に見えない角度で掴んでいやがる。
グランツはジジイと話したそうだが、俺たちはすぐにでもここから立ち去りたい。
「そ、そろそろ帰ろうか? ウエッツ、また明日な」
「じゃあ、儂も一緒に行くとするかのぅ」
「「「ーー!?」」」
俺とカルとティルテュが固まる。
なにか、なにか手立ては無いのか?
そこに思わぬ援護を出したのはウエッツだった。
「爺さん、流石に明日の決勝に出るギルドへ行くのはマズイだろ?」
「うっ、そうじゃのう」
ウエッツ!
俺はお前を誤解してたよ。
なんて頼りにーー
「だからウィブ以外の全員、組合に来い」
「仕方ないのぉ。そうするか」
ならない奴なんだ。
一瞬でも信じた俺が馬鹿だった。
あっ、カルがウエッツに指先を向けている。
そうだ、やっちまえ! 氷弾で撃ち抜くんだ!
「ウィブ、明日は決勝戦だ。少し一人になる時間も必要だろ? 俺たちは席を外しているさ」
「師匠……ありがとうございます」
ダメだ。
グランツまでもが陥落している。
こうして俺たちは傭兵組合へと連行されていった。
「シェフリアお疲れ様!」
「あっ、ニケルさん。ウィブさんの決勝進出おめでとうございます!」
労いの言葉をかけるふりをして、ジジイから離れる俺とティルテュ。
カルは必殺の狸寝入りをしている。
幸いパティとグランツがジジイの相手をしているので、大丈夫だろう。
「ウィブの決勝進出は嬉しいんだけど、予選三位だもんね。ナディアが圧倒的だったのは分かるんだけど、あの二位の人も有名なの?」
「ワルギリアさんですか? 有名ですよ。王都のA級ギルド神喰らいのギルドマスターの息子さんで、料理においてナディアさんのライバルと言われてる方なんです。確かまだ20歳ですよ」
なるほど。
A級ギルドマスターの息子となると、エリートってやつか。
ナディアだけでも勝ち目が薄いのに、そんな大物がいるとは。
「でも聞いた話ですが、一位から三位は僅差だって話ですよ」
「シェフリア! 情報漏洩だぞ」
ウエッツにお叱りを受けて、「内緒でお願いします」と、口に人差し指を立てるシェフリア。
俺の中で組合の情報管理はザルみたいなものだと思っていたから、ウエッツの言葉は意外だった。
あっ、ジジイがいるからか。
平和にシェフリアと話していると、ジジイがカルの首根っこを掴んでこちらにやって来る。
カルの寝たふり作戦は失敗したようだ。
「ほっほっほっ。久々に儂に会って照れておるのか? ほれ、ニケルもティルテュもここに座れ」
俺はティルテュに「逃げるか?」とアイコンタクトを送るのだが、「無理よ」と沈んだ目を返してくる。
嫌々ながらもジジイと同じテーブルにつく。
「どうじゃった? 儂に会えんで寂しかったじゃろ?」
「いや、別ーー痛っ! さ、寂しかったよ」
「そうじゃろ?」
これだ。
このジジイは望んだ言葉が貰えないと、見えない手刀を繰り出してくるのだ。
だからといって無理に調子を合わせておだてようものなら、ますます調子に乗っていくのだからタチが悪い。
別に俺たちじゃなく、演技無しでおだてるパティやグランツと話してる方がジジイも気分がいいだろうに。
「で、ジジ……爺さんはいつから組合長してたんだ?」
「儂が組合長になったのはいつじゃったかのぉ。50年くらい前からかのぅ」
って、おい! 俺が生まれる前からかよ!
半世紀じゃねぇか、妖怪ジジイめ!
そう言ってやりたいが、言えば手刀の餌食だ。
俺とカル、ティルテュはお互い目で「お前が話しかけろ」と牽制を続ける。
「しかし懐かしいのぉ。昔はよくお主らは『爺ちゃん、爺ちゃん』と懐いてきたのにのぉ」
顔は笑顔で答えてやがるが、断じてそんな事は無かったはずだ。
そりゃまぁ、出会ったばかりの時は神業とも言える体技に憧れはした。「爺ちゃん、教えてよ!」くらいは言ったかもしれない。
……いや昔、確かにそう言ったな。
俺とカル、ティルテュとイシュタリスとで、縮地を教えてくれないかと。
ジジイに「頑張れば誰でも出来る」って真冬の湖に連れて行かれたなぁ。
そこでジジイは音もなく走って見せた。
水面をだ。
『これが出来れば基本は覚えたも同然じゃからな。なぁに、簡単じゃよ。足が沈む前に一歩進むだけじゃ』
そう言って次々と極寒の湖に投げ飛ばされたっけ。
もちろん出来るはずもない。
カルは魔法を使って水面に氷を張ろうとしていたが、『それは体技じゃ無いわい』と湖に沈められてた。
まぁ、ジジイはそんな特訓を俺たちに課してたんだ。
「爺さん、ご機嫌だな」
「そりゃ、こやつらは孫みたいなもんじゃからな」
ウエッツがやってくると、ジジイ相手に軽口を叩く。
ウエッツには手刀が飛ばないんだよな。
「そんなに可愛いと思うなら、この街に引っ越せばいいだろ?」
「名案じゃの。儂もこの街に住むかのぉ」
「「「ーーやめてくれ!」」」
俺たち三人の思考は、見事なまでにシンクロするのであった。
ーーーーーーーーーー
その頃、蜥蜴の尻尾の扉を叩く者がいた。
ウィブが扉を開くと、目の前に立っていたのはナディアであった。
「ナディ姉」
「ちょっといい?」
今日一位通過したはずの彼女の顔は、勝ち誇ったものではなかった。
まるで迷子のような不安な表情。
ウィブは躊躇いながらも中に受け入れる。
椅子についても喋ることのないナディア。
ウィブはそんな姉に暖かいミルクを淹れて机の上に差し出すと、向かい合わせの席に座る。
何も話さない姉を見て、ウィブは懐かしい気持ちを感じていた。
見覚えのある不安そうな、何かに怯えるようなナディアの顔。
(そうか。ーーあの時と同じだ。)
ウィブは木剣を取り上げられた日のことを思い出していた。
怒った様子で有無を言わさない命令口調で「傭兵になりたいなんて、馬鹿な憧れは捨てなさい!」とまくし立てる姉。
でもなぜか、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
今の姉と記憶の姉が重なった時、ウィブは初めて気がついた。
ナディアはあの時苦しんでいたんじゃないのだろうか、と。
「ナディ姉、覚えてる? 僕から木剣を取り上げて傭兵に憧れるのはやめろ、料理人になれって言った日のこと。ナディ姉、あの時と同じ顔してる」
ナディアは答えず、ミルクの入ったカップを手にしたまま俯いてしまう。
ウィブはため息にも似た苦笑をすると、そのまま話を続けた。
「僕はね、ナディ姉に感謝してるよ。なんでって思ったこともあった。でも、今の僕がいるのは……傭兵でいられるのはナディ姉のおかげだよ。ありがとう」
「……違う。違うのよウィブ」
ナディアは震える声で、小さくそう呟いた。
次話投稿は来週中の予定です。




