第八話 次の目的地
不意に、窓の開く音がした。振り向いてみると、どこか恐る恐ると言った様子な百花さんがいた。
多少は落ち着いたのか、さっきまでよりは余裕がありそうだ。
「その……えっと、ね」
もじもじとした様子で、何かを言おうとしては躊躇する。そんな事を繰り返していたが、やがて覚悟を決めたのか大きく息を吸い、頭を勢い良く下げた。
「ごめんなさい! 全部、食べちゃった!」
「そんな事よりさ、あの鳥元って立てこもりされてんの?」
「うえっ! えっ? いや、良いの? 全部食べちゃったんだよ。君が持ってきた食べ物なのに」
「良くないけど、食ったもんを吐き出されたってしょうがないでしょ」
「あぅ……」
「で、その食われた分を回収したいんだ。
――だから鳥元の事を教えてくれ」
と、聞いてみたところ、顔を赤くしてうつむいてしまった。
「うん、わかってる。でも、その……出来れば、暗くなってからにしない?」
百花さんの指が、くるくると横髪の毛をいじる。洗髪とかも難しいだろうに、何となく艶があるのは性別による差だろうか。
「何言ってんだ。暗くなったら、やりにくいだろ」
「うん? あーそれなら、せめて別の部屋で……」
「はっ? なんだってわざわざ別の部屋に移動すんだよ」
なんか変だな。こう、話が噛み合ってない感じ。と言うか、なんだってそう恥ずかしそうに顔を赤らめてるんだか。
「こっ、ここでッ? それは、ちょっと流石に……ほらっ、百菜ちゃんも見てるし」
ますます持って妙な話だ。俺は食料の回収に行きたいんだが、この人は何をしようとしてるのか。
真っ赤になってあーだこーだ言ったあと、ようやく百花さんは顔をあげた。
「やっぱり、昼間からは良くないと思うの! だっ、だから夜にしましょう!」
「夜になったら移動がキツイんだって。街灯とかあるけど、死角が増えるから不意をうたれる可能性が上がるんだから」
「えっ?」
「んっ?」
ここでようやく、百花さんが何か変だと思いいたったようだ。てか、俺にもようやくわかった。
そういえば、好きにしていいとか言ってたな。
ようはそのお誘いか。
「あっ、あれ? ちょっとまって、えと……ちっ、違うのよ。うん」
改めて、顔を赤くして言い訳してる百花さんを見る。
やはりまずそのデカイ物に眼が行くが、顔立ちもいい具合だ。やや垂れ目で柔和な顔立ちはアイドルとかそう言う風だ。
報酬として得られるソレ。まあ、性行為に興味がないと言えば嘘になるけど、それよりも飯が必要だからな。
とりあえず、言い訳し続ける百花さんを俺はニヤニヤと見つめもとい、見守った。
落ち着くのを待って、鳥元の現状を改めて聞くと、以外な事がわかった。
「それじゃあ、あそこで立てこもりはしてないのか」
「うん。ゾンビがあふれるって――その時は普通に災害だと思ってたけど――聞いて、私も慌ててご飯を買いに行ったから。
それで帰り際に、鳥元の中にゾンビが沢山入り込んできたから逃げてきたの」
良く無事だったなと思う。単に、運がいいのかもしれないけど。
聞くに、店からはどんどん人が逃げていったらしい。割りと初期の頃の話で、それ以来は向かっていないそうだが。
「でも、あの数だったら誰も居付こうとしないと思うよ」
「そんなに居るのか」
大げさに言ってるだけって感じもするけど、その日から時間が立っている以上は相応にいるだろう。
立てこもりされている可能性もあるけど、確実なアテが無い以上は鳥元を目指したほうが良さそうだ。
「食料とかは、どれくらい残ってた」
「私が行った時は、まだ大分あったかな」
まあ、そっちは在庫とかもあるだろう。生のは危ないけど。電気が入りっぱなしなら、冷凍食品は大丈夫かも。
「あっ、それと二階の端っこにスポーツ用品が売ってたから、武器も手に入ると思うよ」
「そいつは助かる」
バッドだと重心が偏ってて振り回しにくいんだけど、手ぶらよりは良い。
「これくらいか?」
「うん。入り口は四方向にあるから、どこからかなら入れると思う」
店内のマップはまあ、店の中で取れるか。
問題は持ち運びだな。俺の分だけ持って、その足で黒森を目指すなら余裕でできる。
ただ、その場合――どうしてもこの二人は置いていかざるをえない。
盗み見るように百花さんを見る。どうにも、期待に満ちた眼でこっちを見ているようだ。
窓の向こうでは百菜はまだ具合が悪く、食後に薬を飲んで寝ている。
この二人を置いて行くには、流石にちょっと気が引けるよな。
となると、戻ることも考慮したほうがいいな。
その場合、物資と二人をまとめて運ぶ手段が必要だ。
「なあ、車って運転できる?」
「免許は持ってるよ。でも、車は持ってなくて……」
「そうか」
スーパーなら、駐車してある車位はあるだろう。鍵も、まあ死体を漁れば出てくるはずだ。
問題はここまで持ってくる方法だな。
なんとか百花さんを鳥元まで連れて行くか、俺が覚えるか。いや、これはひとまず置いておこう。車が確保できるアテができたわけじゃないしな。
何を置いても今は飯だ飯。
「――とりあえずわかった。なら、俺は飯を確保してくる。
今日中には戻るから、二人は二階から動かないでくれ」
「大丈夫なの?」
「さぁ。まっ、やらなきゃ死ぬからな」
その後の事は、その時になってから考えよう。
俺は、そう決めて川澄家をあとにした。
やはりお昼前後がいい感じなので、次は7月3日の12時にします。




