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第五話 包囲を突破せよ

 なるべくゾンビのいない路地を探しながら移動するのは、けっこう骨が折れる。

 迂回迂回で、何時までたっても目的地につかないからだ。あげく、知らない場所に出たりする。

 かと言って、走り続けるのは無理。万が一、疲れきった所で囲まれたらそれでデッドエンド直行だ。

 疲れてなくても、囲まれたらキツイけどなッ!

「せぇ……のッ!」

 一体。足を叩き、転倒させる。ついで、先に倒れたヤツの背中を踏みつけて囲いを抜ける。

 あの家を出て、まっすぐに地下鉄へ向かおうとしたのが失敗だった。

 路地がそこそこに広いせいか、そこかしこからゾンビが歩いて来たのだ。迷うことなく回れ右したところ、なんかそっちからもゾロゾロと。

 偶然か、狙われたか。判断はつかない。考える余裕も今はない。

 結局、挟まれる形になっちまったのが運の尽き。こうして大立ち回りをするはめになりましたと、

「さッ!」

 掴みかかろうとしたヤツの袖を逆につかみ、こっちに被害が来る前に真横にいたヤツへぶつける。もつれて、二体が倒れた。

 空いたスペースへ飛び込む。

 まだ見える範囲で三体。背中には、もうどれだけいるやら。

「ァゥォゥウォァァグゥァォア」

「さわんなバカッ!」

 鉄パイプを顔面に叩きこむ。

 ひるまない。ゾンビの厄介な所は、こういう痛みとか衝撃しょうげきに対してやたらと強いところだ。

 それでも少しは距離を稼げるし、上手く動かせば転ばせることもできた。

 でも、今回はもう一つ先をやる。

 ゾンビが迫る。まだ、少しだけ遠い。

 叩き込んだ鉄パイプを引き戻し、顔横で水平になるように構える。

 鉄パイプをそのまま、馬鹿みたいに開いた口に突っ込んだ。

 で。

 そのまま、体重をかけて押し出す。

 自然、ゾンビの重心が後ろへと向かう。やたらと力が強い連中だけど、踏ん張るとかそう言うのはあまりしないし、武器を奪おうとかしてこない。

 ただひたすら、獲物おれに向かって手をのばすばかりだ。

 だから、こうなる。

 ゾンビが仰向けに倒れる。後頭部を強打、意味はないが。

 鉄パイプを引き抜いて、手が俺の足を捕まえる前に腹を踏み台に軽く跳ぶ。

「ととっ」

 間一髪。俺が跳び越えるのと、ゾンビが迫るのはほぼ同時。

 でも、まだ後一体。右斜め後ろ、お互いにすぐ手が届く位置。

 対峙して隙をうかがう、なんて余裕はない。逃げるには……ああクソッ、向きが悪すぎる。

 目の前に壁。左に抜けるようとすると、電柱があって邪魔。それも避けるなら、まだゾンビが残る中に突っ込む必要がある。

 だからって右は論外。来た道を戻るのは良いけど、ここまで抜けてきたゾンビどもの中に舞い戻るわけだし、あげく追ってきてるヤツを避けられない。

 かと言って、デタラメに攻撃しても意味なんてない。多少の打撃は、ゾンビに効果ないんてないんだから。

「――ッ!」

 判断は一瞬。足を止めず、俺は左に向かった。

 電柱を避けて、ゾンビの中へ。






 見えるだけで数は八体。一度でも足止めを食えば、ゾンビの仲間入りできればマシな死に方と言い切れる。

 背中は壁。群れの向こうも壁。登るには、まあちょっと高すぎる。できなくはないけど、その間に掴まれちまいそうだ。

 まとめて倒すには、ちと鉄パイプじゃ心もとない。

 じゃあどうするか。状況はまともな方法じゃ打破できない。

 だから、誰も考えない手段を取るだけだ。

 ゾンビの攻撃と言うのが正確かはわからないけど、ともかく厄介な攻撃は掴みかかるのと噛み付くの二つ。

 感染経路はわからない。ただ、かすり傷程度でも負わされたらそれで一巻の終わり。二十四時間以内に死亡して、ゾンビになる。

 あるいは、掴まれて逃げられずに生きたまま餌になるか。

 冗談じゃない。

 どっちもゴメンだ。

「ので、こうするッ!」

 鉄パイプを近づくゾンビの足にめがけて投げつける。

 一体、鉄パイプに足が引っかかってコケた。

 ゾンビの厄介な部分は、極端に言えば上半身に集中している。

 反面、下半身はさっき鉄パイプで殴った時にもそうだったけど、踏ん張ったり、機敏に避けたりすることができない。

 だから、足を引っ掛けて転倒させたり――あるいはこうしたり。

 姿勢を低くする。

 近づいてくる一体は、もうすぐそこだ。後、一歩か二歩か。

 ゾンビが歩く。考えることもなく、見えている獲物にめがけて。

 瞬間、俺は下半身を狙って飛びかかった。

 レスリングで言うところのタックル。コンクリートの路上でやるのは勇気がいるけど、ここで躊躇ちゅうちょしたら死ぬからな。

 ちょうど、歩こうと開かれた足の間に俺の頭がぶち当たる。地味に痛いが、我慢だ我慢。

 そのまま地面に倒れそうになる身体を、両手でゾンビの足を掴んで支える。

「ウォゥゥゥォァァァゥグゥォ」

 ゾンビがわめく。その致死傷を及ぼす手が、背中のリュックをひっかく。

 大丈夫。な、ハズ。肉にはあたってない。だから、まだ死なない。

 右足を更に前に。

 足に力を込める。

 歯を食いしばる。

「こっの、重たいんだよッ!」

 汗を流しながら、悪態あくたいをつく。ゾンビはなお、俺を狙う。

「んにゃろうがッ!」

 両手で強く足を掴んで、自分の身体を全力で持ち上げる。

 当然、ゾンビが倒れる。

 でも、それで終わらせない。それで終われば、無防備な俺に残るゾンビが殺到さっとうするだけだ。

 足を抱え直して、身体を軸に体重を後ろへと傾けながらゾンビの身体を左へろ流れるように、腕に力を込める。

 自然、ゾンビの身体に遠心力がかかり、ぐるり、ぐるりと俺を中心に回り始めた。

 つまり、ジャイアントスイングだ。

 鉄パイプではゾンビの群れを倒すのは難しい。数を相手に、なぎ払えるような質量を持った武器なんて、ここにはありゃしない。

 だから、コイツを使った。

 回転する。ゾンビを持って。力なく振り回されるゾンビの手は、回転に合わせて外へと伸びていく。

 腕があたった連中は、気にせず近づこうとするけどそのつど、戻って来た腕にあたって弾かれる。

 合わせて、俺は一歩ずつ包囲を抜けようと動く。

 馬鹿らしい光景だけど、今、この瞬間だけなら有効だ。わりとキツイけど。

 回転のせいで気分が悪くなる。腕が重い。こうしている間にも、後続がどんどん集まってくる。

「――オラッ!」

 タイミングを見計らい、手薄な所にめがけてゾンビを投げつける。

 二、三体を巻き込んでゾンビの群れが崩れた。

「あっ、やばッ」

 くらくらする。けど、足を止めたらせっかくのチャンスが無駄になる。

 俺は、この場を離れるべくどうにかこうにか足を動かした。

 対価として、長い間愛用していた鉄パイプをその場に残して。

次の話は30日の14時にします。

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