第四話 家探し二
二階へ行く前に、台所から包丁を一本、拝借しておく。さて、いきますか。
ギッ、ギッと音をさせながら一段ずつ昇っていく。やがて、頂点が見えたが、俺はその前に足を止めた。
警戒しつつ二階の廊下を覗き見る。
部屋数は向かい合わせに二つずつで、合計四つ。廊下の端には窓があるけど、開かないタイプのやつみたいだな。
とりあえず俺は、一番最初に目についた左手前の部屋を開く。
まず軽く押し、反応をうかがってから中に入る。
薄緑色の部屋だな。窓が一つ、さんさんと陽射しを受け入れている。
カーペットやカーテンが統一されたライムグリーンで、置かれた小物なんかからして女の子の部屋かな。あっ、よく見ればうちの学校の制服がベッドに脱ぎ捨ててある。もちろん、女子の。
軽く見渡すかぎり綺麗に整理整頓されていて、一見して立ち入りにくい雰囲気だ。
「あ~……」
なんというか、流石にここを家捜しするのはいくら俺でも気が引ける。てか知り合いとかだったら、流石になぁ。
俺はそっとドアを閉じて、隣にある部屋へと移動した。
こちらはどうやら男部屋のようだ。家具とかは清潔感のある白を中心としているが、レイアウトというか若干の雑多さがどこか俺の部屋を思わせる。
どこか懐かしさを感じながら、俺は部屋に踏み入った。
「ふむふむ」
窓側に置かれたベッドのシーツは乱れ、そのままにしてある薄手の掛け布団やまくらから、寝起きのままだと言うのが伺える。
枕元の目覚まし時計は、十一時少し前をさしていた。アラームの設定は六時半。ずいぶんと早起きのようだ。
朝練かな。部屋を見渡せば、スパイク靴とサッカーボールが無造作に置かれている。
熱心なサッカー部員だったのだろう。
焦げ茶色の本棚にはまあ、案の定というか漫画がずらり。ラインナップは俺も持っていたものばかりだな。小学生時代からの惰性の産物とも言う。
本棚の隣にあるタンスを下から開いていく。ちなみに、ちょっとしたテクニックで、下からの方が上を閉める必要がなくなるので、探索時間が短くなるのだ。
と、空き巣がテレビで言っていた。
「おっ、制服の予備発見」
サイズは同じだな、よしよし。
その場で手早くシャツとワイシャツを脱いで、タンスにあった洗濯済みのものに着替える。
おう着心地いいね。ズボンもあるけど、こう丈が足りなかったりしたらショックなのでノータッチ。
予備も欲しいけど、流石に荷物を圧迫するだけだから断念するか。
「あとは……ん~」
小物、アクセサリー、消臭スプレーにエロ本(巨乳)。普通の学生って感じだな。パソコンもあればよかったけど、個人では持っていないみたいだ。
この部屋は以上。次の二部屋へ行くか。
男部屋の対面は夫婦の寝室だった。大きめのベッドが一つと、本棚や化粧用の机。あと、ベランダに通じる大きな窓があった。
ソレ以上に特筆して得るものはないので、探索をすぐに打ち切り最後の部屋へ向かう。
どうやら、物置のようだ。
掃除用具やら折りたたまれたカーペットやら、ダンボールやら、とにかく色々な物がところ狭しと並んでいる。
あとは寝室とつながってるだろうベランダへの窓があるくらいで、もう何もなさそうだな。
ダンボールの中は見ていないけど、全部を開けていくのは手間だし、持ち運びもそうそうできるもんじゃないからな。
「あとは一階のあの部屋か」
ただ、ここまで探索したかぎりでなんとなく当たりを付けられた。
どうやらこの家の住人は、全員は逃げ出していないようだ。
逃げる場合、あたりまえだけどそこそこの準備くらいはする。例えば着替え、例えば思い出の品。
階段を降りる。もう、包丁も必要ないだろう。そのへんに捨てておく。
カランと、音が反響した。
四人家族。車くらいは持っているだろうから、多少の荷物はまとめて持っていけるはずだ。にもかかわらず、部屋の状態はまるで普段使いしているのと変わらないまま。
鉄パイプを回収、邪魔にならないように立てかけて。
結論は――
「ふんッ!」
力いっぱい、開かなかったドアを押す。
少しずつ、少しずつ、ドアが開く。
やがて、人が一人入れるくらいには隙間が開いた。
俺はそこから最後の部屋へと入っていった。
死体があった。動かない、真っ当な、死体。
二つある。絞殺体と刺殺体。
ドアノブに一つ、中央のガラステーブルに一つ。
テーブルの死体の胸元には包丁の柄がはえている。女の子だ。確か、隣のクラスにいたような、見覚えのある顔。ガラスを割り、まるで棺桶に収まるように死んでいた。
私服だろうか。青いスカートに黒い靴下。上着は元がなんであれ、今は赤黒く染まっている。
血は固まっていて、それなりの時間経過を思わせた。
見開かれた眼は、今はもう何も写していない。俺はそっと、それを閉じた。
ドアを塞いでいたのは、首を吊った男の死体。いい年頃だ。おそらく、父親だろう。ジャージ姿で、だらしなく舌をたらして座っている。
こちらも眼を閉じておいた。
それ以上はない。ここにいない家族はきっと、帰りつけなかったんだろうな。
「……」
軽く、手を合わせる。それくらいの敬意は、俺にも払えた。
たっぷり一分。
改めて周りを見渡す。
応接室ってやつか。ソファーが二つ、ガラステーブルを挟むように向かい合わせで置いてある。
パソコンもあった。一応立ち上げてみたが、ロックされているので役に立たない。
あとは入り口付近の棚くらいか。飾り付けか、ミニサボテンが幾つか並んでおいてある。
「おっ、救急箱」
棚を開くと、赤十字のかかれたプラスチックケースが出てきた。そこそこ大きいので、持ち運びには邪魔になりそうだ。
開けて、ガーゼ、包帯、消毒液とハサミを貰っておく。あっ、一応風邪薬と下痢止めもいるかな。
うーん、ちょっとリュックがいっぱいになってきたな。
まだ余裕はあるけど、次の場所ではウェストポーチかサイドバックでも見つかるといいんだが。
部屋を後にし、すぐに玄関に向かいドアスコープから外をうかがう。
見える範囲には一体。そこそこ距離がある。
「うし、行くか」
覚悟を決めて、俺はそっとドアを開いた。
次の話は29日の13時になります。




