第二話 逃走中(マイルド)
幸いなことに、学校からの脱出は思いのほか上手く行った。
非常口を出た後、学校を覆う形で張り巡らせた金網。それに邪魔されずによじ登れたのが大きいな。後はそれをつたって、安全な場所で降りるだけで、外には来ることができた。
「問題は、こっからか」
なるべくゾンビがいない所を選んで歩いてきたけど、そうそう簡単にはいかない。結局、たどり着いたのは袋小路の路地裏だった。
幅はさして広くない。学校の廊下よりは広いけど、せいぜいが四メートルくらいか。物もなく、隠れるような遮蔽物もありゃしない。
見るまでもなく、背後からはゾンビが追ってきている。まったく、モテすぎて嫌になるね。
ハリウッド映画だと、だいたいなんかぱっとみ頼りなさ気な階段があるんだけど、ここは日本なのでない。
でもまぁ、行き止まりの壁って言ってもチョットジャンプすれば届くから、それで十分逃げられるんだけどね。
まず、鉄パイプが邪魔にならないようにリュックと背中の間に斜めにさす。昔のゲームの主人公がやってたみたいで、ちょっとカッコイイと思っているのは秘密だ。
軽く跳ねて、壁の縁に手をかける。後は足を溝に引っ掛けて、腕力で身体を持ち上げた。
まず見えたのは、壁の向こう側。と言っても、そうたいした景色じゃない。今では見慣れた、うごめくゾンビの群れがあったってだけだ。
危ない危ない。あのまま、考えなしに飛び降りてたら死んでたね。
「よっと」
まあ、それはともかく単にぶら下がってるだけもキツイんで、壁のてっぺんにとりあえず登っておく。
反対側はっと……ああ、もう殆ど目の前に来てるよ。
ざっとみて十以上かな。まあ、追われてたにしては少ないほうか。
で、正面。こっちは正直、数えるのもめんどくさいくらいだ。にしても、ここまでゾンビが集まってるってことは、なんかあったんかな。
注意深く下を見てみるが、パッと見ではよくわからない。せいぜい、血の跡が飛び散っているくらいだ。
もう食事が終わったあとなのかね。逃げおおせた可能性もあるけど、ここに居ない以上はもう考える必要はなさそうだ。
「さて、問題は俺だな」
正直、このままじゃ俺も餌になる以外の選択肢を選ぶことができない。流石にこの数を飛び越えるのは不可能なので、別の道を探さなきゃな。
下に道はないので、残るは上か横だ。
左右は四色、四種類の壁がある。民家が二つずつ、俺がよじ登っている壁を隔てて向かい合っている感じだ。
壁はそのまま真っ直ぐ、民家の中に吸い込まれている。こうコの字みたいな形になってれば、上を歩いていけたんだけどな。
俺が走ってきた路地は、広さ的にも駐車場かなんかだったんだろう。車が置きっぱなしなら、そこを登ってくこともできたんだけどね。
家と家の間にある隙間。ここは通れそうな気もするけど、その場合はリュックが邪魔になる。
愛着があるわけじゃないけど、貴重な食料と水をいきなり捨てる判断は流石にできない。
もう少し視線を彷徨わせると、窓が三つ見えた。
俺が来た路地側に二つ、反対に一つだ。
位置的には二階部分だろう。大きさは、まあ俺が通るくらいはできると思う。
ただ、きっちり閉まってるからまずはアレを開けないといけない。中に生きてる人がいたら、対応次第じゃそれでゲームオーバー。
もう少し上に目線を向けると、あたりまえだけど屋根がある。届くかどうかは別にして、あそこに登るってのも手だ。
こっちは確実にトラブルとかとは無縁だろう。誰だって、好き好んで屋根の上に居座ったりはしないからな。
唯一の問題は、流石にそこまで超人的なジャンプ力は持ってないことだ。
「となると、取れそうな選択肢は一個だけか」
むぅ、なんか出てきてすぐにピンチってどうよ。
「ゥグォァォォォアァオアァウ」
空気の読めないゾンビの声だけが、虚しく響いていた。
さて、どうにか届いた鉄パイプで窓をいじくった感じ、どこも施錠はしっかりしてあるようだ。防犯意識が高くていいことだね。ガッデム。
てか、流石に開いててもあそこに向かってジャンプするのはちょっと自殺行為にすぎる。やっぱり却下だ。
うーん、そろそろ覚悟を決めなきゃ駄目かな。
とりあえず、リュックと鉄パイプを下ろして家と家の隙間に押し込んでみる。
以外なことに、すんなりと通った。これなら手持ちで移動すれば行けるかも。
右手にリュック、左手に鉄パイプを持ち直す。
俺はそのまま身体をスライドさせ、隙間へと……あれ?
入ろうとしたが、なんか予想以上にキツイ。肩とか尻がなんかこすれる。
なんとか通れるけど、これ下手したら変な所で突っかかって動けなくなるかも。
やばい、そう考えたらますますキツくなった気がする。
なんか打開策。こう、壁を足場に上へ登るとか。
なんて、ジャッキーばりのアクションはできない。けど、焦って周囲を見ていたらいいところを見つけた。
窓だ。
二階とか、壁から離れたところにある窓じゃない。もう少し進んだ所、二軒目の家にある一階の窓。大きさ的には、まあ人が通るには十分くらいか。
曇りガラスで中はわからないけど、コレなら入れるかも。
ただ、やっぱり問題は中に人がいた場合だよな。
「……あー、考えてても仕方ねぇか」
とりあえず割ろう。んで、人が出てきたら食料とかと交換で入れてもらうと。
ズリズリと身体を移動させ、ちょうど真横になる位置で俺は身体を止めた。
リュックを足の間にはさみ、鉄パイプを右手に持ち替えて念のために窓を開けようとしてみる。
やっぱり、鍵がかかっていた。
よし、割ろう。
体制は悪いけど、隙間は十分にある。俺は、少ない幅を最大限まで活用して鉄パイプを窓へと振りぬいた。




