第二十二話 致死との遭遇
閑散とした黒森の中、ゆっくりと車を走らせる。
やはり、ゾンビはいるけど人の姿は見当たらない。幸いなことに、あの例のカマキリもだ。
ただ、戦闘があったことだけは間違いなさそうだ。
そこかしこに銃撃の後らしき穴や血の跡、破壊された車両やバリケードが残っている。
「変だ」
「どうか、した?」
「妙じゃないか。これだけ戦った後があるのに、死体も倒されたゾンビも残ってない」
「あっ、言われてみると……」
動きまわってるゾンビもいるし、何回か轢いてるけどそれ以外はない。
なにか変だ。
もちろん、腐ったりして不衛生だから片付けるってのはわかる。でも、その余裕があったのかは疑問が残る。
あの写真。あれが第一次救出隊の戦闘映像だと仮定すると、もう半月近く前のことだ。
そして、この惨状にあのカマキリが関わっている以上、たやすく倒せないのは間違いない。
だってのに、そんな化け物を放置して死体の片付けなんて、できるわけがない。
「あっ、あそこ!」
「うん?」
「ほら、園芸用品が並んでるッ!」
「幸先いいな」
まずは種か。それと、刃物なんかもひと通り手に入りそうだ。
俺はゆっくりと車を店に横付けし、周囲を確認しながら降りた。
店外に園芸用の土や農具、石炭と言った数々の商品が並んでいる。
何でも揃うは伊達じゃないのか、国産から海外のメーカー品にマイナーブランドまでひと通りあるようだ。
荒れていて手付かずとはいかないけれど、野菜の種はまだ豊富にある。
「ジャガイモ、人参、玉ねぎ……大根、ピーマンにそれからとうもろこしと唐辛子と枝豆に、なんだこれ?」
まだ残っている野菜の種を、手当たりしだいにリュックに詰めていく。
たまに見慣れない野菜もあるけど、種があるんだから育つんだろう。
「肥料や栄養剤とかもいるかな?」
「うーん、そうなると土とかも欲しいけど……車の限界もあるか。肥料を一袋くらいにしておこう」
「あと、あっちに鉈とかがあったよ」
「まだ残ってたか。ありがたい」
わかりやすい武器だからな。刃物は、非力な百花さんに持ってもらおう。
真新しいやつなら、腕くらいは斬れるはずだ。
「あとは……うん?」
何か聞こえた。百花さんかとも思ったけど、彼女も同じように聞こえたのか俺の方を見ていた。
「人、かしら」
「どうだか」
物音って感じじゃなかった。
楽器。そう、楽器だ。
何かの楽器を適当に鳴らしたとか、そんな風な音。
「ヒュィィィィィィィィィィ」
「また聞こえた!」
言って、百花さんが音の方へと行こうとする。
俺は慌ててその手を掴んだ。
「待って。こっちだ!」
逆に、俺は荷物をその場に放り出して店の奥へと向かう。
「どっ、どうしたの順くんッ!」
「俺は今まで生きてきて、あんな音を聞いたことがないッ!」
だからってのは短絡的すぎるかもしれない。でも、この場で聞いたこともない音が、俺達の味方だってのはちと楽観視しすぎだろう。
仮に味方なら、一回逃げて様子をうかがってからでも、合流は遅くない。
俺は百花さんの手を引いて、店内に駆け込む。ぱっと見渡した感じでは、ゾンビはいそうにない。
「ごめん、側で店内の様子を見てて。俺は外を見ておく」
「うん、わかった」
自動ドアのすぐ横。商品の陳列棚に身体を預けて、外を見る。
外は出入口だからか、広めに取られていて視界はわりと開けていた。
建物からつきだした天井のせいで少し暗いけど、日中ならそう問題はなさそうだ。
「ヒュィィィィィィィィィィ」
音が近くなっていく。
深く息をはいて、高鳴る心臓を抑えこむ。
何だ。何が、来るんだ。
呼吸が荒くなる。目は一度も外すものかと、瞬きすら忘れて射抜くように見る。
やがて、それは姿を表した。
浮いていた。
いかなる方法でそうしているかは、全くわからない。
ただ、浮いていた。
それは形としてはエイに似ている。大きさは、俺達が乗ってきた車くらいはありそうだ。
ひらひらとした鋭角なデザイン。全体は黒く、ただ腹というか地面に近い側から無数の触手が生え、それらがあらゆる人体のパーツを掴んでいた。
そうか、だからやたらと片付いていたのか。
アレが、どこかへと破損した死体を運び込んでいるんだろう。餌か、それとも別の用途があるのかは追ってみないとわからない。
音は、鳴き声ではなく飛行音なのかもな。見えるアレが、およそ生物に見えないから、そう思っただけだけど。
エイはこっちに気がつくことなく、通り過ぎて行く。
音が遠くなり、そしてしばらくたったら聞こえなくなった。
「……はぁ」
息を吐く。目頭をもんで、疲れを軽く取る。
「ねっ、ねぇ……何が、いたの? あのカマキリ?」
「いや、違うバケモノだ」
首を振って否定して、それから改めて外を見る。
大丈夫、いそうにない。
「これで逃げよう。あんなのがいる状態で、コレ以上の探索は無理だ」
「うっ、うん……でも、食料とか自衛隊は……」
「俺が説得する。ともかく、今は俺達の安全が第一だ」
まずは外に置いてきたリュックの所に行って、その脚で車に乗る。最悪、あいつに追いつく可能性もあるから別の出口から行こうか。
そんな事を考え、自動ドアを潜る。
「クゥルルルルルルルルルルル」
唐突に。
本当に前触れもなく、そんな音と共に。
「――ヒッ」
百花さんの引きつった声が聞こえた。
俺が息を呑む音が、嫌に響く。
刃があった。
鋭い。そして、ゆるりと曲線を描いている。
天井を突き破り、俺を狙ったかのように振り下ろされた刃。当たらなかったのは、単に運が良かっただけだ。
俺は跳ぶように後ろに下がる。
自動ドアに身体がぶつかり、よろけた。転ばなかったのは、握りっぱなしの手を百花さんが支えてくれたからだ。
それと、ソレが降りてくるのは同時だった。
赤黒くてデカイ。
足が四足あって、起き上がった上体には死神を思わせる鎌を一対。
頭部は三角。赤い眼光が、無機質にキョロキョロと動く。
カマキリを思わせる怪物。
それが、俺達の前に現れた。
次回は7月16日の12時になります




