第二十一話 到着
車を道なりに走らせる。まれに出てきたゾンビを轢いたり、避けたりと速度はそう速くないが、それでも進行は快調に進んでいた。
「えっと、次の交差点を右だね」
「おっけ」
それと、嬉しい誤算だが百花さんのナビゲートも助かっている。
黒森の位置はおおよそで理解しているし、案内板もあるとはいえ、道路が塞がれていたり、ゾンビが多すぎて通れなかったりする事が多い。
そういう時に、百花さんが迂回路を教えてくれるので、必要以上にガソリンを消費せずにすんでいる。
「むぅ、俺一人だったら目的地の反対方向に進んでたかも」
まず道路がまともじゃないってのを考えてなかった。
「車に乗ってると、ふだん使っている場所でも違う風景に見えるものね」
町のあちこちにある黒森への案内掲示板。それを見て進めばいいやと軽く考えてたけど、気が付けば進行方向が逆を向いてたりと、なかなか車での移動ってのも面倒くさい。
またゾンビを跳ねた。今度はもともと腐りかけてたのか、フロントガラスに中身をぶちまけて行きやがった。
「あっ、ハンドルの右……左だっけにあるレバーを手前に引くと、フロントガラスを掃除できるよ」
「えと、これか」
ガラスに洗浄液がかかり、自動でワイパーが動く。二度、三度と試すととりあえず正面は見やすくなった。
「あっ、ここ左だよ。そうしたら、しばらくは道なりでいいはずだから」
「あいあい」
速度を落としながら、ハンドルを左に回す。
この時、回しすぎると変に動くってのはよくわかった。道を曲がるだけなら、感覚的に四十度くらいを傾ければ十分だと思う。
迂り終えたら、ハンドルに軽く力を加えて正面へ戻す。
どうやらここで必要以上に元に戻そうとすると、行き過ぎて車体がふらつくみたいだ。
迂りきった先は広めの道路だった。全部で四台の車が行き来できるここは、ゾンビの数も多いが通りぬけやすい。
「ほらッ! あと十キロだって」
近くにあった看板を指さす。運転しながら目線を軽く動かすと、確かに案内看板が出ていた。
十キロか。
今、時速が四十キロくらいだからまっすぐにつけたとして、十五分くらいかな。
いよいよ近づいてきた。
「後は現地がどうなってるか、だな」
「うん……あの怪物、本当にいるのかな」
カマキリに似た怪物。
もし、本当にアレがいるとしたら、やっかい極まりないだろうな正直。
「ともかく、行くしかない」
「うん」
俺はひたすらに車を走らせた。
ゆっくりと速度を落とす。
大通りからすぐに入れるように設置されたアーチには、筆記体でこの場所を示す名前が書かれていた。
それは俺には読めない。でも、ここがどこだかはわかる。
「着いた……」
シュバルツバルト。地元では黒森と呼ばれる町で最大の複合商業施設。
食料品や家電に映画館とあらゆる店の集まった商業地区、オラージュオープスト。
それこそ下手な野球ドームよりも広く、休日は家族連れやスポーツ好きが集まる公園地区のグリューンヴィント。
最後に居住用のアパートやマンション、聞くところによると病院や警察署もある居住地区、ブラウクヴェル。
かつては、多くの客で賑わっていた町のシンボル。俺達にとって、今後を占う重要な場所。
「うわぁ……」
悪い意味で、驚く声を百花さんがあげる。
「あー、見通しが甘かったか」
拠点としてコレ以上の場所はない。少なくとも、そう思っていたけど、そんなことはなかったみたいだ。
破壊され、横転した車が転がっている。自衛隊のそれなのか、一般車両よりも重厚な作りだってのに、前後で斬られて四輪が二輪に変わっている。
ゾンビが居住地区の方からぞろぞろと現れては、どこかへ向かう。無軌道な動きは相変わらずで、ある意味では俺の日常道理だ。
外壁は破壊されていた。それも、斬り裂かれるように。
斬るなんて破壊方法は、間違いなくあのカマキリがやったことで間違いなさそうだ。
不思議なことに人の姿は――死体もふくめて――見当たらない。
おかしいけど、たまたま居ないだけか食われたか。
詳しい状況は、車から見える範囲ではわからない。ただ、間違いなく死地だ。
正直、ここで何が起きているか想像が付かない。ろくでもないことだけは確かで、百花さんを連れてくるんじゃなかったと、さっきまで思ったことと正反対の考えが浮かんでくる。
これは行くか、逃げるか。迷うところだな。
ただ、逃げたって先がない。飯も寝床も、すぐに無くなるだろう。
百花さんを見ると、不安そうな顔でこっちを見ていた。
「……車でギリギリまで店に近づいて、食料と種を集めて逃げよう」
悩んだけど、そうするしかない。そして、帰りつけたらバリケードを組もう。
あの中で生活の基礎を組み立てて、死ぬまで過ごす。
最善でも最良でも最高でもないけど、取れる手段の中ではマシな方のはずだ。
「うん」
不安げな顔をそのままに、百花さんがためらいがちに頭をおろした。
うんと返し、俺も車を操って黒森の広めに取られた道路を進んでいく。
今までにない緊張感が、俺の身体を包んでいた。
次回は7月15日の12時からです




