第一話 いざ外へ
さて、まずは学校から出ないとな。俺こと、角野順が何かを手に入れるためにはまずは外に出ることから初めなきゃならん。
防火扉をくぐると、すぐに階段になる。ここを一階降りて左に真っ直ぐいけば非常口だ。
右は昇降口だが、そっちはグラウンドをつっきる形になるため、どうしてもゾンビの群れに囲まれるのは避けられない。
連中、動きは鈍いけど数は多いからな。一体を避けている間に、別のが追いついて何てよくある話。
かと言って倒しながら進むのも、あまり現実的じゃない。鉄パイプは頼りになる武器だけど、さすがにゲームのようにバッタバッタとなぎ倒すことは無理だ。
そもそも、昇降口は開きっぱなしだからな。ここからいくらでも入ってくるせいで、何時までも一階が安全圏にならない。
じゃあ閉じればいいって話だが、それをするには人手が少なくてゾンビが多すぎたのだ。
反対に非常口の方は、奥まっている場所にあるからかゾンビの数が一応は少ない。
それでも、そこそこの数がいるしその前にまず狭い廊下を通らなきゃならないのが難点だな。
階段を降りていく。
ゾンビどもは不思議なことに、段差を登ることができない。そう言う関節の使い方ができないのか、それとも知恵がないのか。
少なくとも、ここまでは安全だ。
そして、ここまでしか安全圏は存在しない。
一階。階段前の廊下にはゾンビはいなかった。
でも、声が聞こえる。
うめき声。
例えば犬だ。アレが、たぶん一番近い。
犬が威嚇するときに発する『ウゥゥゥ』って言う低い声。そんな声が、あちこちから響いてくる。
そっと階段から離れ、まずは左に少しだけ顔をだす。
いた。
数は五。全員、制服姿だ。まだこっちに気がついている様子はない。ただ腐臭はここまできてて、かなり臭い。
一番近いので、おおよそ五メートル。後はそこから順に一、二メートル離れている感じだ。
次に反対。右側は、かなり遠くに一体。ただ、変化がなければ途中の空き教室に五六体はいたはずだ。
一度、階段まで下がる。とりあえず五段は登って、座った。
「どうすっかな~」
ひとまず、右の連中は考えなくていい。問題は、非常口前の五体だ。一度は空き教室に押し込めたはずだが、施錠が適当だった可能性が高いな。
倒していくってのは、論外。
鉄パイプで転倒させるのはできるけど、一体にかまっている間に残りが集まってきてジエンド。残念、俺の冒険は終わってしまいゾンビの仲間入りだ。
可能性があるとすると、まず手前側の空き教室に入って手近なのをおびき寄せる。
そして教室の机を盾に迂回するか。
「……それで、出口で鉢合わせっと」
多分、そうなる可能性が高い。かと言って、全部が教室に入るのを待ってたら逃げられなくなるか。
となると、まずは……。
俺は立ち上がり、鉄パイプを両手でしっかり握った。
深呼吸を一回。下を見る。段差は五。飛べなくもないけど、着地を失敗するとちと不味いか。
「……ふぅ……はぁ」
繰り返す。そのたび、腐った肉の臭いで苦しくなる。
背中のかばんの重さを確認。ペットボトルの水が一キロと、缶詰を六つ。そこそこ重いけど、こいつは命綱だ。外で満足に食えるかどうかってのは、未知だからな。
さて、ぼちぼち覚悟をきめてっと。
手にした鉄パイプを軽く振って、階段の壁を叩いた。
あくまで軽く。けど、音は高く響く。
ゾンビどもの習性は、今の段階でわかっているだけで三つ。
動きは鈍い。
段差は登れない。
音に反応する。今回は、コイツを利用することにした。
待つ。
うめき声が聞こえる。さっきよりも近く。
まだ、待つ。姿が見えた。一体、二体。
もう一度、音を鳴らす。見えた二体が、こっちへ向かってくる。
段差につまづき、倒れた。
「ゥァィッッゥゥウウゥゥ」
ゾンビが手を伸ばす。血まみれで、腐りかけた手を。
決して届くことはない手を、ただひたすらに伸ばす。
涎と血で泡だらけの口が、幾度と無く開閉する。
濁った目は何も写していない。けど、まっすぐに俺を見ていた。
おもわずそむけた目線の先に、また一体。全部、左から来たから廊下にはあと二体か。
右は、まだ来ていない。けど、動いてはいるだろう。
どうしよう。
待つか、行くか。
「――ッ!」
迷いは一瞬。足に力を込めて、跳ぶ。たぶん、グダグダしてたら後から来た奴に噛まれて終わる。
三体目から四体目の間は一メートルくらいだった。それが今、ここに来ていないのなら、たぶん聞こえていないかどっかでひっかかって止まってるはず。
そう判断して、跳んだ。
大げさな音を立てて着地。足痛い。リュックのペットボトルが背中にあたってめっちゃ痛い。
うまい具合に、三体のゾンビを乗り越えられた。まあ、階段に寝っ転がるようにしてグダグダしてりゃあ、楽だよな。
起き上がる前に、走る。
「ッ!」
一体。出会い頭に、ぶつかる寸前にゾンビが角から顔を覗かせてきた。
姿勢を低く、廊下に左手をついて身体を支える。潜るようにして、手から逃れた。
あー、くそ。待てばよかったか。
愚痴るより前に、最後の一体。
位置は悪い。あと二、三歩もあるけば手が届く。最悪、立ち上がったらそのままガブリといかれる。
「ッ、こっのッ!」
姿勢は低く、そのまま、右手で持った鉄パイプを横薙ぎに振る。
正直な所、ゾンビを殺すのは難しい。できなくもないけど、十分に準備した多人数で一体を囲むってのが一番確実な手段だ。
で、逆の場合。
逃げる。これが最善で、どうしても相手をしなきゃならないなら、優先的に狙うのは足だ。
人間が相手なら、頭なり急所なり打つ手はいくらでもある。でも、ゾンビは頭を一回殴った程度じゃ、死なない。
その点、こけたら立ち上がるまでかなり時間がかかるみたいだからな。場合によっては、そのまま倒れたっきりだ。
だから今回もそうして、手応えを得た。
正確に狙ったわけじゃないけど、うまい具合に膝を横合いから叩くことができたからだ。
前にいた一体の姿勢が揺らぐ。それで十分。
ゾンビの身体が横に流れて、隙間ができた。
だから、後はむりくりに走る。
非常口に向かって、ただまっすぐに。
「ウガォァァォィゥグ」
わけのわからない奇声が、後ろから聞こえる。
振り向かない。まだ、早い。
鉄パイプは走る邪魔にならないように左手へ。右手は開けて、ただ非常口の扉を目指す。
一瞬だけ、背後を見る。
こちらへと歩き出している一体。倒れ、震えるのが一体見えた。
「――良しッ!」
距離は十分にある。だからって走るのをやめないけど、無事に外へと出ることはできそうだ。
横槍は勘弁だけど、非常口までの教室の扉は閉まっているので、大丈夫そうだ。
減速。非常口の鍵は、開いてる。
それならっと、俺はまっすぐにドアノブへ手を伸ばし、扉を勢い良く開いた。




