第十七話 学校にて
「――大雑把に、以上が俺が外に出て得られた情報ですね」
川澄家で寝泊まりした二日後。学校への帰路は、相応に危険もあったが、無事に切り抜けることができた。
特筆することは、特にないので川澄姉妹については道中で互いに助け助けられ、集めた情報を伝えるために戻ってきたとだけ伝えている。
久方ぶりの学校は何も変わっていなかった。
ただ、帰り着いた時に風間先生が熱烈に歓迎してくれて、微妙に百菜の視線が生暖かいくらいだ。
「そう。やっぱり、壁の建設は避けられそうにないのね」
苅部生徒会長は、顔の前で手を汲んで親指をくるくると回す。
先生もそうだが、そうそうと学校に変わりはないようだ。
出発の日と同じように、生徒会室が話し合いの場所に選ばれていた。
ただ、いるのは風間先生と生徒会長だけだ。俺達はそれぞれ適当な椅子に座り、真ん中にテーブルを置いて資料――ネットからプリントアウトした画像や文章を読み合わせしていた。
百花さんと百菜は、先に持ち込んだ食料なんかを運んでもらっているのでここにいない。
その後、二人は自由行動だ。こっちの事情は把握してるから、これからどうするかを考える時間は十分にあるだろう。
「その上、未知のモンスターの存在。全く、頭が痛いな」
じっくりと見ていた画像をプリントアウトした紙を放り投げ、風間先生が天井をあおぐ。
「コレ以外で気がついたことはある?」
「ん~、積極的に探したわけじゃないっすけど、生存者があの二人以外はいませんでしたね」
たまたまって可能性はある。もしくは、どこかに避難場所があるのかもしれない。
「ふむ。避難指定されているのは、公民館や近隣の学校などだが……そういった場所は、ゾンビが入り込んだ場合は中から崩れるな」
「ここも、二階部分を取り戻すだけでも苦労しましたからね」
二人が言う。
俺はその時を知らないけど、どうやら風間先生がそうとう頑張ったらしいと言うのは、人づてに聞いている。
それでなくとも、生徒会長とかが事あるごとに頼りにしてるのを見ると、何となく理解できた。
「――どっちにしても、脱出か残るかの判断材料にはできませんね」
ひと通りを読み終えた生徒会長が、深く息を吐いて言った。
「無理っすかね」
「ええ。持ってきてくれたあなたには申し訳ないですけど、自衛隊が健在の可能性があるなら、助けが来ると言うことも、否定しきれませんし」
「屋上にメッセージを書き、籠城するか。
ただ、食料が心もとないぞ?」
「それは……角野くんが向かったスーパーの鳥元へ補充しに行くというのは?」
どうだ。と、生徒会長の言葉を受けて風間先生が無言でこっちを見る。
「ん~俺だけじゃ持ち運びに不便で、連れてけそうなメンバーもなぁ……」
男手が合わせて九人――先生が出られないなら八人か。
まだゾンビが油で滑ってりゃあいいけど、そこまで期待できそうにない。
そもそも、ゾンビを集めるために用意したゲーム機の電源なんて、とっくに切れてるだろう。
「やはり難しいか……」
先生が考えこむ。
「――では、こういうのはどうでしょうか」
生徒会長が唐突に顔を上げて、ホワイトボードの前に立った。
『生き残りを探す』
『物資の確保』
『学校の安全を確立する』
『黒森に向かう』
ホワイトボードに書かれたのは、その四つだ。
「やはり、今のままでは情報も、人でも足りません。
まずは我々で、物資と協力してくれる人たちを集めます。後、籠城しやすいように学校内のゾンビを掃討しましょう」
「それはわかる。だが、黒森に向かうのは反対だ」
「ですが、自衛隊が生き残っているなら、それは頼りになります。
加えて、得られる情報や物資も膨大です」
ハイリスク・ハイリターンか。
行けるかどうかはわからないけど、俺も黒森に行く価値はあると思う。
「ううむ、しかしだな……そも、誰が向かうんだ」
「それは……」
生徒会長が俺を見る。
あっ、やっぱりか。
何となくそんな予感はしてたけど、どうすっかね。
「まて。彼は既に十分な成果を上げているだろう。あまり、一人に負担を強いるものではない」
「ですけど、確実に行けそうな人となると、先生か彼だけだと思います。
危機下での機転、運動神経、豊富な知識。どれをとっても、彼はこの状況下では一流です」
褒められてるか、微妙な気がする。
「なら、オレが行く」
風間先生が立ち上がる。興奮しているのか、その声は上ずっていた。
反対に、予想していたのか苅部生徒会長は静かにたしなめる。
「――いえ。先生が居ないと、生き残りを集めてきた場合の治安が、不安です」
まあ、子供がトップなのと大人がトップな場合だと、どっちのが安心感があるかって話だよな。
下手なやつがここに来て、頭の挿げ替えをされちゃ堪んないか。
ってのが、建前なんだろうけど。
単純に、生徒会長が先生に居てもらいたいってのが大きい理由だと思う。
まあ、勘だけど。でも、そこまで外れてない気がするのは、生徒会長が良く先生を見てるから、だけど。
「ならば順番にこなすべきだ。
まず、周辺の生き残りを集め、それから有志をつのりオレが黒森に行く」
「それでは、遅すぎるかもしれません。川澄さんたちのように、食料が尽きて死にかけているかも知れないんですよ?
あるいは、黒森の自衛隊が――生き残っていたとしても――全滅してしまうかもしれません」
ヒートアップしていく二人を横目に、俺は視線を外へと向ける。
結局は、たら、だろうと推測するしか手立てはないのが現状だ。
ただ、何にせよ行く必要があるのは確実だろう。そうして、この場合に問題視しているのは道中と目的地の危険要素。これを、排除できればいいわけだ。
「……んー」
なんも浮かばない。
特に、目的地の方なんてもうどうしようもないって。
道中もなぁ。地下鉄通ればいいとか考えてたけど、スーパーがあの惨状だと、暗くて逃げ場のなさそうな地下トンネルはもう不意打ちのバーゲンセールになってそうだ。
「そもそも、角野君にも確認しなければならないだろ。
どうだ? 遠慮せず、言って欲しい」
「そうですが……」
「あ、別にいっすよ」
まっすぐ、真剣に見つめる角野先生に軽く返す。生徒会長が、驚いた目でこっちを見てた。
「初めにも言ったが、非常に危険だぞ」
「まあ、そうなんですけど……正直、俺だけだったらそこそこは動き回れるんですよね」
時間さえかければ、黒森に行って帰ってくるくらいはできると思う。
もっとも、持って帰れるのは種籾くらいになるかもしれないけど。
「……仮に、彼を向かわせるとしてもだ。往復する必要があるんだぞ。
外は想像以上に厳しい状況だ。せめて、安全を保証できなければ送り出すことは断固として反対だ」
「……確実な安全は無理ですが、多少なり改善する方法はあるかと」
「それは?」
「多少の時間はかかりますが、おそらくはコレが確実です。
――近くに、車を売っているお店がありましたね」
あっ、分かった。
「そうか! なんで今まで気付かなかったんだ!」
「はい。車を、取りに行きましょう」
後は、俺が運転方法を習得すれば良いってわけだ。
ほんと、なんで今まで気が付かなかったんだろ。
「今日はもう遅い。明日は早速向かおう」
風間先生の一言で、今日は解散となった。
抜けていた話を投稿しました。
次回投稿は7月11日の12時です。




