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第十六話 一日の終わり

 うなり声が聞こえる。ゾンビのそれだ。

 ゾンビが現れるようになってから、こうして夜になって床に就こうとすると、延々とどこからか聞こえてくる。

 もしかすると、すぐ側から。

 学校にいる時は、二階部分だったから安心できた。わりと、だけど。

 でも、今は違う。

 借りている分際で何をと思うけど、一階にいるせいか外から侵入される可能性が高い。

 念のため、戸棚とかを窓に置いて封鎖はしたんだけど、どうにも落ち着かねえ。

「……はぁ」

 ベッドから手を伸ばし、サイドテーブルのスタンドライトにスイッチを入れる。

 ほんのりと明かりが灯った。

 室内を見渡してみるが、うっすらと暗くて良くは見えない。ただ、まだ生きている街の街灯が、動きまわるゾンビの影を窓に映している。

 しばらく観察していたが、とりあえず此方こっちに来ることはなさそうだ。

 電気はそのまま、寝返りをうつ。

 反対側にはクローゼットがある。先立って、パジャマを借りるので開けた時以降は閉じられていて、まれにゾンビの影が映るくらいだ。

 そのまま目を閉じる。

「ゥォァァァアアアアォォ」

 そうしてしばらくを過ごしていると、やっぱり何処からか唸り声が響いてきた。

 外なのは間違いないんだけど、どうにも落ち着かないな。

「参ったな。疲れてるのに、寝れねえ」

 久しぶりに美味い飯を食って、風呂にまで入ったってのに、なんでだか目は何時までたっても落ちてこない。

 緊張してるのか、それともビビってるのか。

 まぁ、どっちでもいいか。

 大きく息を吐いて、天井を見上げるように転がる。

 なんとはなく見ていると、すっと身体が軽くなるような感覚があった。

 別に明日、早起きする理由はないしな。

 適当に目をつぶったり閉じたりしてれば、何時か眠くなるか。

 そう思い、再び寝返りをうつ。

 最後に、スタンドライトに手を伸ばす。

 電気を消した瞬間だった。

 音が聞こえた。唸り声とは別の、かといって窓ガラス割れたり壁を叩く音じゃない。

 床を踏む音。いや、階段を降りる音か。

「まだ寝てなかったのか」

 それとも、起きたのか。

 二階にいるのは百花さんと百菜だ。二人が上の階に上がっていくのは、確認しているからどっちかだろう。

 多分、俺みたいに寝れないか、それとも何か用事があってかして下に来るんだろうな。

 そんな風に考えていると、不意にこの部屋にノックの音が響いた。

「ごめんね。まだ、起きてるかな」

「えっ、ああ起きてるけど……」

 控えめに聞こえる百花さんの声。

 開けるねと断ってから、百花さんが部屋に入ってきて電気を点ける。

 パジャマ姿だ。ゆったりとしたスカート風の、空色で白いレースをあしらってある。

 身体のラインを隠しているけど、生地自体が薄いからどうにもエロく見えた。

「その……」

 なんだろう。

 何かを言おうとして、でもなんて言っていいかわからない。そんな風にしている。

「あ、うぅぅ。

 やだ、もうやだ。

 怖いのはもうやだよぉ~」

 とうとう、泣き出してしまった。






「怖いよぉ……外はゾンビばっかりで、誰も来てくれなくて、百菜ちゃんは倒れちゃって。

 やだぁ、もうやだぁ。

 怖いのやだぁ! 助けてよぉ!」

 泣きながら、どうしようかとおろおろしてた俺にすがりつく。

「いやまあ、そりゃあ怖いけどさ」

「ぐすっ……助けてよッ……怖いのやだよ」

 どうにも泣き止みそうにない。

 というか、どうしたらいいんだろ。

 童貞には難易度、高すぎる状況なんですが。

 あー、もう。

「わかった。わかったよ」

「うんッ……ひぐっ……」

「助けてやる」

 それしかないし、そのつもりだ。

 やっぱり、二人を連れて一回は戻ろう。それから、改めて色々考えないとな。

「百菜ちゃん、も?」

 目に涙を浮かべたまま、百花さんが聞く。

「おう。ふたりとも、だ」

「じゃあ、なら、もう、死ぬとか言わない?」

「言わない」

「そっか……えへへ……ぐすっ……」

 言って、また顔を俺の身体に埋めてしばらくしゃくりあげる。

 そうして、気が付くと寝息が聞こえてきた。






「あっ、やっぱりここに居た」

「おう。別に、手ぇ出してないからな」

 知ってると、百菜は笑って言う。

 こっちもパジャマ姿だ。ズボンタイプの、薄いピンクに赤い水玉。縁取りも赤く、百花さんとは対照的な色合いだ。

「お姉ちゃん、ずっと頑張ってたから」

「うん?」

 とりあえずベッドに寝かせた百花さんの隣に百菜は腰掛け、布団をかけ直す。

「ゾンビが来て、何度か外に助けを呼びに行こうとしたの。でも、沢山集まって来ちゃって……」

「出るに出られず、か」

「うん。それと、アタシの具合が悪くなっちゃってね。

 ずるずるとしてる間に、食べるものも底をついて、限界だーってところに角野くんが来たの」

 百菜は力なく笑った。

 そんな限界状態だった二人にとって、どうやら俺は迷惑と言うよりも、ようやく来た救助だったようだ。

 俺がどう思っているかは、置いておいて。

「それで、ようやく頼れそうな人が死ぬかもーって言うから、お姉ちゃん色々と限界を超えちゃったんじゃないかな」

「あー、まあ……悪かったよ」

 本当は、最悪を想定して動いてもらいたいんだが、そこまで求めるのはこくってことか。

「うん。

 それで、明日からはお姉ちゃんを守ってあげてね。

 知らないと思うけど、普段のお姉ちゃんって、けっこうポンコツなんだから」

「わかった。頑張るよ」

「よろしい。じゃっ、寝ようか」

「……まてまて、何をいそいそと布団に入ってる」

「まあ、まあ。都会じゃお金払ってでもして欲しいって話題の、美少女姉妹との添い寝だよ?」

「自分で美少女とか言い始めたよ、この子」

「ふふん。それで、どう? 暖かいよ?」

 百花さんを挟んで、クローゼット側に寝転んだ百菜が掛け布団を持ち上げた。

 すぅすぅと眠る百花さんの胸が上下する。

 うぅ、目に毒だけど、役得ではあるなぁ、くそう。

「うぐっ……おっ、おじゃまします」

「いらっしゃ~い。

 ……ふひひ。えっち」

「聞こえませーん」

 全く、別の意味で寝れなさそうだよ。

 何て思っていたのに。

 心地よい人肌にくるまれて、気が付けば意識は落ちていた。

 次回は7月10日の12時です。

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