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第十五話 川澄家での団欒

 他所の家で料理を待つってのは、なかなかに居心地が悪い。

 百花さんに言われたとおり、座って待っているけど、どうにも手持ちぶたさでキョロキョロと視線を彷徨さまよわせる。

 川澄家かわすみでは、台所と食卓は別の部屋になっているみたいだ。

 居間は家族団らんの場所だったのか、薄型のテレビやDVDプレイヤーなんかが置かれている。

 中央には四人くらいが座れそうな、長方形のテーブル。簡素な作りだけど、真っ白なテーブルクロスが敷かれていて清潔感せいけつかんがある。

 対面では、昼ごろよりは具合の良さそうな百菜ゆなが、笑いながら座っていた。

 私服に着替えたのか、無地のシャツとその上から花柄のワンピースと丈の短いシャツを重ねている。

 少し視線を左にずらすと、台所で動く影が見える。

 台所では、後ろで括った髪を揺らしながら百花さんが何かを調理しているところだった。

 そろそろ佳境かきょうなのか、俺が持ってきた乾麺を鍋から出して別に温めていたフライパンへと移す。

 何かが焼ける耳障りのいい音が聞こえてきた。

 それに合わせるように、いい匂いがする。

 ニンニクだな。

 ここ最近、血だとか腐った肉だとかそう言うやなもんばっかり嗅いでたからすっかり馬鹿になったと思っていた鼻だけど、まだまだ機能するようだ。

 あまりの美味そうな匂いに、思わず生唾を飲み込む。

 ほんと。料理らしい料理なんて、一体どれくらいぶりだろ。

「あははっ。お姉ちゃん、料理は上手だから期待しててイイよ~」

「そうな。こんだけいい匂いだし、楽しみだよ」

 掛け値なしに。ああもう、めちゃくちゃ腹減ってきた。






「おまたせ~」

 そう言って、トレイに乗せて持ってきてくれたのは二人分のパスタだ。乗せ切らなかったみたいで、百花さんはフォークとスプーンと一緒に皿を俺達の前に置くと、すぐに台所へ引き返した。

 目線をスパゲティに落とす。

 油でてかっているパスタにはみじん切りにしたニンニクと、細かく輪切りにした唐辛子とうがらしが絡めてある。

 ペペロンチーノだっけ。あまり食べたことないパスタだ。と言うか、パスタ自体あんまり食べない。外食の場合、ガッツリ肉だし。

 でも、こうして間近で感じるニンニクの香りは非常に食欲をそそる。

 正直、今にもかぶりつきたいけど、ここは我慢の子だ。流石に行儀が悪すぎる。

「ごめんね。本当は、もう少し豪勢ごうせいにしたかったんだけど……」

 お待たせと付け加え、百花さんが自分の分の皿を置いて座った。

「十分だって。めちゃくちゃ美味そうだし」

「そうそう。アタシもうお腹ペコペコ」

「うん。それじゃあ、早く食べよっか」

 待ってましたと、それぞれ頂きますと声を出した。

 フォークをパスタの山に差し込んで、適量を持ち上げる。それをスプーンの上に乗せてくるくると回し、口に運ぶ。

美味うまッ!」

 一口目で、叫ぶように言った。

 久方ぶりに感じる塩っけが、疲れた身体に染み渡っていく。

 ボリュームも十分。ニンニクと唐辛子に加えて色々な手間が加わったひと味は、久しぶりに食べた料理だと実感させる。

 手が止まらない。

 一口、二口とただひたすらにパスタを巻きつけたはほうばっていく。

「良かった。残ってた材料だけで作ったから不安だったんだけど」

「だいじょーぶ。すごく美味しいよ、お姉ちゃんのご飯」

「……んぐっ……おう、すごい美味い」

「えへへ」

 俺達二人に褒められてか、百花さんは照れたようにはにかんでから、顔を隠すようにパスタを丸め出した。






「ぷはぁ~、美味かった」

「お粗末さま。お風呂とかは、どうする?」

「あー、その前に色々と話しときたいから、少し待ってくれ」

 満腹感まんぷくかんで眠気が襲ってきそうだけど、その前にキチンと話しておかなきゃならないからな。

「えっと、アタシも?」

 自分のお皿と俺のを合わせて持って行っていた百菜が、控えめに聞いてくる。

「おう。とりあえず、今日明日のこと。

 聞いてると思うけど、もしかしたら俺はゾンビになるかもしれん」

 正直、ここまで元気いっぱいに飯食ってて、何言ってるんだコイツって感じだけど、まあ置いとく。

 まだ半信半疑なのか、百菜はわからないと小首をかしげて百花さんは表情を暗くした。

 いかんいかん。楽しい食事の後だ。ここは明るく。

「とりあえず、俺を外から鍵のかけられる部屋かあるいは別の階になるように泊めて欲しい。

 それで、明日の夕方以降に出てくるまでは接触しないでくれ」

「それじゃあ、ご飯とかは?」

 百菜が聞く。

「携帯用のを持ち込む。残りは二人に預けておくから、万が一があったら学校――場所わかるかな『春日井かすがい高校』に、何十人か生き残りが集まってるから、そこに行ってくれ」

「えっ、生きてる人いるの?」

「おう。まだ出てきて一日もたってないから、壊滅かいめつしてるってこともないはずだ。

 もちろん、ここに残ってもいいけど、大勢でいたほうが安心できると思う」

 とはいえ、外にでる危険性は二人も十分に承知してるだろう。

 もしも俺が死んだ場合どうするか。それは、まあ二人に決めてもらうのが一番いいはずだ。

「でっ、でもさ! 角野くんが生きて――無事だったら連れてってくれるんだよね?」

 生きている場合。そう言いかけた時、百花さんの身体がビクリと震えた。なんとなく視線を向けてみるが、ソレ以上の反応はなかった。

 なかなか会話に加わらない百花さんを横目に、百菜が努めて明るく声を上げる。

「行きたいなら、連れてくよ。その場合、道中はちゃんと指示に従えよ」

「そりゃあもちろんですよ、隊長」

 ビシッと、敬礼する百菜。

「とりあえず、そんなところか。それで、百花さん。

 部屋って、どこでもいいのか?」

「えっ? あっ、うん。一階にお父さんたちが使ってた部屋があるから。

 鍵はかからないけど、うん、ベッドとかそのままだから寝れるよ」

「なら、そこを借りるよ」

「それで、全部かな」

「んっ、とりあえず」

 後は万一の時に今日ネットで手に入れた画像とかも渡して欲しいけど、あれはまだ話さないほうがいいようにも思う。

 まあ、リュックの中に入れてるし学校に向かったら気がつくだろ。

 そんなことを考えていると、百花さんはそれじゃあと言って立ち上がった。

「なら……私、お風呂の準備してくるね」

「あ、おう」

 立ち上がり、スタスタと歩いて行く。

「……なんか、悪いことしたかな」

「う~ん、ごめん。わかんないや」

 百菜と俺は、二人揃って顔を見合わせて首をかしげた。

 次回は7月9日の12時です。

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