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第十四話 脱出

 階段の中腹。集めた食料を、二つのバッグに試行錯誤しこうさくごしながら詰め込んでいく。

 全部は入らないか。仕方ないから、一部は諦めてその場に置いておく。また回収できれば最良としておこう。

 ひと通りを終えて、俺は出来上がった荷物を二つ持ち上げる。

 流石に重くなりすぎたな。

 ずっしりとした手応えが、両手にある。片方のリュックは背負えばいいとして、もう一つのスポーツバッグはどうするか。

 多量に入った乾麺は、重いけど鈍器にするには使いづらすぎる。

「うーん……」

 リュックを背負い、片手に持ったバッドを見る。片手で振り回すには、扱いにくい。けど、ないよりはマシだ。

 まだ陽気なゲーム音楽は聞こえている。何時までもバッテリーが持つとは思えないし、行くならば今しかないだろう。

 悩んだけど、結局俺はバッグを二つ持って行くことにした。






 まず外へ出るのがなかなかきつかった。

 ゾンビは俺が用意したゲーム機の音に釣られたのか、外からゾロゾロと店内に入って来るのだ。気づけば、車のクラクションも聞こえなくなっているし。

 荷物が重く、俊敏しゅんびんに動くのが難しいので簡単に走り抜けると言うのも難しい。

 ただ、使える道具はあった。

 食料を集めるのに使ったカートだ。こいつに、二階から運んだ商品を詰め込んで一気にゾンビの群れへ突っ込んだ。

 出入口に来ていたのは、五体ほど。その中で三体を引き倒した。

 一瞬の隙間ができる。同時に、余った二体が俺へと手を伸ばす。

 手はふさがっている。だから、俺はカートを掴む手に力を込めて地面を蹴った。

 跳ねた足をカートの端に乗せる。そのまま、姿勢を低くして腕をやり過ごす。

 買い物中、誰だって一回はやったことだ。荷物を載せているから、重心も前に傾いてて俺が飛び乗っても変に動かない。

 疾走するなんてお世辞にも言える速度じゃないが、それでも一回はやり過ごせた。

 なら、それで十分だ。

 飛び降りて、地面を転がる。

 コンクリートの地面をカートが滑っていき、ゾンビにぶつかって止まるのが見えた。

 起き上がる。無理に転がったせいで、身体のあちこちが痛い。

「ゥォォオオァアァァァ」

 ゾンビが向かってくる。音って意味なら、今倒れたカートのがうるさいはず。

 あんがい、音以上に優先して拾うなんかがあるのかもしれない。

 眼が見えているとは思えないけれども――いや、今は逃げることを考えよう。

 歯を食いしばって、痛いのを我慢する。

 手に持ったスポーツバッグを抱えるように持ち直して、右手のバッドは何時でも触れるように肩にかつぐ。

 走る。

 道は、たしかコッチだったはず。

 暗くなりつつある道を、俺はひたすらに急いだ。






「――はっ、はぁ」

 荒く、呼吸を繰り返す。心臓はめちゃくちゃな鼓動こどうを繰り返し、ひたすらに胸を叩く。

 どうにか辿りつけたけど、今にも呼吸困難で死にそうだ。

 スポーツバッグは投げ出すように玄関に置いて、リュックを下ろしながら倒れこむ。

 ひんやりとした廊下の感触が、心地いい。

 そうやってぼうっとしていると、恐る恐ると上から百花さんが降りてきた。

「よっ、よかったぁ~」

 入ってきたのが俺だとわかったからか、百花さんはその場で腰を抜かしたように座り込んだ。

「無事だったんだね」

「ちょっ……はぁ、待って……そこ……動くな……」

 まだ呼吸が整わない。けど、今の俺の状態はキチンと伝えとかないとならないからな。

「えっと、えっ?」

 わけがわからないと言いたげに戸惑っているが、百花さんはその場で足を止めてくれた。

「――ッ、ハァ~~。

 よし。色々と説明しなきゃならないから、落ち着いて聞いてくれ」

 ひとまず、上半身を起こしてから廊下に座り直す。

 まだ息は荒いけど、どうにか話せるくらいには回復できた。さて、どこから話していこうか。

「うっ、うん?」

 まだどこか戸惑っているが、そこは気にせずに続ける。

「まず、食料はいくらか確保できた。このバッグ二つに入ってるから、しばらくは大丈夫だ」

「ありがとうッ!」

 パッと顔がほころんだ。

 そのまま、コッチに来そうな雰囲気だけどそれは手を伸ばして静止した。

「次だけど、こっちが重要だ。

 ゾンビにまれたわけじゃないけど、怪我した」

「えっ……?」

「擦りむいた程度だ。ただ、ゾンビの体液がそこから体内に入った可能性がある。

 その場合、最長で明日の夕方頃には俺は死んでゾンビになる。

 だから、とりあえず二択を選んでくれ」

「えっ、ちょっ、ちょっと待って! えっ? えっ?」

「一つ目、俺が無事な方に賭けて適当なところに閉じ込めて様子を見る。

 二つ目、ここで別行動を取る。

 ただ、どっちにしても食料は残してく変わりに、頼みがある」

「ちょっと待って! 待ってってば!」

「ダメだ。急がないと、暗くなる。そうなったら別行動の場合、俺の死ぬ確率がかなり高くなる」

「死ッ――駄目、駄目だよ、そんなの」

「でも、ここに残して万が一にゾンビ化したら二人が危険だぞ」

「でも、でもッ!」

 でも、だってと抵抗を繰り返す百花さん。顔にはさっきのほころんだのが嘘のように、焦燥しょうそうが浮かんでいる。

 正直、ここまで取り乱すとは思わなかった。

 前からの友人ってわけじゃなく、今日、たまたま知り合っただけの他人に対してどうしてそこまで、焦ったりできるんだろう。

 少し考えたけど、その答えはわからない。ただ、このまま出て行くのは難しそうだ。

 かと言って、百花さんがどっちかを選択できる様子もない。

 仕方ないか。なら、俺が決めよう。

「――一応、ゾンビ化する前の症状は出てきてない。ただ、本当に大丈夫だって確信が持ててないんだ」

「そう……なの?」

「そう。だから、とりあえず残るけど、明日まで俺を一人にしてくれ」

「……うん。わかった」

 控えめに、まだ混乱しているのかどこか呆けた様子で百花さんは首を縦に振った。

 まだまだデザリング。


 次回は7月8日の12時です。

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