遭難
朝は水汲みから始まり、餌のように投げ与えられた食事の後は、徳五郎が割り振る野良仕事、山仕事をこなす。
日暮れに戻り、夕餉を得たら、行水して厩の寝藁に潜り込む。どうしてもたまらなくなれば夜に紛れて抜け出して、勿来の社で独り、気を休める。
それが宗介の日々だった。
過去には他の下男らが、害しても構わない相手と見込んで絡んでくることもあった。
が、年嵩の幾人かをまとめて伸してから、そうした手出しはなくなった。単純な膂力では敵わず、かと言って徳五郎に訴えれば両成敗を受ける。ちょっかいをかけるだけ損との認識が教え込めた格好である。
そうした連中の気の弱りをいいことに、宗介は彼らの膳から、時折いくらかを掠め取りもした。
彼の肉体は、成長につれますます強靭を増した。
やはり時につれ、徳五郎が課してくる仕事は重みを増し、大の大人でも音を上げかねないものとなっていた。けれど宗介の身体は、容易にそれをこなしてのけた。
しかし如何に肉体が剛健であろうと、心までそうはいかない。
少年の心は、じわじわと諦念に満ちかけていた。
そんな灰色の世界を鮮烈に変えたのが、あの春宵の出会いだった。せんとの邂逅を経て、宗介の中に確実な変化が起きた。それは希望と呼ばれるものの芽生えであったろう。
いつか村を出て、話に聞く江戸へ向かおう。漠然とそう思い始めたのも、この頃以降のことである。
日中、宗介は単独行動をすることが多い。
畑仕事ならばともかく、山林へ踏み入る仕業となると宗介の足についていける者がないからだ。
このことは近頃の宗介にとって、甚く好都合だった。
だらだらと片付けるだけだった様々な言いつけへ全霊を以て取り組み、これまでの半分ほどの時間で片付ける。空いた時間で仮眠を取り、行水をし、また鳥獣を獲っては足りない食事との足しとした。
肉食は以前から、それこそ母の生きていた時分からのことである。手に入る食糧は、優先して母へ回していた。だから空腹の宗介は、独自に狩猟を覚えねばならなかった。気配を殺して素手で獲物を捕らえる術も、血抜きをはじめとした調理の様々も、そうした日々で身につけたものだ。
斯様にして余力を温存し、宗介は毎夜のように社へと赴いた。通うというよりも、生活の一部を拝殿に移したと言うのが正しいありさまである。
そんな宗介を待ち受けるように、せんもまた毎夜必ず現れた。
拝殿の階段に腰かけ、「おかえりなさい」と出迎えることもあれば、 宗介が寝転ぶところへひょいと顔を覗かせることもあった。
そうしてふたりは、夜通し他愛のないやり取りを繰り返した。幾ら話し続けても、せんとならば話の種は尽きなかった。
拝殿はいつしか逃避の先でなく、宗介の帰る場所となっていた。
ふたりの逢瀬を察する者は誰もなかった。
夜闇にまぎれる宗介の忍び足は大したものであったし、社の近辺には昼の内から人気がない。およそ見咎められる不安がないのだ。
また、寝過ごして厩への帰りが遅れることもなかった。一番鶏のその前に、せんが声をかけ、起こしてくれるからだ。
日々課せられる作業においても、宗介は不審を抱かれるような下手を打たなかった。
どころかしばしば仕事を果たせなかったふうを装い、叱りを受けるような真似までしてのけていた。わざとそうした振る舞いをするのは、あまりに平然と成し遂げ続ければ、一日の作業量を増やされるからである。
徳五郎も、自身が宗介に無理難題を申しつけると承知している。よってしくじりへ罵声を浴びることはあっても、肉体的な折檻にまで至ることはなかった。
それゆえ宗介の才覚に、徳五郎は長く気づかないままでいた。
その夜は、社へ向かうのが遅くなった。
日中、ゆきに絡まれたためだ。
ゆきは徳五郎のひとり娘であり、掌中の珠である。宗介とは同い年で、その名の通り透けるように白い肌をした、炎のように美しい少女だった。
俗に色の白いは七難隠すと言う。が、彼女には当てはまらないことだと宗介は思う。
親の寵愛を一身に受け、何不自由なく育ったゆきは、誰も彼もが自分を愛し、傅くものだと信仰している。それは天地の運行にまで及ぶようで、世界に気に入らないことがひとつでもあれば、それこそ火がついたように泣き叫ぶのだ。
挙句、「父さまに言いつけてやる!」と来たものである。
彼女と関わるくらいなら毒蛇を懐に入れる方がまし、というのが宗介の忌憚ない心情なのだが、困ったことに宗介はゆきに目をつけられている。
それは半年ほど前のことだ。
秋の山に立ち入ったゆきが、行方知れずになった。
徳五郎は娘から目を離したお付きどもへ憤激したのち、村の者を集め、総出の山狩りを始めた。
宗介もまた、この人手に加わっている。
徳五郎にいい感情のない宗介であるが、夜が訪れようとする山中に、子供がひとりで迷うとなれば話は別だ。自身も同じ年頃であることを棚上げし、素直にそう思えるのが宗介の美点であり、歪であろう。
人様に手を伸べる余裕が、当時の彼にあったではない。けれど宗介は知っていた。助けの当てもなく、ひとり泣く心細さを。
だから彼は日暮れの山を軽捷に駆け、そして誰よりも早くゆきを見つけた。
宗介が目にしたゆきは、ひどいありさまになっていた。
豪奢な着物は泥にまみれ、履物をなくしたのか、両の足とも素足だった。おまけに、ぎゃあぎゃあと甲高く泣き叫んでいる。理由は一目瞭然で、彼女のすぐ前には蜷局を巻き、鎌首をもたげた蛇がいた。
大きくため息をつくと、宗介は近づかずに声をかけた。
『うるさい。喚くな。ゆっくり体を低くして、同じだけゆっくり遠ざかれ。大きな生き物に叫ばれて、怖いのは蛇の方だ』
途端、もの凄まじく怒りを孕んだ視線が返った。おそらくゆきは、とっと蛇を蹴殺して自分を助けろとでも思っている。
が、宗介はきっぱり無視した。
『俺が寄れば、蛇はもっと怖がる。その挙句で噛むだろう。俺じゃなくて、あんたを。嫌なら、自分から離れろ』
流石のわがまま娘も、どうなるものではないと悟ったらしい。
言われるがままにじりじりと腰を落とすと、ほとんど四つん這いの格好で宗介へとにじり寄る。幸い、その挙措が蛇を刺激することはなかった。両者の間に十分な距離ができたと見た宗介が、そら、と声をかけてやれば、蛇はするする藪へと逃げた。
後には、顔を真っ赤にして、涙目で睨むゆきが残った。
『アンタ、アンタねぇ!』
その激情が奈辺から発するものか、宗介にはよくわからない。特に詫びるべき理由も機嫌を取る理由もないと考えたので、ただ、『無事で何よりだ』と告げた。
するとゆきは目を瞠ってから、またもぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
『無事? どこが無事よ!? 泥だらけじゃない。足も痛いの、痛いのよ!』
『そうか。もう暗いし、皆心配している。早く帰るぞ。案内するからついて来い』
淡々と言うべきを言い、背を向けて歩き出した宗介だが、少し進んで振り向いた。
一向にゆきの動く気配がない。
『どうした?』
『どうしたじゃないわよ! 足が痛いって言っているでしょう!』
随分と元気ではないかと閉口し、宗介はゆきのもとまで立ち戻った。
背を向けて彼女の前に屈み、
『乗れ』
『嫌。アンタなんかに負ぶわれるのは絶対に嫌』
『なら俺以外の助けが来るまで、そうしているか』
『……わかったわよ。仕方なくだからね』
歯噛みするゆきを家まで運んだ宗介は、そののち薪ざっぽうで徳五郎に散々殴りつけられた。『おまえが、またおまえが、わしの……!!』と、口の端に泡が溜まる激昂ぶりだった。ゆきが父に、あることないこと吹き込んだ結果であったろうか。
当のゆきは翌朝、宗介の顔を見るなり寄ってきて囁いた。
『アタシに恩を着せれたとか、アタシの上に立てたとか思わないことね。残念だけどアンタはアタシの下。一生、アタシの物なのよ』
もう二度と彼女には関わるまいと決心するのに、十二分な物言いだった。
だというのに以来、ゆきは何くれと宗介を呼びつけては、自分の供回りを命じてくる。自分より下に見ていた相手に助けられたのが屈辱だったのはわかるが、そうも繰り返し、主従関係を突きつけるほどのことだろうか。
面倒になった宗介は、彼女の金切り声がすればすぐ遠ざかるよう心掛けてはいる。しかしながら宗介は、自由に逃げ回れない身分だ。今日のように、不覚にもゆきに捕まる場合がある。
それはたっぷりと時間を浪費することを意味していて、できる限りをせんとの関係に費やしたい宗介にとっては、迷惑極まりない事態だった。
首を振りながら宗介は、まず川へ向かった。行水のためである。
せんと出会って以降、宗介の水浴びは明らかに回数が増えた。爪も髪も衣服も整えて、できる限り清潔たろうと心掛けている。
言うまでもなく、見栄だ。
せんを見るたび、こんな綺麗なものがこの世にあるのかと思う。ならばそれへ近づく時は、少しでも身綺麗にするのが礼儀であろう。
今は水温む頃だからいいが、冬が訪れたらどうするかは考え物である。
小ざっぱりとした宗介は、足取り軽く村はずれへ向かった。昼の内に削り出した木剣が、そこにひと振り伏せてある。今日から、せんに剣の手ほどきを受ける約束だった。
せんは、常に白鞘の一剣を帯びて現れる。
それで宗介は、ふと訊ねたのだ。『せんは、剣を使うのか?』と。
わずかな逡巡ののち彼女は首肯し、ならば、と宗介は頭を下げた。
宗介は、強くなりたかった。
自身の肉体が衆に優れることに自覚はあった。だが彼の求める強さとはそれではない。
宗介の思う強さとは、即ちどっしりとした心魂の余裕である。
精神にゆとりあらばこそ、物事を正しく受け止め、咀嚼することができる。それは細心を行き届かせた判断と対応の基盤となろう。
また、余力ある魂は常に潤っている。だから物事に対して潤滑に心が働き、それが実際の運動へと繋がってゆく。義を見て勇を為せるのは、精神が豊潤なればこそだ。
逆にこれを欠けば、人は何も感じなくなる。やせ細った心は、何が起きようと何も思わず、全てをそのまま、何もしないままに素通りさせてしまう。
枯れた人間は立ち上がれない。立ち上がるための原動力を持ち合わせない。
どれほど肉体的な力を蓄えようと、いざという時に機能させられなくては意味がない。
そう思うから、宗介は心の強さを欲した。
自分が広角的な視野を備えた、落ち着いて余裕ある人間であったなら、もっと母に寄り添えたろうと思うからだ。
母は弱り切っていた。宗介が考えるよりも、ずっとひどく。
思考と行動を放棄して、どうにか今に耐えるだけが精一杯だった。その心は摩耗し、疲弊し、枯れかけていた。ちょうどせんに出会う前の、自分と同じく。
だのにそんな母を鬱陶しく感じたことが、宗介には幾度となくある。
夜半、布団の中で声を殺して泣く母へ、彼は思ったものだった。
――しくしく嘆く体力があるのなら早く寝て、明日の力を培えばいいのに。
宗介のそれこそが、余裕なく他者を顧みない、枯れ果てた思念の終着点であったろう。
親の弱さを容れられなかった己の弱さを宗介は恥じ、悔いている。子の無理解が母の自害へ繋がったのは間違いのないことだ。
だから、なりたかった。
今度こそは手を伸べ、語り合い、わかりあい、そして守り切れるくらいに、強く。
ここまでの思想に嘘はない。
だが同時に、宗介は欲していた。相手の事情も何も斟酌しない圧倒的な暴力というものを。
たとえば徳五郎のような財力、権力があれば、宗介親子の貧困は容易く解決できた。ふたりで爪に火を点すような日々を送らずとも済んだ。
宗介にとり、それは嫌なことを拒絶するための武装であり、己の望む道を捻じ曲げられないための城壁であり、二度と心を枯らさないようにするための軍備であった。
他者の思惑にいいように振り回され、踏み躙られるだけの弱者でいるのは、怯え窶れるだけの心でいるのは、金輪際御免被りたかった。
だから宗介は、圧倒的な力を望む。
傲慢にも似た善意で、頼まれもしないうちから、恣意のように自分の大切を守り抜く。そんな傍若無人の力を望む。
そうした心もまた、偽らざる宗介の根底だった。
だからせんが剣術使いであることを、宗介は千載一遇の好機と感じた。
体系だった剣術は、精神の修養へも通じると耳にした。そして剣とはもちろん、殺傷のための技術である。どちらも、宗介が欲してやまないものへ繋がる道と思えた。
何より天狗が人に武芸を授けた話を、宗介は寝物語に聞いた覚えがあった。
それで真っ正直に、少年らしい甘い夢想に満ちた胸中を、洗いざらいでせんへぶつけた。その上で宗介は教えを乞うた。
『俺に剣の手ほどきをしてくれないか。俺は、性根の悪い人間だ。自分の大切が傷つくくらいなら、他の何か犠牲になればいいと思っている。だからもしもの時、実際にそうできるだけの力が欲しい』
思い返せば、実に余裕のない言いざまである。
一蹴されて仕方のない縋りであったが、せんは至極あっさり頷いた。
『うん、いいよ。宗介のお願いなら、いくらでも聞いちゃう』
随分と危うい返事のようにも思えたが、それだけ自分を信頼してくれているということだろう。
快諾を混ぜっ返すのも悪い気がして、宗介はそこへは触れずに頭を下げた。
『なら先生、明日からお願いいたします』
『ふっふっふー、任せなさい』
するとせんは大仰に胸を張ってから屈託なく笑い、そして少しだけ寂しい目をした。
『宗介は自分がどこへ行きたいか、ちゃんと考えてるんだね』
それはただ振るわれるがままにあった、せん自身への嘲りであったろうか。
斯くて今宵より始まった稽古であるが、まず駄目を出されたのは宗介の木剣だった。
当初は恵比寿顔で立ち方、歩き方、握り方から指導していたせんであるが、宗介がいざ素振りに入ると、途端その顔に不満の雲がかかり出す。
「なあ、せん」
「ん、どうかした?」
「そんなに俺の振りは、不格好か?」
機嫌のあまりの急変に思わず宗介が問うと、せんは慌てて両手を振った。
「ち、違うの。その剣に別に思うところがあったわけじゃなくて」
「……不格好はこっちだったか」
呟いて、枝から削り出した木剣を見る。
素人の手業ながら力作であっただけに、宗介は少しばかり拗ねた物言いをした。
「だから違うってば!」
ますます焦って、せんが声を張り上げる。
有体に記してしまえば、せんの不満の正体は悋気だ。自分というものがありながら、宗介が他の剣を握ることへの嫉妬である。
「えと、えっと、そう、真剣! 真剣を使った方がいいかなって思ってただけ! ほら、やっぱり重さとか重心とか切れ味とかが違うしね」
ただの稽古に切れ味は関わりなかろうと思った宗介であるが、せんが言うならと思い直す。
「ただ、だとしても、そんなものどこで手に――」
「実はね、あるんだよ。来て」
手招きすると、先に立って歩き出す。
宗介に他のどんな刀を使わせたたところで、この胸のざわめきは消えまい。そう気づいたせんの答えはひとつだった。
せんと月明かりに導かれるまま木々を抜けた宗介が目にしたのは、初めて見る本殿だった。熟知するはずの神域で出会った未知の建造物へ、宗介は思わず声を漏らす。
実を述べれば、この本殿には人除けが施されている。かつてせんをここへ運んだ神職たちが、施していった認識阻害だ。
本殿の存在を知らぬ者は、これを知覚することが叶わない。刀祀りの小さな社を、ただ木立の一部と錯覚してしまう。そしてこの椎の木々へも、踏み込むこと自体を躊躇わせる術式が仕掛けられていた。
せんの幽姿すら見る宗介の目をも欺き続けた、それは恐るべき隠形の機能であった。
「この中にね、刀があるんだ」
宗介の驚きを他所に、開けて開けて、と本殿を指してせんは促す。
言われるがまま、施錠も何もない定規縁扉へ手をかけた宗介が、ふと思い出したように顧みた。
「これ、流石に怒られたりはしないか?」
「大丈夫。誰も、気がつかないから」
自信満々に、しかし自虐のようにも応えるせんへ、ままよと宗介は頷く。
そもそも、自分を叱りつける人間などどこにいるというのだ。社の祀りなど、とうに絶えているというのに。
腹を括って引き開けたそこにあったのは、地紋入りの布を敷いた四方の上に鎮座する、拵え袋だった。紐解けば、白鞘白柄のひと振りが姿を現す。せんの幽姿が帯びるのと、寸分違わぬ刀だった。
不可思議なのは鞘にも柄にも、何の腐食もないことだ。敷き布はぼろぼろに朽ち果て、拵え袋もひどく色褪せているのに、白木の両者はまるで作り立てでもあるかのように、真新しい木の香りすら帯びている。
宗介は与り知らぬことであるが、これはせんの妖相の影響だった。
人が衣服を自分の一部と認識するように、付喪神は己の付属品を自身と捉える。そしてそう認識されたそれらは、付喪の本体たる物品と同じく、生物の自然治癒に似た恒常性を獲得するのだ。
刀を手にし、宗介とせんは拝殿に戻る。
そうして、どうしてか緊張の面持ちのせんの前で、宗介はそれを抜き放った。
「……」
しゃらりと全てをさらけ出した刃は、宗介が息を呑むほど優美だった。
本来ならば赤鰯と成り果てるほど長く捨て置かれながら、それは錆ひとつない秋水だった。二尺二寸(約66cm)の氷の刃は、月光を映し黄金とも銀ともつかぬ色に煌めく。
やや浅い反りの刀身をすっと暗中へ伸ばせば、それだけで夜が切り払われたように感じられた。
美術品の麗しさを湛えながら鎬は高く、鉈のようにずしりとした重厚をも伴う。それは実用品として揺るがぬ芯の発露だった。
斬れる、と。
宗介が出会ったのは、ひと目でそう確信させる刀だった。
「ね、どうかな?」
感嘆を漏らす宗介へ、せんが小さく声をかける。
「凄いな。吸い込まれそうだ」
「……綺麗?」
「ああ、すごく綺麗だ。他に言葉がない」
「そっかぁ……!」
熱っぽく刀身に見入る目に嘘はなかった。ぞくぞくと、官能に似た感覚がせんを貫く。
宗介に褒められた。宗介が、褒めてくれた。
――嬉しい、嬉しい、嬉しい。
器怪としての欲が満たされ、せんの瞳がとろりと蕩ける。頬は桜色に上気し、小さく、熱を帯びた吐息が漏れた。
もし宗介が刀へ意識を向け切っていなければ、必ず狼狽したろう婀娜だった。




