虹の始まったところ
母は言っていた。
――神様はいつも見守ってくれています。
――だから清く正しく、心美しく生きていれば。いつか、きっと。
いつかきっと、なんだろう。
食料が手に入るのか。金銭が転がり込むのか。誰かが手を伸べてくれるのか。はたまた極楽浄土へ行けるのか。
どれも違う。
それがただの諦念の文句であることを、十になる前から宗介は感づいていた。
宗介の家は、神職の筋であったという。
が、大飢饉ののちに零落した。村の庄屋と寺が手を組み、権威と敬意を社から奪い去ったのだ。
ただし、そのことに対する感慨は宗介にはない。
母から聞かされはしたものの、それは 彼が世に生まれ落ちる前の出来事である。今の暮らしに関与しない。
少年の悩みは過去よりも現在、常に周囲にまといつく貧困にこそあった。
宗介の父は若くして逝去している。体の弱い妻と生まれたばかりの我が子を抱えて口を糊するべく、労苦を重ねた結果だった。
それで宗介は、幼い時分から大人に交じって野良仕事をこなしてきた。手間賃として幾ばくかの食物を得て、母を助けたのだ。
農作業は厳しかったが、幸いにも宗介は、恵まれた体を備えていた。小さいながらに大人ほどの力を発揮し、息も長く続いた。加えて甚く頑健で、生まれてこの方、怪我ひとつ、病気ひとつしたことがない。同じく生来小器用で、物事の呼吸をつかむのも巧みだった。
この頃はまだ子供らしい愛嬌があったから、どこへ行っても重宝され、目をかけられたものである。
母はそれを御加護だと言った。
――神様は、ちゃんと見ていてくれますよ。
それなら、どうして父は死んだのだろう。どうして母は、いつも暗く俯いているのだろう。
宗介はそう思い、会ったことのない神様を恨んだ。
自分たちを見て笑っているのでないのなら、今すぐこの暮らしを豊かにしてくれないか。母が十分に物を食べ、健康な体を取り戻せるよう計らってはくれないだろうか。
宗介は貧乏が嫌いだった。何故なら貧しさは、徳五郎を呼ぶからだ。
徳五郎とは、巾木村の庄屋の名である。
猪首で、百姓らからぬ目の光をした男だった。武士の血筋であるともいう。その名の通り五男であり、到底家を継げるはずもない身の上だったが、不思議にも兄たちが次々と他界し、跡を襲った。
この男に、宗介の父は借金をしていた。
そして、母は今も借り続けている。宗介のひとりの働きでは、とても暮らしが立たないからだ。
この返済を求めて、徳五郎は頻繁に、多い時は数日に一度、宗介の家を訪れた。
彼がやって来た夜は、宗介は遅くまで外で過ごす。居合わせれば徳五郎の機嫌が、ひどく悪くなるからだ。
その間身を置くような親しい家はないから、宗介はそんな時、谷間の神社へ行って過ごした。
勿来の名を持つその社は、かつて宗介の血筋が祀った神域である。先祖が関わってきた神様の土地なら、少し庇を借りても怒られはしないだろう。そんな子供らしい図々しさからの判断だった。
厩からくすねた藁で荒れた拝殿の隅に寝床を作り、丸くなって時を過ごした。
じめりとした湿地でにある境内には、蛇がよく出る。ために祭礼が絶え、寂れた今となっては、好んで踏み入る者はない。誰の目にも触れずひとりで過ごせるこの神域は、いつしか宗介にとって、周囲を気にせず呼吸ができる数少ない場所になっていった。
ふたつの台地の間から村の側を眺めれば、そこには宗介の家が見える。
だから時折身を起こしては拝殿を出て、宗介はそちらを透かした。徳五郎が去ると、母は門前に提灯を灯す。
闇に揺れるこの光を合図に、宗介は家へ戻るのだった。
母が死んだのは、宗介が十二の時だ。
懐剣で喉を突いての自害だった。
刃の切っ先を喉首に当て、そのままに地へ倒れす伏すのは、力の弱い女性が確実に自死を遂げるための作法だと聞いた。
母はどうやら、それほどまでに死にたかったらしい。
それなら、と宗介は思ってしまった。
自分のしてきたことは全て徒労だったのだと、そう気づいて、或いは決め込んでしまった。
母は長らえるを望まなかった。そんな母の苦しみを、自分はただ引き延ばしていたのだ。
ずしりと両肩が重くなって、膝が震えた。
宗介はしばらく立ち尽くして、ただ母の骸を眺めていた。
翌朝、訃報を受けた徳五郎は、『おまえの所為だ』と宗介を怒鳴りつけた。
『わしの足を引き続けよって。決めごとさえなければ、捨て置いて見殺せたものを……!』
憎々しく吐き捨て、けれど奇妙なことに、彼は宗介を下男として迎え入れた。
無論、優しさからではなかったろう。
証拠に徳五郎は顔を見るたびに、宗介に吐き捨てた。
『おまえは人の生き血を啜る邪魔だ。生涯幸福にはなれまいよ』
だがそもそも幸福とはなんなのだろうか。
腹いっぱい食えることか。寒くなく、家の中で安穏と眠れることか。
宗介には、よくわからない。
それから、苦しい日々が始まった。
徳五郎は厳しい仕事ばかりを割り振ったが、宗介にしてみれば、さしたる苦にならないことである。だから彼は逃げなかった。衣服が施され、飲食が保証されていたのも大きい。
ただ、孤独ばかりはやりきれなかった。
宗介へ向ける徳五郎の憎しみは、母の死以降、周囲にも明らかとなった。庄屋に睨まれる宗介から、人々は距離を置いた。数少ないがいた同年代の遊び仲間も、皆宗介から離れていった。
宗介には、よくわからなかった。
どうして自分が生き続けているのか、意地のように、生きようと足掻き続けるのか。
それでも何かに負けまいと、宗介は歯を食いしばった。
いつかきっと村を出ようと意を決し、夜半になるとしばしば庄屋の家を抜け出して社へ行った。
母と暮らした家はもう打ち壊されてしまったが、その前に宗介はなけなしの家財を拝殿へ運び込んでいた。もう誰も訪れない神域を、家族との思い出が辛うじて残るその場所を、改めて己の隠れ家としたのである。
徳五郎をはじめとした庄屋の家の者は、このことにまったく気づかなかった。
彼らは宗介に興味を持たない。その無関心から宗介に暮らす部屋を用意せず、同じ心で彼がどこに眠るかを確かめなかった。厩で、馬と共に寝入るとでも決め込んでいたのだろう。
明け方、怠けずに立ち働く宗介の姿が目に入れば、それでよかったのだ。
そんな少年の姿を、近く、眺めている者がいた。
本殿に身を置く刀である。
繰り返す微睡みと覚醒の狭間で、彼女は幾度か、少年の姿を認識していた。
社を訪う、今はもうただひとりの人間なのだ。当然、その姿は記憶に残りもする。
刀が宗介の存在に気づいたのは、ずっと以前、まだ彼の母が生きていた時分のことだ。
幼い彼は暗い夜、いつもただひとり拝殿の隅で膝を抱えて泣いていた。それを刀は幾度か見かけた。
事情は知れないがひどく哀れなことだと思い、けれど声をかけはしなかった。どうせ聞こえることはないと、そう決め込んでいたからだ。
それに、しばらくすれば村はずれの家の戸口に光が灯る。明かりを見つけた少年は、涙を拭って社を去るのだ。
つまり彼には、ちゃんと帰る場所がある。
ならばますます、自分の出る幕などはない。
それから、しばらくの時間が過ぎた。おそらく数年とは思うが、刀の時間感覚はもうひどく曖昧で、正確にはどれほどかわからない。
気づけばいつしか少年の背は、ぐっと大きく伸びていた。深夜、拝殿を訪れた折にも、涙を見せることはなくなっていた。
刀は、だから一層、その心を案じた。
少年の顔から、感情が削ぎ落されていたからだ。それは明かりの灯っていた先が、彼の帰る場所がなくなっていたことと無関係ではないだろう。
自分と同じ、天涯孤独の身の上に落ちたのだろうか。
勝手な共感が、幽姿の胸にふと兆した。誰とも繋がれない悲しさ、寂しさは、よく知っている。
それゆえだろう。
玉響の目覚めに少年を見つけたある春の宵、彼女はほとんど無意識に幽姿を現した。月を浴びて静かな、それは刀身のようにすらりと澄んだ佳人だった。
わずかな燐光を帯びた虚像は、眠る少年へそっと近づく。
「可哀想に」
寄り添うように疲れ果てた寝顔を眺めるうち、気づけば呟いていた。
何かしてやれたらいいと思い、何もできないのだと諦め、それでもつい漏れ出た真心だった。
聞かせるつもりのない、誰へも聞こえるはずもない声。
だがそれがもたらした結果は劇的だった。
瞬間、ぱっと少年は目を開き、敏捷に片膝立ちに身構えたのである。
真っ直ぐに向けられた視線が、音を立てて刀のそれとぶつかった。
「……誰だ?」
低い声での誰何は、間違いなく刀へと向けたものだ。
少年は確かに、彼女を見ていた。
「え、え?」
刀はひどく動揺した。
人との会話など、生まれて初めての体験である。巧みな言葉の出ようもない。
「村の人間じゃないな。あんた、何者だ」
強く鋭く、問いが重ねられた。
戒心をむき出しにした姿勢だったが、無理からぬところだろう。
うとうとと眠るところへ人声がして、目が覚めた。よもや庄屋の家の者かと跳ね起きたら、見知らぬ、しかも息を呑むほどに美しい少女に寝顔を覗き込まれていたという、なんとも突飛な状況である。動転し、訝しむのも無理はない。
その上で、宗介が更に強く警戒心を見せた理由は、娘の顔に見覚えがないことの一点に尽きる。
それなりに富みはするが、巾木はさして大きな村ではない。村人全員が顔見知りと言えば、その規模に察しがつこう。
だが宗介は、この少女を知らなかった。これほどの容姿であれば人目を引くに違いないのに、だ。
村への来訪者という線も、またなかった。
旅人があれば、その噂で持ちきりになるほど巾木は人足のない土地なのだ。当然ながら旅籠もなく、旅人が宿するとすれば庄屋の家である。
が、客人の話など宗介は耳にしていない。如何に宗介が周囲と縁遠かろうと、そうした騒ぎが耳に入らぬはずはないのだ。
つまり村の者ではなく、正規に村を訪れたのでもないのが彼女である。
そのような存在がこんな夜更けにこんな場所でと重なれば、不審を覚える他ないのが道理だった。
加えて不可思議なのが彼女の風体だ。
年の頃は十五前後で、宗介とさして変わらない。だが罪人の如き結わずの髪に、死に装束めいた白装束。そこへ鍔のない白鞘白柄の一剣を帯びるとなれば、最早何者とも推し量れない。
濡れたように黒い瞳は、稚い童女の純真を宿すようにも、隠者の如く重ねた歳月を湛えるようにも見えた。
顔の艶や他の外見的特徴も相まって、月下魔性の麗人とでも称するのが似つかわしい。
「待って、違うの。わたし、怪しいものじゃなくて。だからあの、お願い、怖がらないで。嫌いにならないで!」
宗介の視線に、娘は慌てて退きながら、突き出した両手を忙しく振った。
動転の挙措である。あれほど無遠慮に近寄りながら、気取られることを一切考慮していなかった様子である。
だがその表情は、ほとんど動いていなかった。まるで、美しい作り物のように。
ややもすれば演技と感じ、疑心を深める場面であったろう。
が、宗介はふっと小さく息を吐き、逆に気を緩めた。毒気を抜かれたのだ。
刃のように凛とした娘が、益体なく狼狽えるさまが可笑しかったのもある。だが何より、罵倒される、下知される以外で人と言葉を交わすのは久しぶりのことだった。
「いや、いい。驚いたけれど、怒ってはない。こっちも不躾で、悪かった」
腰を落として胡坐をかくと、宗介は頭を下げた。
その声は素っ気なく、表情も愛想なく動かない。親しむ相手のなかったがゆえの固さである。
自覚のあることだから、しまったな、と宗介は悔いた。これこそ怖がられ、嫌われる振る舞いだろう。
しかし、娘はほっと胸を撫でおろす風情だった。
次いで彼女は、機嫌のよい猫のように目を細める。まるでこれだけのやり取りで、感動を覚えたかのような所作だった。
「ううん、わたしこそごめんなさい。余計なお世話とは思ったんだけど、こんな夜に独りきりで、どうしたのかなって、気になっちゃって」
それはそちらもだろうと思いはしたが、宗介は口には出さない。
ほんのわずか言葉を交わしただけの相手であるから、性分を見抜いたとまでは言えない。だが、ある程度はつかめたように思う。いささかならず浮世離れしているが、甚く彼女は善良だ。その目のこちらを気遣う色に、嘘は少しもなく見える。
久しく向けられることのなかったやわらかな感情の感触に、言ってしまえば宗介は絆されかけていた。
「それはまあ、色々だ」
返してから、なんてまずい言葉選びだと胸の内で自嘲する。これではまるで対話の拒絶だ。
事実、彼女の瞳がうつむいていた。差し出口と恥じたのだろう。
「違う。応えたくないとか、そういうことじゃない」
急いで言い足すと、宗介は思考を整頓すべく、大きく息を吸った。
少女の姿を眺めやり、そのありさまに思いを定める。
「……多分逆だ。俺は聞いて欲しいんだと思う。ただ、込み入った上、愉快じゃあない話だ。だから何というかな。語り出すまでにもう少し、心の準備が欲しい」
「うん、わかった」
大きくこっくりと頷くと、彼女は宗介の真向かいで端座の素振りをする。面倒な話だと前置きしたはずなのに、完全に聞き入る態勢だった。
月も恥じらうような器量良しが、きらきらと黒瞳を煌めかせて自分の言葉を待っている。 先ほどは上機嫌な猫と思ったが、今度はまるで尾を振る犬だ。これを邪険にはできる人間はそういまい。
口の端が、ほんの少しだけ持ち上がる。今の宗介の苦笑だった。
「……そうだな、まずは、そうだ。俺は宗介。巾木村の宗介だ」
「そうすけ」
「ああ」
話の切り口を探した結果、宗介は無難に己の名を告げる。
するととても大事なもののように、彼女は彼の名前を舌先に転がした。
「……」
「……?」
「それで、あんたは?」
「あ!」
名乗りを促すと、ようやくそれと悟った少女が口元を両手で覆う。またしても狼狽え、困り果てる様子だった。
魚鳥木を申させたら面白いかもしれないな、などと、宗介の中に意地の悪い心が芽生える。
「えと、えっと、わたしはせん……」
動揺の挙句、千子村正と名乗りかけ、刀は慌てて口を閉ざした。
それが、自身は人外だと告白する行為に等しいと気づいたからではない。村正とは呼ばわられた不確かな名であり、呼ばれたい名ではなかったからだ。
とはいえ彼女は、呼んで欲しい名前を持ち合わせない。当然のことだ。彼女の世界には、これまで彼女しかいなかった。ゆえに名など意味がなく、それを思う必要もなかった。
刀は、己が何者であるのかを答えられない。
ずきりと、胸が鋭く痛んだ。気ばかりが逸り、舌はもつれて上手い言い抜けを紡げない。明らかにおかしな様子を晒していると、自分でもわかる。
初めて自分を見てくれた少年との時間を、刀はこれで終わらせたくなかった。
けれどそのために、一体何をどうすればいいのか。皆目見当がつかず、彼女はただしゅんと目を伏せる。
「せん」
そこへ、宗介の声がした。
ぶっきらぼうだが、やわらかな声音だった。
「え?」
「せんって言うのか、名前」
「……あ、うん。うん、そうだよ!」
呼ばれた途端、胸の内からどうしようもない熱が溢れた。
そこにぽっかり空いていた虚が満ち、歓喜の細波が震えのように全身を走る。それは、初めて自分だけのものを手に入れた高揚だったろうか。
「そう、それがわたしの名前。せんが、わたしの名前!」
勢い込んで頷く彼女に気圧された顔を宗介はして、それからまたわずかに、口の端だけでほんの少し、笑った。
心の距離がより縮まり、軽くなった宗介の舌であるが、それでも身の上を打ち明け終える頃には夜が白みかけていた。
そうも時を要した理由のひとつは、宗介の訥々とした語り口と言えたろう。
だがそれよりも大きな遅滞の原因はせんにあった。ちょくちょく疑問を挟む彼女のおかげで、話は四方に逸れ続けた。家族のこと、今のこと、好きなもの、嫌いなもの。宗介に関するさまざまを、彼女は仔細に聞きたがったのだ。
枝葉末節に固執するせんは、決してよい聞き手ではなかったろう。
けれど宗介は嫌な顔ひとつしなかった。彼にとって、そんな何とないやり取りが心地よかったからだ。
「長話を悪かったな。付き合ってくれてありがとう、せん」
語りを結んだ宗介の顔には、晴れ晴れとして見えた。
どろどろと膿んだ内心を、言語化して俯瞰できたからこその色だ。
「ううん。宗介のお話しならわたし、いつでも、いつまででも聞くから!」
応じて目を輝かせたせんの顔が、さっと曇った。宗介が腰を上げるのが見えたからだ。
それでせんは、当たり前のことを思い出してしまった。
宗介は帰ってしまうのだ。
ふたりの時間は、これでもうおしまいなのだ。
どうにか引き留めたかった。このまま彼をここに、自分の隣へ縛りつけてしまいたかった。
だがそんな仕業は不可能だ。そもそもせんは、彼に触れることすら叶わない。
それでも縋るように、手を伸ばしかけたその時だった。
座り通しで強張った体を解していた宗介が、不意に振り向いて告げた。
「それじゃあ、せん。またな」
至極当たり前のように言われて、せんはうつむきかけた顔をはっと擡げる。
穏やかな心配りの色を浮かべる、宗介の眼差しが見えた。
――どうしてこの人はこんなにも、わたしの欲しいものをくれるのだろう。
自分の名前も、次の約束も。
欲しくて欲しくて、たまらなかったものだ。見透かしたようにそれらを贈られ、くらくらと目眩のような心地に陥る。
鼻の奥がつんと痺れた。瞳に熱が溜まり、初めての涙が、ひとつ零れる。
「うん。またね。またね、宗介」
きゅっと唇を結んで嗚咽を堪え、せんはそれから花開くように笑った。
すると宗介は、何故だか怯んだように半歩退く。くるりと背を向け赤面を隠し、それから背中越しに手を振った。
幾度か振り返りつつ遠ざかる彼の姿が見えなくなるまで、せんは大きく両手を振り続けた。
名を得た刀は、それから幾度もこの夜のことを思い返した。
心に浮かべては微笑んで、同じ数だけ彼の名前を呟いた。
胸の奥がほのかに、けれどずっと熱かった。
そのためだろうか。死のような眠りは、以来彼女を訪れなくなった。
もし不意にあれがやって来て、一年や二年、或いはそれよりもずっと長く眠り続けて、そのまま宗介に会えなくなってしまったら。
そんな不安は杞憂に終わり、色づいたせんの世界は、そのまま褪せずに美しかった。
約束とも言えないの約束の通り、以来ふたりは逢瀬を重ね、親交を育んだ。
単に寂しい同士は寄り添っただけのことだ。
目に見える形の救いが生まれたではない。
けれどただそれだけで、ふたりの心はふんわりと温かかった。




