一日目 ⑧ モディアムド
真っ二つに分かれた身体が……不気味な音を立てて地面に沈んだ。
「…………」
フォーティ君がオーガと戦い始めた直後から、生き残った兵は一目散に逃げ散ったので……既に、周囲には意識を保って動く者は居なかった。フォーティ君が周囲を一瞥してそれを確認したと同時に……
― ギュルン ―
フォーティ君を包んでいた殻に隙間が拡がったかと思うと……全てのパーツが形を失って一瞬で彼の右手に集まり“聖杯”と同じ紋様を刻んだ腕輪になってしまった。そして……
「フォーティ君……しっかりしたまえ!」
意識を失ったフォーティ君の身体には……帝国兵から受けた銃創は跡形も無くなっていた。
――――――――――
「それじゃあ……この有様は……俺がやったのか??」
帝国兵の銃撃で意識を失ってから……次に目を醒ました俺が見たのは、真っ二つになった怪物と、数人の帝国兵の死体……そして縛り上げられた二人の捕虜だった。
「先生……何がなんだか分からねぇけど……アンジーやチビ共は無事なんだよな?」
「ああ……君の意識が戻らなければ君を背負って彼等の所に行くつもりだった。どうだ……立てるかね?」
俺が膝に力を込めると……想像するよりも遥かに容易く立てる事に驚いた。傷口から流れ出て服に染み込んでいた筈の血も、きれいに消えている?!
「ああ……自分でも驚きだけど……なんともねぇみたいだ……」
俺は……服に開いた弾丸の跡から指を出して先生に見せた。いったい……どうやったら身体に開いた穴がこんなに簡単に塞がるんだよ??
「君の疑問は理解出来るが……今は急がねばならん。逃げ出した帝国兵が体制を整えて引き返して来るまでに……ここを去らねばならんからな」
俺は周囲の惨状を見廻した。身体中の骨を砕かれた者……首を真後ろに捻られた者……腹を抉られて内臓が溢れだした者……そこら中に散らばる死体にはまともな形をした者は一人も居ない。俺の視線がその内の一人と重なった瞬間……
「……ゔぉ……えげおぇ………」
猛烈なムカつきと共に……胃液が逆流した。膝をついた俺はその場に腹の中身を全部ぶちまけたが……胃の中が空っぽになってもムカつきが治まらない。
「これを……俺が??」
やっと気分が落ち着いてから……もう一度先生に確かめたが……眼の前の光景が消える筈も無かった。
「……君の責任ではない。全ては私の責任だ。だが……今は本当に急がねばならんのだ。アンジー君や子供達の為にも」
(そうだ……俺がこんなザマじゃあ……)
「行こう……先生……とにかく逃げねぇと」
俺は……その場に立ち上がって……最低限の荷物を用意しようと小屋へ……
「クククッ……無駄だよ。おめえらはもう助からねぇ」
いつの間にか目を覚ましていた帝国兵が……俺達に向かって捨て台詞を吐いた。
「テメェ……」
「殺すか? 俺も?? へへ……」
腫れ上がった顔で不気味に笑う帝国兵の眼は……既にまともな人間のものでは無かった。
「おめえがどんな化け物でも……本物の“改武兵”達には絶対敵わねぇ!」
俺とクロムウェル先生は目を見合わせた。どうやらこの兵隊はあの真っ二つになったオーガの事を知っているらしい。よく見ればこの男と隣に転がっている男は、他の兵とは違う防御力の高そうな装備をしている。
「“改武兵”って何だ? お前等はいったい何を始めた??」
「よせ! 何も言うな!!」
混乱して喚き続ける仲間の声で……目を醒ましたもう一人の兵隊が慌てて制止する……が、
「本物の“改武兵”を……さっき迄そこで暴れていたイカレ中尉なんかと一緒にするなよ。奴等は人間を超えた身体に宿る獣性を高潔な軍人魂と達人の域まで昇華した精神で抑え込み、どんな困難な作戦でも必ず遂行する英傑達だ!! 彼等は……間違いなく俺達の仇を討って薄汚い裏切り者が持ち去った“古代文明の封印を解く鍵”を取り戻す……必ずな!!」
『残念だがそうはいかん』
声と同時に……生き残った帝国兵達の側頭部に矢が突き刺さった。俺とクロムウェル先生は声の主の方を振り向いて伏せた。辺りは既に宵闇に包まれつつあり、声の主であろう人影も朧げにしか見えない……
「よう……久しいな?」
(その声は?!)
聞き覚えある声と共に宵闇から進み出てきたのは……
「あんたは……買い取り屋のおっさん?!」
(ん?? 久しい??)
俺はおっさんの行動と挨拶の意味が分からず困惑する。なんせこのおっさんとギルドで会ってからまだ数時間ほどだ。
「ああ……久しぶりだなコーエン殿……」
仏頂面のおっさんが……ほんの少しだけ頷く。コーエン?? このおっさんの名前なんて初めて聞いたし……クロムウェル先生の知り合いなんてのも初めて知ったぞ。
「だから言ったろう……さっさと“環十地方”から離れろと……」
「そうはいかんのだ……亡き埼玉王の遺児である“彩の方”様を見つける迄は……」
「とっくに死んだに決まってる。燃える埼玉王城から脱出した気球の残骸は、このチチブの峡谷で発見されたんだろう?」
「気球の残骸には証拠となる死体も……王女と共に持ち出された筈の“爾今の聖骸箱”も無かったと聞く。生きて脱出した証拠だ」
「フン……峡谷の藻屑になって流されちまったんだよ。それよりどう……」
「ちょっと待てやおっさん……」
俺がおっさんと先生の会話に割って入った……俺の分からねぇ事をごちゃごちゃ言う前に……
「……てめぇんトコの下っ端のせいで……俺は死にかけた上に、帝国兵を敵に回すハメになったんだぞ!!」
「ハッ……そりゃあ“聞かれてマズい事”を不用意に口にしたおめぇの自業自得ってもんだ。だいたい……お尋ね者を匿ってた時点で“無関係”は筋が通らん」
「なんだと?! だいたい……あんたクロムウェル先生と知り合いなら従業員の密告くらい止め……」
― ギロ!! ―
「一つ言っておく……俺が曲がりなりにも“義理立て”するのはクロムウェル殿だけだ。オメェには……貸しはあっても借りはねぇ」
おっさん……おっかねえ目で見んなよ……
「コーエン殿……申し訳無いが、そうも言ってられん事態になってしまってな……」
「そいつは……どういう意味だ?」
「彼の手首を見たまえ」
「?? 何だその腕輪は?? 」
おっさんは俺の右手首にある見慣れない腕輪を見て目を細めた。
「“聖杯”だよ……理由は分からないが……聖杯は彼を主と定めたらしい……」
「………何だと!!!!」
エンプターのおっさんは俺の腕を握って……腕輪をマジマジと見つめた。
「馬鹿な……この縄紋様は……いったい何があった??」
今まで……結構長い付き合いなのに、仏頂面しか見せた事がないおっさんが……血相を変えて俺に詰め寄って来たが……
「そいつは俺の方が知りたいぜ……」
もしも……もしも気に入ってもらえたなら!!
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トランスファー “空間とか異次元とかってそんなに簡単なんですか?”
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マシニングオラクル “AIが神を『学習』した世界”
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