一日目 ④ 閃く聖杯
『ハァ~……誰も彼も……元王国民は反抗的で困ります。私としては平和的に事を進めたつもりなんですがね……仕方ない……そのガキ共を順にシメて行けば……悲鳴を上げて下さいますかね……御嬢さん?』
……不気味な笑みを顔に貼り付けた男は、もう一度葉巻を吸い込み……三日月型の口内に紫煙を燻らせた……
(まずい!!!!)
『殺………』
「止めろ!!」
男が煙を吐き出す直前……我慢の限界に達してしまった俺は繁みを飛び出していた。
――――――――――
(バカ……なんで……)
私は、瞬間的にそう思って……同時に彼の行動に納得してしまう。
「フォーティ……」
そう、彼が私達の異変に気付いたなら……そうする以外の行動は思いつかないもの……此処にクロムウェル先生を連れて来なかっただけでも上出来だわ。
「これはこれは……初めましてフォーティ君。夕食時を騒がせてすまないね。すこし君に聞きたい事があってお邪魔したんだよ」
「あんたら……帝国の兵隊サンだろ。そんなお偉方がこんな孤児に何の用だ??」
中尉を名乗る男は、唇の端に付いた血痕を、ちろりと舐め取り……これまで以上に口角を釣り上げた。
「なんでも……君は買い取り屋のクエストに描かれた“聖杯”……若しくは“聖杯”を所持している人物を知っているらしいね? 」
「………何の事だ」
彼は、未だに私達に向けられた銃をチラッと見て……短く知らないと答えた。そう……彼等が言うセイハイっていうのが何の事かは分からないけど……もし彼等の言う人物がクロムウェル先生だとしたら……
「ふう……貴方の様な無学な“元埼玉王国民”に言った所で理解出来ないかもしれませんが……時間という物は有限なんですよ」
「……どういう意味だよ? アンタの言う通りこっちは無知なガキなんでね……もう少し簡単に言ってくれないか??」
「……つまりこういう事です」
男が部下に向かって手を伸ばすと、私達に向けられた銃がその手に渡され……そのまま……もう一度私達に向けられた!!
「「「「ヒッ……」」」」
私の背後で……子供達が短く悲鳴をあげ、いや……必死に悲鳴を噛み殺して耐えているんだ。
「待て……ヤメロ!!!」
フォーティが手を伸ばして一歩私達に近づいた。その顔は真っ青で……
「ふむ……口の効き方は気に入りませんが……私は慈悲深いので、もう一度だけ聞いてあげましょう。君が知っている事を正直に話しなさい……まぁ……私としては話さなくてもいっこうに構いませんがね?」
― ガチャッ ―
そう言ってフォーティに向けた顔に……三日月型の破れ目を作って見せた男は……手に持った銃の握り手にある掛け金みたいな物を引いて見せた。
「そんな人間は知らないが……アンタらが言ってる聖杯ってのは……これの事か?」
そう言った瞬間……フォーティが懐から小さな革袋を取り出して……そのまま男に向かって放り投げた??
「なっ??」
中尉を名乗る男は……探していたセイハイらしき物が突然の目の前に現れた事に驚いて、咄嗟にフォーティの投げた革袋を受け止めようとする。その瞬間!
― ブンッ ―
「家の裏に走れ!!!」
フォーティが担いでいたツルハシを兵隊達に向かって投げつけた!! ツルハシはブンブンと回転しながら中尉を名乗る男に向かって飛んで行き……
「ヒッ?!」
男は辛うじて地面に身を投げ出してツルハシを躱し……他の兵隊達も飛び込んできたツルハシを躱そうとその場から飛び退った。
「走って!!」
私は……全員に向かって家の入口を指差し短く叫んだ。子供達は弾かれた様に入口に駆け込み……そのまま私も家の中に飛び込もうとし………
― ダンッ!! ―
私の後から……
さっきと同じ破裂音が響いて……
私は咄嗟に身を固くして……恐る恐る閉じた目を開いた。辛うじて子供達は全員家の中に入る事が出来たけど……私はその場から一歩も動けなくなってしまう。
(お願い……皆逃げて!!!)
「ガハッ」
後ろから……強く息を吐き出す音が聞こえて……思わず振り返った私の目に飛び込んで来たのは……
倒れ込んだまま……煙を吐き出す銃をこちらに向けた男と……その男と私の間で……両手を広げて立ち尽くすフォーティの姿……
私は……反射的に崩れ落ちようとするフォーティを慌てて受け止めて……その時……初めて彼の胸から溢れる真っ赤な液体を見て……
「いや…………イヤッーーー!!!!」
――――――――――
私は……彼の胸に開いた穴を必死で押さえつけて……夢中で彼の名を呼んだ。
「目を覚ましてフォーティ!!! しっかりして!!!」
何度も何度も……溢れる血で真っ赤に染まる手を絶対に離さず……彼の名を叫んだ。背後では……いつの間にか繁みから飛び出したクロムウェル先生が帝国の兵隊に紛れて大立ち回りを演じていたが……今は……
「起きなさい四零!! 起きて!! 目を瞑っちゃ駄目!!」
みるみる内に白くなる彼の顔……やめて!! お願い……まだ行かないで!!!
「……………アッ……」
何度彼の名を呼んだか……言葉にならない呻きと共に……彼の目が薄く開いた。
「ああ……フォーティ?」
もう一度……彼の名を呼ぶ……
「そう……か……俺……撃たれ……」
真っ白な顔で、私が押さえつけている胸元に視線を向けて……私の顔に手を触れようとするフォーティ……その瞬間、私の中のあらゆる感情が一気に押し寄せて来て……爆発した。
「バカ!!! 何で……飛び込んで来るのよ!!!」
私は……泣いていたと思う……もうどうしたらいいかも分からず……もっと他に伝えたい事があった筈なのに……そんな気持ちすら声に出せず……出てくるのは……ただ絶望の……
「ああ……どうして? 血が止まらないよ!!! ああ……神様!!」
彼は……私の顔にそっと触れてから……薄っすらと笑った。
(ああ……やめて!!)
「……アン…ジ……先…生が……気を……引いて……内……逃げ………ろ」
「イヤッ!!」
彼の絞り出した言葉を……即座に拒否する。嫌よ……それだけは……お願い……
「頼…む……チビども……を連れ……て…」
私はハッとした……彼が……いったい何の為に兵隊の前に立ち塞がったのかを思い出す……
「これ……も……」
彼は……血だらけの手でポケットから何かを取り出した……ブルブルと震える手には見たこともない金属の器が握られているが……
「いや……いやよ……お願い……」
私は……受け取る事を拒んだ……受け取ったら……もう彼は……
その時……一際周囲が騒がしくなったけど……私の耳には彼の言葉だけしか届かなかった。
「早…く……」
彼が早く受け取れと目で訴えたその瞬間……
― カチッ ―
……何かの音が……その瞬間……
〘 カッ!!!! 〙
彼の手の中の何かが……とてつもない閃光を放った!
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