一日目 ② クロムウェル先生
「クロムウェル先生。飯が出来たぜ」
俺は洞窟の入口から3つ目の支洞に設えられたドア(というにはお粗末な板)をノックして声を掛けた。
「ああ……フォーティ君か……帰ってたのかね? 南の遺構はどうだったかな……君の実力ならそれほど危険は無かった筈だが?」
ドアを開けて……人の良さそうな顔を覗かせたクロムウェル先生が俺の顔を見てにっこりと笑った。
(こんな見た目で腕利きの武術家だとか……手ほどきを受けてる今でも信じがたいんだよな……)
「よく言うよ。先生に聞いた変異体ってのがわんさと出て来たんだぜ?? まあ、何とか撃退出来たんだから……その通りっちゃその通りだったかも知んねぇけど」
「それは重畳。君が無事に帰って来て私も嬉しいよ。さあ、アンジー君や皆が待ってるかもしれん。食事をいただきに行こう」
俺はにこやかな笑顔でドアを閉める先生にエンプターでの事を聞くべきか一瞬躊躇ったが……やはり先に聞いておいた方がいいと決心した。
「それよりも……聞きたい事があるんだ」
俺はドアを開けて出てきた白衣の男をまっすぐ見つめた。既に齢60は超えるであろう老人のわりに背筋はしっかりと伸び、その身体は細身ではあってもきっちりと引き締まっている。本人曰く『手慰み程度』である武術も俺との組手くらいじゃ限界の片鱗すら見えない程だ。
「今日、エンプターの所で帝国兵が出したっていう木版を見たんだ……そこには……先生が俺を助けた時に使った盃が描かれてた……」
俺は変に隠し立てはせずに自分が見た事を率直に伝えた。先生は……何も言わずドアの前に佇んだままだ。
「もしかして……先生が『盃』から水を飲ませてくれた途端に俺の高熱が治ったのも……」
「ふう……」
一瞬……眼を見開いた先生は、溜息をついた。
「よく覚えていたね……意識だって朦朧としていただろうに……」
やっぱり……アレには何か秘密があるのか? 素材は貴重な金属製かも知れないが……形はどう見てもただの盃だぞ??
「一年前……先生を崖下で見つけた時から……帝国とはなんか因縁があるんだろうとは思ってた。良かったら……事情を聞かせてくれないか?」
先生は……不躾な俺の質問にも穏やかな表情を崩さず顎をさすって考え込んでいる。時間にすればほんの十数秒……
「まず……私が元々帝国に席を置く学者だった事は伝えておこう。事によったら……それだけでも君には我慢ならない事かも知れないのでね」
先生の言う事も分かる。確かに……帝国には大きな恨みがある。それでも……俺は軍人でもないクロムウェル先生にその責任を求めるほどガキじゃねぇ。
「帝国は確かに家族の仇だけどよ……だからって帝国の人間を皆殺しにしたい訳じゃないさ……」
俺の答えを聞いた先生は、いつもの柔らかい笑顔が引っ込んで……一瞬、やけに真剣な目で俺を見つめ……またいつもの顔に戻った。
「……君は強いな。復讐を望んで聖杯を盗み出した自分が恥ずかしいよ」
「聖杯?? それが先生の持ってるカップの名前なのかい?」
先生はコクリと頷くと……羽織った白衣の内側に手を入れて金属製の盃を取り出した?!
「おいおい先生、それ大事なもんなんだろ? そんなトコに入れてていいのかよ? 幾ら金属製でもその薄さじゃ転げただけで歪んじまうんじゃねえか?」
俺は呆れ顔で先生に忠告する。先生の懐から突然現れた盃は……掌にのる程度の大きさで表裏にビッシリと得体の知れない模様が刻まれたいた。
(間違いない……俺が流行り病で伏せってた時に見たヤツだ)
「こいつはそんな程度じゃ壊せないよ。こいつを発見してから……私はありと汎ゆる実験や検証を試みたが、壊すどころか傷一つ付ける事さえ出来なかったんだ」
「マジかい? 幾ら金属製って言っても……そんな薄っぺらいカップが?」
俺は先生が無造作に寄越した聖杯をしげしげと見つめた。聖杯は見た目に反して意外と重かった……
「ああ……君も知ってるだろう? 我々の足元には遥か昔に滅んだ技術文明があった事を……まあ、遥か昔と言っても推定ではほんの2600年程だが……」
何だって?? 2600年?? 俺達は確かに地下に埋もれちまった何かから様々なモンを掘り出して生活してるが……
「何で先生がそんな事を知ってるんだ?」
「調べていたからさ。私の本業は考古学だからね」
なんだって??
「嘘だろ? ……俺はてっきり医者かと……」
「……そっちの心得は戦時下で衛生兵をやっていた時の物さ」
先生の表情が少し曇る……どうやら思い出したく無い記憶らしい。
「そうなのか……驚く事ばっかりでメシの前に満腹になっちまいそうだ……結局その“聖杯”ってのは薬を作る道具なのかい?」
理屈なんかさっぱり分からないけど……俺が助かったのは事実だもんな。
「いや……それは、どうやらこの盃の本当の機能ではないらしい。なにしろ古代文明の記録は殆どが散逸してしまっているからね。だが……彼等の文明は完全に滅び去った訳では無いんだ」
「どういう意味だい? もしかしてその時代の事を伝える酔狂な誰かが、まだ世界のどっかにいるとか?」
俺は先生の前でおどけて見せる。
「残念ながら……世界は広いから居ないとら言い切れんが、私の知る限りではそんな人間は居なかったよ……」
驚いた……そんなモン本気で探したってのか?
― ゴクッ…… ―
俺は……今更ながら帝国の本気度を知って戦慄した。奴等……先の戦争で火薬銃なんてもんまで開発して周辺諸国を次々と併呑してる癖に……
「それなら……その……聖杯? に使われてる冶金技術でも探してるってのか? クエストを見る限り……奴等本気だぜ??」
「いや……この聖杯を含めて……この世界には幾つかの“聖遺物”と呼ばれる品物が存在する。それらは……古代文明が残した遺産に通じる鍵だと伝えられているんだよ」
「おいおい……いったい誰がそんな与太話を……」
俺の軽口を聞いた先生は……心底楽しそうな顔で……
「クク……私の一族がだよ。私の祖先は……どうも君の言う所の“酔狂”な人間だらけだったようでね……ああ……勿論だが直接古代文明を引き継いだ訳では無いよ。私の一族は、代々古代文明の研究を引き継ぐ形で今まで知り得た知識を伝承して来たんだ。この聖杯も……」
そこまで話した時……先生の顔に一瞬苦々しい物が浮かんだ。
「私が一族の研究成果から発掘した物なんだ……帝国の援助を受けて……ね」
そうなのか……それはつまり……
「奴等が周りの国に次々と喧嘩を吹っ掛けて周ってるのは……もしかして??」
「ああ……古代文明の痕跡を求めてだよ……まあ……それもこれも、現皇帝が周辺国家程度では満足出来ないからだがな」
― ガンッ ―
……思わず洞窟の壁面を殴りつけちまった。
「奴等……そんな下らない事で……」
……腹の底から不快感がこみ上げる。どうせ下らない理由なんだろうとは思ってたが……本気でただの征服欲を満たす為に十指に余る国々を滅ぼして回ったってのか?
「現皇帝の本当の思惑が何なのか……それは流石に分からないが……少なくとも奴等、古代文明を手に入れる為ならどんな事でも……」
先生がそこまで話した時だった……
― ダンッ! ―
……間違い無い。帝国が初めてこの街に侵攻してきた時に散々聞いた音だ。
「なっ……ありゃあ!! 銃声じゃねえか!」
現在幾つかの作品を連載中です(笑)
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