二日目 ⑤ 爾今の聖骸箱
ー パラパラッ パラッ ー
俺の放った“破壊の咆哮”は、奴ごと大地をえぐり取り……巻き上げられた大地は、塵と化して辺り一帯に降り注いだ。
「ふむ」
人とは根本的に異なる膨大な肺活量、それを高密度な筋繊維によって覆われた胸膜で極限まで圧縮し、特異な形状に変化した声帯によって発声する……
こうして放たれた咆哮は、放射状に伝わる範囲に収まるものを……粉塵のサイズにまで破砕する。
砕石舗装された関所周辺の地面すらが、風で舞い上がるほどの塵と化すのだ。こいつを喰らって耐えられる様な生き物は存在しない。
普通なら……だが。
あいにく俺をぶっ飛ばして関門ごとぶっ壊す様な奴が普通の筈がない。
それでも……
「オイオイ……マジかよ?」
以前は関所に遮られていた山風が……大量に舞う粉塵を急速に運び去っていく。
その中から薄っすらと浮かび上がる奴のシルエットは……さっきまでの軍服に着せられたガキとは似ても似つかない姿へと変貌していた。
「なんダソりゃァ?」
奴の全身が……黒くギラつく鎧に覆われている?
いや、鎧の事も不可思議だが……おかしいのはそれだけじゃない。アレが鎧を纏ったシルエットだとしても……
(明らかに身体つきが変化してやがる?!)
鍛えられてはいたが少年らしい細身だった身体が、一回り以上大きく変化している。
(どういう事だ? 奴が生身で俺を吹っ飛ばした事を考えれば……身体を人とは違う構造に変態させて能力を獲得する俺達とは違うはず??)
だが、現実にヤツの身体の厚みや手足の太さは明らかに増しているし……どう見ても身長まで大きくなっている?
「いヤ……だかラッてよぉ……?」
奴の正体はさておき……ヤツに喰らった一撃を思えば、死んでねぇだろうと思ってはいた。
だが……たとえ得体の知れない鎧を纏っているとしても、絶対の自信をもって放った技が……
「まるっキリ無傷ってノは流石に納得デキねぇぜ!?」
― ギィィィィィィイイイイインンンンンンン ―
なんだ? 奇妙な音が周囲に響いている?
そう……まるで“金属の翅を震わせる蜂の羽音”が数千、数万も集まった様な……
俺は粉塵の中に佇む奴の姿を凝視しなからある事に気付いた。
― バチッ ―
舞い落ちる大地の欠片が……奴の身体に触れた途端に弾け飛んでいる??
「ハハ……まじカヨ?? マサか……鎧を振動さセテ相殺したっテノか??」
どうやって着込んだのか……いや、そもそもそれが鎧なのか? それすら分からない。
だいたい人が鎧を纏って身体を動かすには、全身にある関節を稼働させるスペースが絶対に必要だ。
だが……奴の着込んだアレは、あまりにも奴の体格に密着しすぎている。あんな物が鎧だとしたら、まともに動く事すら不可能なはずだ。
なら黒銀に輝くアレは……鎧というより昆虫の様な外骨格?
― フッ ―
(なんだ?? 奴の姿が……消えた?)
まるで……暗闇で灯りを消したみたいに、奴の姿が消えた?!
― ゾクッ ―
その瞬間……ケツに氷柱を突っ込まれたかと錯覚しそうな悪寒が全身に走る。
「ウォおおオッ?!?」
咄嗟に……奴が居ない事が確実に分かっている前方に飛び出す。無様に地面を転げながら即座に立ち上がり、数俊前まで立っていた背後に向き直ると……
「あれ??? 逃げられちまったぞ??」
消えた筈の奴が俺の立っていた場所で右手をつき出して……何かを掴もうとしたかの様に手を握りしめている?
(俺の目が……奴を見失うだと?? あり得ねぇ! 俺の動体視力は弾丸の軌跡ですら見切れるんだぞ!)
だが……実際に、奴は移動する気配すら感じさせずに俺の背後に居た?
「ちっ……お前を適当に痛めつけて“改武兵”ってのの事を聞き出そうと思ったのによ? コレじゃ捕まえる前に殺しちまうぜ?」
何を言って……
「えっ???」
俺は……その時になって始めて、粉塵に紛れて見えなかった奴の足元に、何か棒っきれの様なモノが転がっているのに気付いた。
「なっ?!?! それは……」
粉塵が薄れ、そこに落ちている物が何なのかが分かった俺は……反射的に自分の右腕が在った場所へ視線を向けた
「仕方ねぇ……“振動破砕装甲”は使わずブチのめすしかねぇか……」
そこに転がって居たのは……
「ウッ……おおオレの……腕だと??」
――――――――――
(“振動破砕装甲”の使用を停止します)
頭に誰かの声が響くと同時に……身体の表面を覆っていた、どこかむず痒い様な振動が止まった。
どんな理屈かは分からないが……奴の口から放たれた何かが俺を襲おうとした瞬間、俺の頭の中に響いたのと同じ声だ。
ふと……意識を失っていた時に聞こえた聖杯の説明を思い出した。
―『…… 個人使用出来ルしすてむニツイテハ既ニ記憶野ニ直結サレテイル……』―
「……ちっ……訳が分かんねぇが……」
目の前には……右腕を握り飛ばされて荒い息を吐いているあのバケモノが……未だに戦意を失わずに俺を睨んでいる。
「はっ……驚イたぜ。俺に気付かせもしないで腕を……千切り取るトワなァ。こんな目にあったのは……生け好かねぇ上官にタイマン仕掛けて以来だぜ?」
なんだこのオッサン……右手が二の腕から千切れてるってのに随分と楽しそうじゃないか?
「そうかよ……じゃあその上官とかいう奴等の事も含めて色々聞かせて貰おうか? オッサンは確かにバケモンだったが……その腕じゃ流石に勝ち目はねぇって分かんだろ?」
なんだ?? 何をニヤついてやがる?
「クハハハッ!! 確かに……千切れた腕を再生するのは、ココじゃぁムリだナぁ。業腹だが──上官にねじ込んで、もう一度“爾今の聖骸箱”の世話になるとしよう」
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