二日目 ④ 人狼の咆哮
「うっ……撃て……撃ちまくれぇ!!!」
彼等の司令官を一発でぶっ飛ばし、その上、関所の大門まで砕いた俺に……激しく狼狽えた狼人間の部下達は、碌に狙いも付けず小銃の引き金をしゃにむに引き絞った。
― ダンダンダンダン ダン ダンダン ダンダンッ!!!! ―
断続する銃声と……もうもうと立ち込める煙が銃を構えた衛兵達を包む。バラ撒かれた銃弾の量は、狙いが俺だけじゃなく、俺の背後……クロムウェル先生や護衛隊長の姐さん、更に後ろの馬車まで含めているのが明白な物量だ。だが……
「止め……打ち方止め!!!」
奴等の頭ん中には、自分達が撃った銃弾で俺達がボロクズになる様子がありありと浮かんでただろう……だが、
「無駄だよ……」
俺が眼前にかざした掌……関所の衛兵達が放った銃弾は、そこに在る筈のない壁にめり込んで……空中に静止していた。
「ひっ?!」
俺は、そこにイメージした壁……俺の中に刻まれた情報からすると“力場”とか言うらしい……に添えた掌を拳の形握り込んだ。同時に周囲に浮いていた金属の礫がバラバラとその場に散乱する……
「お返しだ……」
俺は握り込んだ拳の中で極限まで圧縮された力場を……前方に向かって開放した。
― ゴォォオオオ!!! ―
その瞬間、拳から迸った何かが……衛兵達を巻き込んで渦巻いた。人も物も地面も──全てを巻き込んだソレは大穴の開いた関所の門にぶつかり、そのまま関所その物……どころかその向こうに広がる森まで巻き込んで、
「……おいおい。なんて威力だよ?」
辺り一帯をえぐり取り……根こそぎ吹き飛ばしてしまった。
――――――――――
「なんという事だ……」
眼前でもうもうと渦巻く土煙が治まり始めると同時に……背後でクロムウェル先生がつぶやく声が聞こえた。
―「うぐ……」―
―「助け……て……」―
―「俺の足……?……」―
―「…………………」―
元は国境の砦だった物の残骸に紛れてあちこちから呻き声が聴こえる。
その惨状は、先生の呟きが“自分の良心の声”じゃないかと錯覚しそうになるほどの酷い在り様だった。
俺の頭の中の何処かに刻まれたという知識から……俺はこういう結果になる事を知っていた。そして……知っていたにも関わらず躊躇いなく実行した。
「まあ……自業自得ってやつだ。なあ? あんたもそう思うだろ?」
俺が関所の瓦礫の方に声を掛けると……
― ガラッ ―
「チッ、気付イテヤガッタカ。シカモソノ能力……改武兵ノ出来損ナイデハアリ得ンナ……」
瓦礫の山が崩れて現れたのは、さっきの狼人間だった。驚いた事に……あちこち埃だらけになってはいるが、負傷らしい物は見当たらない。
(おいおい……どんだけタフなんだよ?)
「生憎……お前みたいに“人じゃ無い何か”を見るのは初めてじゃないんでな」
俺はあの“オーガ”に変身したイカれ中尉の事を思い浮かべた。ちょっと毛色は違うが……この狼人間も間違いなく人間の範疇を超えていやがる。
「……正規配属サレテイル改武兵ハ多クハ無イハズダガ……俺ノ様ナ存在ヲ何処デ見タ? マサカ、オ前ノヨウナ若造ガ遺構ノ深層二潜ッテイタトモ思エンガ……イヤ、ドチラニシロオ前ノ様ナヤツヲ野放シニハ出来ンナ」
正規配属? そう言やあのイカれ中尉は変身する前に何かを飲み込んでいたし、変身した後は人格なんか吹き飛んじまってた。
だが、目の前の狼人間は見た目こそあのオーガより更に人間離れしているが……会話が成立しているし敵味方の区別もついている。つまり変身前の意識をしっかりと保っているって事だ。だが……
「お前らの事情なんか俺が知るかよ。それより俺の力は見ただろ? お前がバケモノなのは見りゃ分かるが……尻尾巻いて逃げた方がいいんじゃないか?」
「オイオイ……ツレねぇ事言うナよ? こっちハ久々にマジでやレるのが……嬉しくて仕方ねぇんだぜ?」
なんだ? 岩が擦れてるのかってくらいのダミ声だったヤツ言葉が……急に元の声に戻ってきてやがる?
「意味がわからねぇって面相だな? まっ、とりあえず喰らってみろや?」
ー ガパッ ー
その瞬間、今迄のダミ声が普通の声に戻ったのとは対照的に……ヤツの口があり得ないほど大きく開いた?!
(あれは不味い!!)
何故そう思ったのかは分からない。ただ狼としてもあり得ないほど開かれた牙だらけの口を見た瞬間……背筋に氷を詰め込まれた様な悪寒が走った。
俺は咄嗟にさっき使った“力場”の盾を目の前に展開しようとして……
(ちっ……エネルギーが足りねぇ?!)
本能的にそれが無理な事を悟った。当然と言えば当然だが、聖杯が俺に与えた能力は無尽蔵に使える物では無いらしい。
そして、アイツが何をするつもりなのかは分からないが、俺がこのまま此処に留まれば……確実に俺の後ろに居る皆が巻き込まれてしまう!
「くそったれが!! おい俺はこっちだ!」
俺は全力でヤツを回り込む様に走り出した。幸いな事に、ヤツは俺を相手取る事に集中しているらしく、背後のみんなは無視して開ききった口を俺に向けてくる。
だが、狙いを背後の皆から逸らす事に成功したのは、ヤツの攻撃にたまたま溜めが在ったからだ。そして……その猶予は“威力のある弓は強く引き絞る必要がある”のと同じ……
つまり、俺を襲うであろう攻撃が強力である事に他ならない。そして、当たり前の事だが、俺が走るより狼人間が顔を向ける動きの方が速いに決まっている。
ー ガフォオウゥゥ!!! ー
(はぁ?!?……なんだアレ??)
狼は……その顎を限界を越えて押し広げ“咆哮”を放った。
実際には、それは一瞬の出来事だった筈だ。だが、俺の目には……それはまるで時間の流れが鈍くなったみたいに映った。
ヤツの顎を起点に放たれたその声は、当たり前だが俺とヤツの間を音の速さで進む。実際にはその音は見える筈が無い。
それでも……そこに“破壊の力”が伝わってくる事を知れたのは、ヤツと俺の間にある地面が拡がりながら文字通り塵になって行くのを視認したからだ。
(あれは……マジでやばい!!)
理屈は分からないが……アレは“力場”の盾が使えたとしても防げないかも知れない?!
「くそったれめ!!」
空間を満たす破壊の力が……俺を飲み込んだ。




