二日目 ➁ ワーウルフ
「なるほど……長野シティに駐留中の半崎外務官たっての希望と……ま、それは良いとして……この馬車の中身は何なんだ?」
――――――――――
少尉を名乗る筋肉達磨は、つまらなそうに書類を投げて寄越すと……積荷について詮索してきた。
「……秘匿物資の為お答え出来ません」
鬼童少尉の目がスッと細まる。偽造命令書の出処は、陸軍省次官が外務省からの依頼で秩父方面軍を動かした形にしてある。内容はともかく命令系統の体裁は整えてあるはず……
「あー……藤原准尉、貴官の立場はこころ得ているがな……俺の立場でソレが通らん事くらい分かってんだろ?」
「ならばこその“秘匿物資”であると認識しております……」
私は……鬼童少尉の言い分が正道であると十分に認識しつつシラをきった。そもそもこの命令書、内容以外はコーエン会頭の伝手を使って入手した本物である。ならば鬼童少尉に対して無理を通す事も不可能では無いはずだが……
「ふむ……ならば言い直そうか。お前達は血の匂いを撒き散らして一体何を運んでやがるんだ??」
そう言って……鬼童少尉は歯茎を剥き出しにして嗤った。
(……軍服に染み込んだ血臭を嗅ぎつけたか?!)
鬼童少尉の詰問に反応して背後に控えていた警備兵達に緊張が走る。そしてそれを見計らったかの様に……
「それは当然であろうな」
馬車の影から現れたのは……クロムウェル博士が連れて来た……
(フォーティ少年、出てくるにはまだ早いぞ!!)
立襟濃紺の第参種軍装には、弾けてしまった中尉の軍装から剥ぎ取った階級章が縫い付けられ、見た目は本物の下士官になっているが……
(……やっぱり彼に華族出の中尉役をさせるなんて無謀よ)
真実を知ってる私達からみればどうしても不自然さは否めない……彼には、もし関所での対応に“不測の事態が発生した場合にのみ”最低限の演技を行ってくれる様に言い含めておいたが……
(とは言え中尉の階級章ででっち上げた軍装は彼以外着れなかったのだけど……)
「ほう……万里小路中尉とお見受けする。で……この濃密な血臭をどう説明していただけるのですかな?」
「……貴官……血の匂いに敏感な割に鼻は効かんと見えるな?」
― ズシャッ ―
そう言った少年は……重そうなズタ袋を鬼童少尉の足元に放った。勢い余ってズタ袋の中から転がり出てきたのは……
「げぇっ……?!」
少尉の部下から少なくない驚愕が漏れた。そりゃあ……いきなりズタズタに切り裂かれた生首が袋から溢れてきたらいかに軍人と言えど驚きもするだろう……
「ここに達するまでに狩った野盗の首だ。確か関所から秩父街道への治安維持は貴官らの責では無かったかな? ここに持参したのは頭目の首だけだが……もう幾つか必要だったか?」
(なんとまぁ……堂に入ったもんじゃない!)
クロムウェル博士に賢い少年だとは聞かされていたけど……ちょっと予想外だわ。私達が彼の小屋で回収した帝国兵の首を持って行くと伝えた時には随分気後れしていたのに……
彼の言葉に若干鼻白んだ鬼童少尉が、無言のまま転がった首の前に進み出て首を吟味しだした。彼は血で汚れることも厭わずにその首を拾い上げると……
「仰る通り……これは小官の手落ちでありますな。ここ暫く俺の任地で野盗働きに勤しむ様な無謀な者はとんと見かけなかったんだが……」
「では……またぞろ愚民共から湧いたのであろうよ。何にしろ虫けらの駆除は私の仕事ではない。さあ、納得出来たならさっさと関を開けてもらおうか」
― スッ ―
彼の居丈高な言葉に、さっき迄とは違って無表情のまま一歩退く鬼童少尉……少年がそのまま関所の門に進もうとした瞬間……
「惜しかったな」
確かに鬼童少尉はそう呟いた。が、その言葉を吐いた筈の彼の姿は何故かその場から掻き消えていて……
(………? なんなの?)
中尉の軍装に身を包んだフォーティ少年の背中から……血だらけの貫手が生えている?
― ゴブフゥ ―
「………フォーティ君?!」
私は……間抜けな事に彼が攻撃を受けるまで鬼童の動きに全く気付けなかった。フォーティ君の受けた傷は貫いた腕に阻まれて思ったよりは出血して居ないが……どう見ても致命傷なのは間違いない。
「なかなか凝った演出で愉しませて貰ったが……お前ら盗賊ってもんを知らなさすぎる。幾ら顔を潰した所で、髪は短く整えられ、髭は今朝剃ったみたいにツルツル…おまけに……こんな臭くねぇ盗賊が居るもんかよ!」
「く……!!」
彼の身体を貫いた右手にぶら下げたまま……鬼童少尉が吠えた。半顔を返り血に染めたローブの男は手刀一つで人を貫く程のバケモノだが……
(このままおめおめと彼の身体を渡してしまう訳にはいかん! かくなる上は彼の右腕だけでも回収してここを離脱しなければ……)
即座にサーベルの柄に手を掛けると……まだ彼の死体をぶら下げた男に斬り掛かろうとした。……が、
「待ちなさい」
曹長の軍装に身を包んだクロムウェル博士が私の肩に手を掛け私を制止した。
「しかし!! このままでは!!」
フォーティ君の身体ごと“聖杯”が帝国の手に渡ってしまう。形を変えた聖杯は暫くは気付かれないかも知れないが……
「どうしたねぇちゃん?? 悪足掻きはお終いか? 俺としちゃぁもうちょっとジタバタして貰いてぇとこなんだが……なんせ大人しくされるとお前等を殺っちまう言い訳が立たねぇんでな」
鬼童少尉の後ろには既に関所に詰める衛兵達が隊列を組みつつある。
(このままでは全滅だ……こうなったら……)
「くっ……馬車を下げろ! 残りは全員で奴に斬り込む! 総員抜剣!!」
私の号令と同時に、子供達を乗せた馬車が車輪を引き摺って無理やり方向転換、同時に護衛隊でも腕利きの一人が奴に牽制の一撃を掛けようとするが……
「おお!! そう来なくっちゃな!!」
鬼童はフォーティ君の身体ををその場に投げ捨てると……
「フン!」
― グボギッ ―
「………ウソでしょ??」
牽制の為に突撃した騎馬の顔を横合いから拳で一撃……そのたった一撃で馬の首がへし折れてしまった?! 鬼童は血だらけの拳を握ったまま、背後の衛兵に……
「おめえ等は手をだすんじゃねぇぞ。久し振りノ獲物ダ。ジックリ愉シマセテモラウゼ!」
その声が途中からおかしな発音に変わって行く。普通なら訝しく思う所だが……眼の前の鬼童を見ていた私達には、突然の声変わりも全く不思議では無かった。
「…………ちょっと……聞いて無いわよ……人狼が実在するとか……だいたい……今日は満月じゃないじゃない!!」
もしも……もしも気に入ってもらえたなら!!
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