二日目 ① 鬼童少尉
三日月の掛かる街道に薄っすらと見えるシルエットと轍の音……数機の騎馬と輸送用の幌馬車が、この長野共和国との関所へ近づいて来たのは、俺と同僚の若造が歩哨を交代して暫く経った頃……そろそろ夜半も過ぎようかという時間だった。
「おいおい……どうなってやがる? こんな時間に関所に来たって開いてる筈もないのに……」
当然……こんな真夜中に関所を通ろうなんてどう考えても怪しいに決まってる。門衛をしていた俺と同僚は、近づいてくる数騎の護衛を従えた馬車に鋭く誰何の声を上げた。
「そこで止まれ!! 汝らは何者か? この時間、関は閉ざされ往来は禁じられていると知っての狼藉か?」
馬車と騎馬は……俺の誰何に合わせてピタリと止まった。こんな時間に関所にやって来るなんざトラブルの予感しかしねぇが……野盗まがいの連中だっていきなり突っ込んでくる様なバカは居ねえ……
「我々は大東京帝国陸軍、秩父方面軍第肆拾参特務部隊だ」
そう言って月明かりから篝火の届く場所へ進み出たのは……立襟濃紺の第三種軍装にサーベルを下げた下士官で……俺達みたいな一兵卒から見たら正に“お偉いさん”って奴だった。
「戦時緊急特務により長野共和国駐留外務官への秘匿物資の輸送中だ……責任者をここへ!」
こんな時間に関所にやって来るのも異例だが……准尉の階級章を胸に貼っつけて居丈高に命令してきたのは……なんと女の士官だった。
大日本帝国では基本的に男でも女でも実力さえあれば士官に任じられる建前にはなっているが……そこは軍人という職業のならいって奴で、女の尉官など滅多に見れる物ではない。そしてその滅多に見れないお偉いさんの後ろには、これまた曹長の階級章を貼っつけたジジィも居たが、こいつはこの女のお付ってところか……
正直……眼の前にいる奴等はどうにも怪しげではあるのだが……状況証拠以外……例えば軍服や階級章等はどう見ても本物だ。俺は関所付きの宿舎で寝んでいる上司を起こすべきか迷ったが……俺の同僚はまだ徴兵されたばっかりの若造で……クソ真面目な上に杓子定規な男だった。
「……夜間の関門開放は厳に慎むべしとの通達ですが……命令書はお持ちで??」
(バカがっ! 余計な事を!!)
軍帽の庇が傾いて……こちらを睨む女准尉の目がスッと細められた。
「ほう……貴官の名と階級は?」
「はっ??」
「貴官の名と階級を問うている。この特務輸送部隊隊長万里小路アリトモ中尉が副官、藤原メアリにそのような誰何を行ったのだ。実にあっぱれな胆力ではないか。そのような勇猛果敢な人材が……友邦との関所で門衛を務めるなど我々帝国陸軍にとって人材の浪費というもの……私の権限に於いて即刻最前線への移動を推挙しておこう。貴官ならば私が想像もつかない武功を納められるであろう。なに、遠慮は無用だ。即刻名乗りを上げるが良い!」
(言わんこっちゃねぇ……)
盛大に舌打ちしたい気持ちを押し殺して同僚を見ると……案の定、最前線送りを宣告された若造は真っ青な顔で口をモゴモゴさせている。
(しかたねぇ……クソ生意気だが、やっと補充された人員だ。こんなヤツでも居ないよりはましか……)
― カッ ―
俺は瞬時に覚悟を決め……陸軍式の最敬礼を施す。鋭く鳴る軍靴の音は数少ない俺の特技で……同僚の間では“なかなか堂に入った物だ”と評判の所作だ。
「准尉殿! お話遮る無礼をお許し下さい!」
「ほう……許す! 話せ!!」
「閣下の仰る通り、このブランド二等兵は新兵の中にあって実に勇猛果敢な勇士であります! 現在長野共和国は友邦でありますが……一朝事ある時は、この関こそが最前線となり、我等こそが護国を司る最初の刃となりましょう。ならばこそ……あたら優秀な兵が減るは我等が責務にとっては一大事……」
正直……これで駄目なら俺に打つ手は無い。哀れなブランド二等兵は間違い無く東北方面軍の最激戦区送りになるだろう……その時は……
(自分の器量で生き延びてくれや……)
俺は直立不動のままで敬礼の姿勢を崩さない。
「貴官の名と階級は??」
「ハッ、帝国陸軍長野方面軍国境警備隊、ダリオ高坂一等兵であります!」
「ふむ……彼は……」
准尉は……剃刀顔負けの鋭い視線でブランドを撫でた。その時の視線ときたら……それこそブランドの顔に斜めの傷が走っても俺は驚かなかっただろう。
「それほど得難い勇者であると?」
「左様であります!」
「ふむ……」
ブランドの野郎……アワアワしてんじゃねぇ!! 俺は准尉が視線を外した隙に野郎のスネに気合を入れてやった。思わず口を突きそうになる痛みを何とか堪えきったブランドのバカは、俺の意図を理解して自分も最敬礼の姿勢を取った。
(手間ぁかけさせるんじゃねえよ!)
「なるほど……それは詮無い事を言った。貴官の見事な敬礼に免じて彼の人材の登用は諦めるとしよう……今後も油断なく防衛に当たる事を切に期待する!」
「ハッ!! 一命に替えて……」
「うむ……それでは、門扉の開放を行って貰おう……」
「おっと……そいつは少々急ぎ過ぎってもんだぜ??」
俺の背後からよく通る声を響かせて現れたのは……
「隊長!!」
宿舎で寝ていた筈の……長野方面軍国境警備隊隊長だった。
――――――――――
「まったく……こんな夜中に何やってんだおめぇら。こちとら昼日中からくだらねぇ書類仕事に追い回されてよ、飯と閨くらいしか楽しみが無ぇってのに……」
ぶつくさと愚痴を溢しながら関門の詰所から現れたのは……大日本帝国長野方面軍国境警備隊隊長、鬼童ジン少尉だった。
(ちっ、また商売女を連れこんでやがったな……)
下穿き一つにはだけたローブを羽織って現れた男は……鎧など不要だと言わんばかりの筋肉を頑強な骨格に限界まで搭載しており……どんな人間でも一目で“極めて高い武力の持ち主”だと理解出来る人物だ。
― カッ ―
隊長が現れた瞬間……藤原准尉とそのお付の爺さんは、俺のお株を奪う様な軍靴の音を響かせた。
「お初にお目にかかる……我々は大東京帝国陸軍、秩父方面軍第肆拾参特務部隊であります。戦時緊急特務により長野共和国駐留外務官への秘匿物資の輸送任務を遂行中につき、関門の夜間開放を許可願いたい」
「ほう……それはやっかいな事だな。で……緊急開放の命令書はあるのか??」
「………これに……」
藤原准尉はお付の爺さんから封蝋を施された羊皮紙を受け取ると一歩進んで鬼童少尉にそれを渡した。
(なるほど……流石に身分をかさにきて階級を蔑ろにするほど馬鹿ではないらしい……)
例え彼女が華族の血筋だろうと、そして彼女の主家の家格がどれほど高かろうと……軍の規律に従うなら、当然“階級”が最優先される。彼女もそれは弁えている様だ……
(だったら最初から出せってんだよ……)
彼女からすれば俺らの様な一兵卒に大事な命令書を渡すのは憚られたのかもしれんが……
「なるほど……長野シティに駐留中の半崎外務官たっての希望と……ま、それは良いとして……この馬車の中身は何なんだ?」
もしも……もしも気に入ってもらえたなら!!
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