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私と、幼馴染と、  作者: 円寺える


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82/122

第82話

「そういえばわたくし、優さんにアドバイスをしてあげましたわ」


不意にそんなこと言われた。


「アドバイス?」

「えぇ、ちんたらしてると他の女にとられるぞ、という意味を込めて」

「ふうん」

「もう少し喜んでくださるかと思いました」

「別にー」


優は案外腰が重い。

発破をかけても行動を起こすのが遅い。

優が俺に抱いている感情は恋愛に似たものだと思うが、いつまでもこの状態であるのには飽きてくる。かといって、いきなり恋人になるのも違う気がする。

「俺、優のことが好きなんだよね、付き合ってよ」「分かった」と、あっさりしたものになるだろう。違う、そうじゃない。その会話だけだと、付き合ったとしても今のこの関係と同じだ。もっと縛り付けることができるような何かが欲しい。


「空さん、わたくしの話も聞いて下さらない?」

「ん、何?」

「わたくし、今犬を飼っていますの。一生懸命躾もしているのですが、あまり懐いてくれなくて困っています」


普段言えない愚痴が飛び出すのかと思いきや、意外な話に驚く。


「へえ、躾の仕方が悪いんじゃないの?」

「ですから、優さんをあそこまで躾けたあなたの意見を聞きたいのです」


あれは躾けたわけではない。全否定はしないが。

小さい頃から一緒にいたので刷り込むのは簡単だった。

物心つく頃に「これが普通だ」と言えば、そうなのかと納得していた。


「自我がはっきりあるなら長い時間躾けないとね」

「あまり時間はないのです」

「じゃあ力尽くでねじ伏せるまでだよ」

「野蛮なことはしたくありませんわ」

「はぁ?どうしたいわけ」


こいつの言う犬とは恐らく人間の雄だろう。

気に入った男でもできたのか。

そういえばこの前見合いをしたと言う話を噂で聞いたな。そのときの見合い相手のことか。


「気に入らないのです」

「何が」

「他の女とわたくしを同等に扱っていることが、ですわ」

「はぁ?」

「わたくしは婚約者ですわよ、それなのに他の女と同じ態度だなんて許せませんわ。いいえ、同じ態度どころか、わたくしに畏怖の念を抱いていますの」


ギリッと唇をかみしめる目の前の女は、どこからどう見ても嫉妬に狂った人間の顔だ。


「そこまで想うなら、早く縛らないと」

「分かっていますわ、そんなこと」

「お前の演技が下手なんじゃない?」

「そんなわけありませんわ。完璧なお嬢様を演じています。ボロは絶対に出していませんわ」


俺もそうだが、こういう人間には二種類いる。

一生取り繕って通すか、素を随所に出すか。

一条院は前者の人間だ。ボロを出したら最後、相手によっては嫌われてしまう。

怖がられているのなら、一条院が好意を寄せている男はそういう奴なのだろう。ボロを出せば、嫌われる。


「あの女共を消すしかありませんわ」

「おいおい、怖いこと言うな」

「あなたにだけは言われたくありません」

「ふん、女を消して自分のモノになるんだったらやればいいじゃん。俺もやったことあるけど、そのときは上手くいったし。でも、お前の場合はどうだろうな」

「何が言いたいのです」

「その男がお前を怖いって思ってるのは、何でだろうなぁ。もしかしてバレかけてんじゃね?隠しきれない本性が」


その状況で女を消しても「まさか一条院姫子がやったのでは」と疑われ、更に恐怖を与えるのがオチだ。


「チッ、仕方ないですわね。これからは刺激も多く与えてみます」

「へえ、やってなかったんだ」

「えぇ、まずはわたくしの清らかで美しい部分を全面に押し出しましたから。でもそろそろ良い頃合いですわ」

「そだね」


久しぶりに話をしたがこいつも相変わらずだ。


「では、住之江さんのことに関してはお任せを」

「うん」

「今度はわたくしの役にも立ってくださいね」

「見合った物ならね」

「ふふ、いつか、わたくしに恋する爽やかイケメンの役をお願いしようかしら」

「場合によってはその男、身を引くかもね。自分より顔の良い爽やかくん相手だと勝ち目はないし」

「問題ありませんわ、そのときは今以上に躾が行き渡っている予定です」


さっきはあんなに嫉妬していたくせに、もう強気だ。


「では、もうそろそろ帰ります」

「ばいばい」

「あなたは?」

「なんか俺の家の前に住之江がいるみたいだから」


携帯に表示された優からのメッセージにそんな内容が書かれていた。


「まあ、怖い」


揶揄うように言って席を立った一条院は携帯を取り出し、どこか楽しそうに笑った。


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