第77話
「ところで優さん、わたくしずっと思っていましたけど」
暫くお互いの高校生活を語った後、姫子ちゃんは思いついたように言った。
「何?」
「わたくしが空さんのことを好きだと、思ったことはありませんの?」
その質問はまさに晴天の霹靂だった。
そんなことを露にも思っていなかった私は、口を開けて驚愕した。
確かに、そう言われれば空と姫子ちゃんはお似合いに見える。
しかし、私の中で二人がそういう関係になることは絶対にありえないことだった。
お似合いだなと思うことはあっても、実際にそうなる確率はゼロだと確信していたからだ。
理由という理由はないが、私の中でこの二人は絶対に一緒にはならないと、そんな確信があった。
その話をまさか姫子ちゃんの方から持ってくるとは、思わなかった。
「ど、どうして?」
「空さんとわたくしは深い仲だと思っておりますの。もちろん、空さんにとっては優さんとの方が深い関係でしょうけれど」
もしかして、姫子ちゃんは空のことが好きなのか。
だから、傍にいる私が邪魔だと思っているのだろうか。
いや、それはない。それはない。ありえない。
だってそんなの、なんでって、ありえないから。
「姫子ちゃんは空のことが好きなの?」
「そんな次元の話ではありません」
にっこり微笑む姫子ちゃんの真意が分からない。
「もし、わたくしが空さんを好きだと言ったら、優さんはどうしますか?」
どう、って。
分からない。
「わたくし、欲しい物は何だって手に入れたくなる質なのです。そのためなら手段は選ばないつもりですわ」
それはつまり、空が欲しいということか。
まさか。姫子ちゃんが。
姫子ちゃんなら空でなくても、もっと良い男を捕まえることができるだろう。
何も空じゃなくても。
「え…あ…」
勝てるか、姫子ちゃんに。いや、無理だ。
容姿も性格も家柄も、すべてにおいて私は劣っている。
しかし、空が姫子ちゃんを好きになるかと問われれば、否だ。
きっと空は姫子ちゃんを好きにならないだろう。
根拠はない。
姫子ちゃんに対する空の態度は他の女に対するものと少し違うような気がしていたが、それが恋愛に発展するものではない。
「うふふ、困った顔も可愛らしいですわね。安心してください、今のは冗談です」
「じょ、冗談」
「久しぶりに優さんとお話ができたんですもの、少し気分が高揚していたようですわ。気を悪くされましたか?」
「え、と、ううん」
冗談、冗談か。そっか。そうか。
焦りか、緊張か、よく分からない胸の動悸が暫く続いた。
「見ていてもやもやしました。お二人は両想いでいらっしゃるようなのに、何故かお付き合いされていない。わたくし、とってももやもやしました」
「も、もやもや….」
「何故、お付き合いをされてないのですか?」
何故か。
別に、私はこのままでも。
それに、私が空に抱いている感情が恋愛かどうかなんて、どうやったら分かるのだ。
空とは長い付き合いだし、その辺の女よりは空のことを理解している。嫌いか好きの二択であるなら好きだ。だが、それが恋愛感情だなんて、どうやって確かめるというのだ。
胸の高鳴りなんて、空は美形だしドキドキするからあてにならない。
私に優しいのなんて、昔からだし。
私が抱いているこの感情は、ただの独占欲かもしれない。
ずっと一緒にいたのに、横から別の女に奪われるのは気に食わない。
それに、もう何年も隣にいるのだから今更離れるなんて考えられない。
「優さん?どうかしましたか?」
「何でもない」
「わたくし、今日は意地悪が過ぎますね。ごめんなさい。優さんたちは優さんたちのペースがあるというのに、わたくしったらつい」
「ううん、大丈夫だよ」
「ありがとうございます。高校生になると恋愛話で盛り上がるのですね。学校でも毎日恋愛話をしていますの」
「そうなんだ、なんか意外」
「婚約者やお見合いなどの話ばかりですわ」
さすがお嬢様。私たち庶民の高校生がするような恋愛話とは一味違う。
婚約者って、まだ高校生なのに。
お見合いとは、結婚に困った人たちがするものではなかったのか。
「わたくし、今日は優さんとお話がしたかったのは事実ですが、本当は忠告をしたくてお会いしましたの」
「忠告?」
何だろうか。
怪訝な顔で姫子ちゃんを見るが、相変わらず優雅に紅茶を飲んでいる。
話の流れから、あまり良いものではなさそうだ。
「優さん、欲しいものは早い段階で自分のモノにしなければ、誰かに掠め取られますわよ」
普段より鋭い声色で忠告する。
「これだ、と思ったモノはそのときから仕掛けなければなりません。戦いはもう始まっていますよ。それと放し飼いは、おすすめしません」
その言葉の後、紅茶をすべて飲み干したようで、鞄を掴み帰る準備を始めた。
「あまり長く優さんのお時間をとると、空さんに怒られそうですからね」
「....さっきの忠告って、どういう意味?」
「お分かりではなくて?」
「……気を付ける」
「えぇ、是非そうしてください。今日はありがとうございました、とても楽しかったですわ」
「私も」
「また、お会いしたいです」
そう言って姫子ちゃんは店を出て行った。
結局、姫子ちゃんが私に会いに来た理由は分からなかった。
ただ話がしたかっただけ、ではないだろう。
最後の顔付きや、雰囲気からして恐らく忠告をしたかったのだと思った。
私と会話がしたかったことも嘘ではないようだったが、七割は最後が言いたかったのだと思った。
彼女は中学の頃からよく分からなかった。
変な違和感が拭えない。
そして彼女は今日も、相変わらずだった。




