第73話
「今日、いたでしょ」
目にゴミが入ったような気がしたので、空の部屋で鏡とにらめっこしていたら不意にそんなことを言われた。
「何が?」
「ゴミ捨ての途中だったのかな?」
ゴミ捨てと聞いて思い当たることがひとつあった。
「住之江さん?」
「そう。やっぱりいたんだ」
「うん」
あ、なんか目の中に黒いものが入ってる。やっぱり。何か痛いと思ったんだよね。
せっせと目の中に入った一ミリもないそれをなんとか取ろうと、ティッシュを掴んで奮闘する。
「空がどっか行ったあと、住之江さんにもバレた」
「あっはは。だって音がしてたからね、そりゃあ気づくよ」
「見られてるって知ってて告白したんだ。そういう趣味なのかな?」
「優なんかより俺に夢中で、どうでもよかったんでしょ。折角告白するチャンスを掴んだんだし」
「へえ」
「俺と遭遇しようと必死だったみたい。今日会った瞬間、やっと見つけたって言ってたし」
「へえ」
「......なんでこっち見てないの」
「だって目にゴミが入った」
空の顔を見る余裕はなく、必死こいて目の中に入った黒いものを除去しようとティッシュと鏡を持って頑張っているのだ。
何でこっち見ないの、と言われても見る余裕はない。むしろ今会話しているだけありがたいと思ってほしい。
しかし、空からすれば私のその行動が気に食わなかったのだろう。鏡とティッシュを取り上げられた挙句、顔を無理矢理自分の方へ向かせた。
「ちょ、なに」
「俺がやるよ」
「え、やだよ」
「やる」
「やだ」
「やる」
「...だって怖いじゃん」
「やる」
ちょっと怒っているようだ。なんなの。いつもなら私がゲームしながら会話しても何も言わないのに。
「上向いて」
ベッドに座る空と地べたに座る私。私が上を向き、空が私の目をいじろうと手を伸ばす。
うわ、怖い。無理。
「ちょ、ちょ、本当に怖い」
「大丈夫だって」
そう言ってティッシュで私の目玉をつつく。
まあ、大して痛くはないけど、怖い。
「コンタクトだって目の中に入れるもんでしょ。だからティッシュくらい大丈夫だって」
「ティッシュだろうがなんだろうが、自分でやるのとされるのじゃ、違うの」
びくびくしながら空に目をいじられる。
あー、怖い。
「あ、取れそう」
「もう、早く取って」
「取れた」
思ったより早く除去してくれたようで一息つく。
「優を困らせたゴミは俺が取らないとね」
「は?」
そこまで困ってなかったんだけど。というかむしろ、空が余計なことをしたことに対して困っていたというか。
「もう、本気で怖かった」
空にぶつぶつ文句を言っていると、携帯に電話がかかってきた。
「優の?」
私の携帯と空の携帯が並んで机の上に置いてある。その上、空と私の携帯の機種は同じだ。着信音も特別変えていないため、鳴っている音でどちらのものか判別できない。
私はどちらの携帯が鳴っているか確かめるべく、自分の携帯を見る。
「あ、私だ」
よくよく電話の相手を見ると、中学のときの友達だった。
「姫子ちゃんだ」
姫子ちゃんは中学のときにできた友達で、聞いても私にはよく分からなかったのだが、スケールの大きいどこぞのお嬢様らしい。
いつも制服は綺麗で、良い匂いがして、身の回りのものがすべて綺麗だった。
彼女自身も美しく、見た目も中身も喋り方も全身からお嬢様オーラが半端なかった。
そんな彼女とは高校へ入り、あまり会っていない。入学当初、連絡はほんの少しだけしていたが、最近ではそんなこともなかった。
「姫子?一条院姫子?」
「そう、姫子ちゃん」
「ふうん」
待たせるのも悪いと思い、空と会話が終わるとすぐ電話に出た。
「もしもし?」
何の用事だろうか。久しぶりで少し緊張する。
『もしもし?』
女の子らしい、高い声。懐かしい。
「姫子ちゃん?」
『優さん、お久しぶりですわね』
「うん、久しぶり」
『今、お時間よろしいですか?』
「大丈夫だよ」
あぁ、その喋り方も懐かしい。中学のころから変わってない。
中学のとき、姫子ちゃんは浮いていた。
同性から「何その喋り方、ウケる」と言われて浮いていたが、本人は微塵も気にした様子がなく自分のスタイルを貫いていた。
『いきなりですが、優さんはいつが空いてますか?わたくし、優さんとお出かけしたいのです』
「えっと、今週の土日なら空いてるよ」
『まあ、本当ですか?では日曜日にお会いしましょう。いきなりで申し訳ないですわ』
「全然大丈夫」
『ありがとうございます。高校に入学して二年目ですし落ち着いてきましたので、優さんとまたお話がしたいと思っていましたの』
姫子ちゃんはとても可愛らしい女の子であり、品のあるお嬢様なのだ。
私は彼女のことが好きだし、尊敬している。空と同じく完璧な人間なのだ。
中身もできているし見た目だって美人だ。
高校生になってから会う機会は格段に減り、最後に会ったのは高校一年の六月だったと記憶している。あれから一年は経ったので、きっと美人に磨きがかかっているはずだ。
「じゃあ、日曜日ね。うん、こっちこそ誘ってくれてありがとう」
その言葉に最後に電話を切った。
「一条院さんと日曜に会うの?」
「うん」
「ふうん」
空は目を細めて私の携帯を見た。




