第69話
頑張って昼食を作ると空は嬉しそうにしてくれた。それがなんだか照れくさくてそっぽを向いた。
健太くんはやはり空が良いのか、ずっと空の膝の上に座っている。
顔か、顔がいいのか。綺麗な顔の人間
空がやってくるまでは私に懐いていたのに急に空の方へ行くものだから、私は少し寂しい。
「そぁー」
「うん?」
空が笑顔で「なぁに?」と聞くと、きゃっきゃとはしゃぐ。
顔か、顔がいいのか。結局子どももそうなのか。
空に健太くんを奪われたような気がして私は寂しい、ような気がする。
健太くんはまだ上手く箸を扱えないので、空が食べさせている。
なんだかなぁ。
もし空と結婚して子供ができたら、その子供は私よりも空に懐くのかな。そんなことを想像しながら、目の前の光景をぼんやり眺める。
外見も中身も完璧なお父さんに対して特に何の取柄もないお母さん、どちらがいいかなんて考えるまでもない。
そう思うと、空の奥さんになるのは大変そうだ。
自分が腹を痛めて産んだのに、「パパがいい」と駄々をこねられたらさすがにショックを隠せない。
「お昼ご飯食べたら、お昼寝しようね」
そう言って健太くんの頭を撫でる空。
私はあまり気分が優れない。
胸の辺りがもやっとし、二人を見つめる。
「ん?何?」
私の視線に気づきこちらを気遣う空だが、なぜか更にもやっとする。
「別に」と素っ気ない返事をする。
口が小さいため、時間をかけて昼食をとった健太くんと空の二人はリビングへ向かった。
きっと、さっきまで見ていた幼児向けアニメの続きを見るのだろう。
食器を片付けようとした空の裾を引っ張って「おれと遊べ」の意を伝えた健太くんに困っていた空だが、私がやると言えばその言葉に甘えた。
いつもなら「俺がやるよ」と言うのだが。
脱力した私に気づくことなく、二人は今楽しそうにテレビを見ている。
食器をかちゃちゃと音をたてて洗い、テーブルを拭く。
普段家事をしない私が食器を洗うなんて、明日の天候は悪くなるな。
片づけも終わり、私は空たちの元へ行く。
アニメを見ていたはずの健太くんはどうやら寝てしまったようで、気持ちよさそうにすやすやと寝息をたてている。
「寝たの?」
「うん、布団敷いてくるね」
そう言って和室に行き押し入れから布団を出すと、空は軽々と健太くんを運ぶ。
私は健太くんの寝顔を眺めながら、そういえばなんだか空が避けているような気がするな、なんて思う。避けられているのではなく、健太くんの世話をしているのだから、当然二人だけで仲良く話すなんてできるわけがなくて。
健太くんも健太くんで、あっさり空に懐いているし。
ちょこんとソファの端に座って、子ども向けのアニメをぼーっと見つめる。
空が戻ってくると私は当然のように、隣に座ってくるものだと思っていた。しかし空は私の隣に座ることなく健太くんの服を用意したり健太くんが散らかした玩具を片付けたりと忙しそうだ。
「んあー!」
今寝たばかりなのにもう起きたのか、健太くんの高い声がした。
空は作業を止めて健太くんの方へ向かう。
初めて来た家で寝付けないのは仕方がない。
「優、そこ、片づけてくれる?」
「え?うん」
「ありがとう」
和室からひょこっと出てきて私に頼む空に、どうしようもない気持ちが現れた。
さっきから健太くん健太くんって、健太くんのことしか頭にない空に腹が立っているのだ私は。
いつもは私のことを考えて行動してくれる空に、怒っているのだ。
今までこんなことはほとんどなかった。
空が自主的に誰かを構うなんてことはなかったし、私だってこの感情を持つような相手はいなかった。
今回は、相手が悪かった。まだまだ幼い男の子で、空が構うのは当然といえば当然なのに。私は幼い健太くんに、空がとられたと思い腹が立っているのだ。
なんと幼稚なのかと自分でも思う。
言葉もろくに分からない子どもに、私は嫉妬している。
そうだ、嫉妬だ。
私に懐いてくれていた健太くんが、あっさりと空に乗り換えたことに対して腹が立っているのかと思った。私に懐いていたのに初対面の空にばかり気がいくなんて。と。
そう思い呑み込もうとしても、どうしても納得できない自分がいた。
そして漸く、私は空にではなく健太くんに嫉妬しているのだと悟った。
馬鹿だと思う。
空に構ってほしくて、自分から態々空の元へ足を運んでいるなんて。
和室の扉は開いており、そこから中の様子を窺うと、寝ている健太くんの横に座っている空と目が合った。
「優?どうかした?」
「……」
構ってほしい、なんて。そんなこと言えない。
言葉が見つからず黙り込む私を至極楽しそうに、言った。
「黙ってたら分からないよ?」
私は唇を噛みしめ、そして一度力を抜き、部屋の中へ入った。
空はすべてを分かっているような顔で私に「どうしたの?」と訊ねた。
プライドが邪魔をし、正直に言えない。
「別に」
不機嫌な態度になってしまったが、空は気にすることなく「そっか」と笑みを深くした。
二人並んで寝転ぶと、くすくす笑う空の声が癇に障り、足で軽く蹴った。
「健太くんが帰ったら、構ってあげるからね」
私の苛々を増長させる言葉を無視し、壁を向いて目を閉じた。
まるで私が子どもみたいじゃん。




