第56話
親友がこの前告白したのに何故お前は覚えてないんだ、と言われて馬鹿正直に「数えきれない程の告白をされているのでいちいち覚えてません」だなんて答えられない。
これは空も苦戦しているのではないかと思い、その間に割って入った。
「空、終わったよ」
会話をぶった切るように、音を立てて扉を開けた。
空はこちらを振り返り「あ、終わったの?」と嬉しそうに言った。
ここに居たくない帰りたい、という気持ちがその笑顔だけで伝わってきた。
瀬戸先輩はというと私が入ってきたことが嫌なのか、眉間にしわを寄せて睨みつける。
「あ、お話中でしたか?」
「そうよ、見て分からない?」
こいつ。
だめだ、どうも腹が立つ。
自己中心的で言い方に棘があるのは昔からなのか、これでは友達もなかなかできなかっただろうに。
あぁ、だから親友の内海先輩に執心なのか。数少ない友達だから。
「あ、じゃあ先輩、この後私たち用事があるので失礼します」
このままここにいるのは、なんだか空が可哀想だ。
振った女の顔を覚えていなかった、なんて話を蒼井空が言えるはずもないし。
「ちょっと待ちなさいよ、今はあたしが蒼井と話してたのよ」
「でも私たち用事があるので、急がないと」
「その前に話をしていたのよ」
頑固だ、どこまでも頑固だ。
自分の意志を通すまで粘るタイプの人間か。
何と言って退場するか思案していたとき、上履きでパタパタ走る音が徐々に近づいていた。
誰かが来ると空も先輩も悟ったようで、静まり返る。
扉の方を見やると丁度、女子生徒が今来たようで少し息を切らしていた。
「夏美、ここにいたんだ」
内海先輩だ。なんというタイミングの良さ。
これで帰れるかも。
「あ、茜?どうして…」
「夏美が最近蒼井くんのこと見てたから、もしかしてと思って」
驚いて目を丸くする瀬戸先輩。
「もう、こういうのやめてよ」
顔を赤くして涙ぐむ内海先輩の心情はなんとなく分かる。
今、彼女の中にあるのは羞恥心しかないだろう。
空はというと、特に変わった様子はなく二人を眺めている。
私としては早く帰りたい。
「蒼井くんがわたしのこと覚えてないのだって、仕方ないよ。すっごいモテるんだから知らない人からの告白なんて記憶になくて当然だよ」
「で、でも」
「気持ちは嬉しいけど突っ走りすぎだよ、わたしは蒼井くんに好きだって伝えたかっただけで付き合いたいなんて思ってないもん」
内海先輩は瀬戸先輩に比べ、賢そうだしその辺りのことはきちんと理解している。
こういう健気な女の子のポイントは高く、守ってあげたくなる男が多いはずだ。
その華奢な肩を抱き寄せて自分の胸で泣いて欲しい、そう感じる男子は大勢いることだろう。
「蒼井くんも、ごめんなさい。夏美、帰ろう」
恥ずかしさのあまり空の目も見ることができないのか、瀬戸先輩の腕を掴んで俯きながら空き教室を後にした。
呆然と立ち尽くす私と空。嵐が去って教室に静寂が訪れる。
先輩の一件は、これで片付いたのか。
「......帰ろうか」
「.....そうだね」
嵐のような先輩だった。
学校から帰り、空の部屋でゲームをするも、頭の中は呆然としている。
嵐の余韻が残っている。
先に脱出したのは空だった。
「あのさ、何だったの」
「さ、さぁ」
「え、終わったの?」
「さぁ」
「つまり、親友の敵討ちにでも来てたってこと?」
「多分」
随分と迷惑な人だった。
空も被害を被ったが一番は内海先輩だ。私が内海先輩の立場だったら死ぬ程恥ずかしい。
学校のアイドルに告白するも振られる。ここまでは、まあいい。アイドルに告白なんて、玉砕を覚悟した上でのことだ。しかしその後、親友がそのアイドルに「私の親友を振っておいて覚えてないってどういうことよ」と怒鳴りながら詰め寄るのだ。恥ずかしい以外に何がある。私なら勘弁してほしいところだ。
空は携帯をいじりながら、無言でいる。
きっと空の中で瀬戸先輩の印象はマイナスだろう。
あれだけ敵視された上に、謝罪の一つもないのだから。
もう彼女に興味はないと思うけど、というか、最初から興味がなかったかもしれないが、とにかく瀬戸夏美は最悪の女として空の中に刻まれた。
「あのさぁ」
無言だった空がいきなり話しかけてきた。
「何?」
「あの先輩誰?」
「どっち?」
「あー、今日で会うの二回目の方」
「内海茜先輩」
おや、まさかそっちに興味があるのか。
「ふうん、俺、振ったの?」
「知らない」
「んー、やっぱ記憶にないなぁ」
ふわふわと曖昧な顔の女たちを想像しながら内海先輩を探しているようだ。
私だって空が誰に告白されて誰を振ったなんていちいち把握していない。私が知っている範囲でなら、多少は知っているが。その中に内海茜なんていない。
「ふうん、まあ、もう関わることないかな。その、ウツミ先輩って俺に合わせる顔なさそうだし」
「そうだね」
嫌な奴だ。
彼女の心情を理解しているのに、あの場で何もフォローをしなかった。
空らしいといえば空らしいが。
そんな酷な行為を私にはしないでほしいな、と心の片隅で思った。




