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鏡のない世界  作者: 痛瀬河 病
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世界に普通なんてなくって

 放課後、俺はある廊下に立っていた。

 そこは人通りが少なく、将棋部の部室に行くには通らなければならない廊下。

 つまり、橘が通る廊下。

 俺は目の前のクラスメイトに声を掛ける。

「よぉ、橘」

「……」

 橘は俯いたまま返事をしない。

 明らかな会話の拒絶。

 俺は考えてきた言葉が飛びそうになる。

 でも、ここで橘の力になれないのなら俺は何の為にここに立っているのかわからない。

 

「……俺、知ってるよ」


 ビクっと橘の全身が揺れる。

 俺は続けた。


「……俺、橘の力になりたいんだ」


 その言葉を聞いた彼女の眼には温かいものが滲む。

 

「……私はあなたとは違う……あなたじゃ私はわからない」


 彼女の濡れた瞳の奥にある薄暗い感情に俺はたじろぐ。


「……そんなこと」


 その怯みに付け込むように、彼女の感情は堰を切ったように溢れ出す。


「高貴なお家柄に、クラスの人気者、その上イケメンで、私のような日陰者にも優しい。

最近じゃ御三家仲間の掛宮さんとも仲がいいみたいじゃない! 何それ⁉ 私とは何もかも違う‼ むかつく! むかつく! むかつく‼」


「…………そんなことないよ」


「もう知ってるんでしょ! クラスで私が『ブス』だって言われてること! みんながそう言うなら、そうなんでしょうね! 笑っちゃうね!」


「……俺はそうは思わないよ」


「それが本当だとして、秋篠君一人がそう思ったところで何の意味もないよ。世界は多数の意見が絶対でしょ!」


 みんなが、みんな何かが足りない。多分俺たちは一生その苦しみから逃れられずに生きていくのだろう。

 それが神様が俺たちに与えた試練。

 どうしようもないのだ。

 でも、だからといってその足りないものを持っている他人を見つめて生きていくだけじゃあまりにも悲しいじゃないか。

 誰かと手を取ろう。

 この人を助けたいと思う人の手を取ろう。

 この人に助けられたいと思う人の手を取ろう。


 気付けば俺は橘を抱きしめていた。


「……放して」


 その言葉に力はない。

 俺は囁くように呟いた。

「なぁ、橘。俺、顔はあんまりカッコよくないみたいだぞ」

 俺は掛宮の描いた俺の人物画と掛宮の微妙な表情が浮かぶ。

「……そんなことないでしょ……初めて席が隣になった時、あの日私に話しかけてくれた秋篠君は今まで見た誰よりもカッコよかったよ」

 その言葉はとてつもない嬉しさと同時に、俺の心の深いところに突き刺さったような気がした。

 そうか、そんなものなのかもしれないな。

 美醜なんて、こんなにも簡単にひっくり返してもらえるんだな。

 俺は世界中の人間にカッコいいと思われたいわけじゃなかったんだな。

 彼女のその言葉を聞ければ、胸の中は一杯にしてもらえるんだな。

 今度は俺の番だ。


「橘、お前は世界一綺麗だ。俺が保証するよ」


 この感情になんて名前を付けよう。


 胸の中で橘は顔を上げた。

 橘の顔が至近距離にきて、鼓動が早くなった。

 思えば随分と大胆なことをしたものだ。

 彼女の顔が緩み、彼女の綺麗な瞳が宝石のように輝く。


「……ありがとう」


 あぁ、少し謎が解けたかもしれない。

 日頃顔を伏せがちな彼女のこんな綺麗な瞳をみんなは見たことがないのだろう。

 きっと、この顔を見ればみんなの評価も天まで上がるだろう。

 でも、少し僕の胸の中にだけしまっておきたいと思うこの感情は、どこから湧いてくるのだろう。




 言いたいことは全て言った。

 もう、俺と彼女は大丈夫だ。

 だから、最後にあの人を助けてあげよう。

 そいつは一人給水器で水を飲んでいた。

「よう、どうした? そんな怖い顔して」

 僕は彼に告げる。

「影に隠れて生きるのは、そんなに楽しいか?」

 彼は全てを悟ったような顔をした。

「伊波か? うちのエースか? それともお前か? 影が多すぎてわからないな」

 桜木の声音は淀んでいた。

「全部だよ。お前は何がしたいんだ?」

 深く息を吐く音だけが空間を占めた。

 そして、桜木は頭を掻くと、顔を上げた。

「俺はな、秋篠。怖いんだよ。俺のポテンシャルは高いよ。でも、世界一じゃない。顔も、頭も、運動能力も全部上がいる。だから、勘違いしないようにどんな小さな空間でも一番にならないようにした。どこかで勘違いしないように自分を抑制しないといけないんだ」

 体育館でこいつと喋った時からあった違和感だ。

 彼もまた俺や橘同様、世界に怯えている者だ。

 みんなや誰かが怖くて逃げているんだ。

 自分が信じられなくて、自分以外ばかりを信じている。

「俺はお前ほど努力してて、カッコよくて、ずる賢い奴は知らないけどな」

「はっ、お前はいい隠れ蓑になりそうだったんだけどな。伊波には悪いけど、あいつは場繋ぎだよ。役不足だな」

 俺は無言で桜木を睨む。

「あぁ、橘には悪いことしたよ。お前の推察通り、伊波たちをけしかけて誘導したのは俺だ」

 俺は拳を握る。

「俺はお前に少し憧れてるんだ。逃げないでくれよヒーロー」

 桜木は肩の力が抜けたように笑った。

「結局、自分の道に隠れる場所なんてないってことか」

 そう言うと彼は降参とばかりに両手を上げた。

「本当に困ったときは助けてやるよ」

「あぁ、頼む」

 俺はけじめの意味を込めて、彼の顔面に拳を叩き込んだ。

 それを彼は無抵抗で受け入れた。




 全部ではないかもしれないが、大体は片付いた。

 だから俺はあの場所に向かうのだ。

 俺たちとは違う、確かな自分を持った彼女のもとへ。

 いつもの湖だか池だかわからない場所で、彼女は俺なんていなくても黙々と人の顔を描いていた。

 この世界で認められていないその行為を、自分の価値観で否定するために。

 鏡なんてなくても、彼女は自分の今の活き活きした顔に自信を持っているのが見て取れる。

 俺は彼女の背に立って、ようやく彼女は俺に気が付く。

「よう、ちっとはカッコいい面になったじゃねぇか」







何とか完結まで持っていけました(冷や汗)

少し駆け足気味だったでしょうか?

この作品は書いていて色々な設定が思いついて楽しかったです。

正直、もう少し書きたい気持ちもあったのですが、どうも書いていて蛇足になっている気がして最近は書いては消しての繰り返しでした。

色々な個性ある奴らが出てきて、これからの彼らの学園生活を思い浮かべてしまいますが、一旦これで終了とさせていただきます。

最後までお付き合いいただいた読者様に深い感謝を。

……掛宮、男前だったなぁ。

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