普通のものなんてなくって
さて、放課後。
他にうちのクラスで、俺とそこそこ親しく、伊波グループにも属していない奴となると少ない。
最近色々あって、一方的に気まずいんだが、奴のところに向かうしかない。
俺は校舎裏の庭園に来ていた。
「やぁ、辻、一人か?」
庭園で、庭いじり? をしていた辻に声をかける。
辻はこちらを振り返ると、笑顔で答えてくれた。
「やぁ、秋篠君、今日は美化委員は部長会議とやらで、休みなんだけど、どうしても植えたばかりの薔薇が少し気になってね」
部長会議……そう言えば、橘もそんなことを言っていた気がする。
「そうなのか、いきなりで悪いんだが、ちょっと聞きいてもいいか?」
辻はどうぞと言わんばかりに肩をすくめる。
「僕に答えられることなら」
俺は礼を言うと、いきなり核心に触れる。
「……最近、クラスの女子たちの間で変な空気がないか? 特に伊波周辺とか」
辻は、特に隠すそぶりもなく、あっけらかんと答える。
「どうやらそのようだね、僕はあまり詳しくはないけど」
「何が原因とか分からないか?」
「さぁ、特に興味がなかったんでね」
もう少し、正義感とかがある奴だと思っていたが、唯我独尊タイプなだけだったかな。
辻は更に続けた。
「そう、本当に興味がないんだ。彼女以外には、何の興味も持てなくなったよ‼」
「…………」
辻は、目を輝かせ始め、俺に詰め寄ってきた。
「ねぇ、秋篠君、君は一年生にツッキーって子知らないかい? 色々調べてみてるんだが、見つからないんだよ」
駄目だ、こいつ、早く何とかしないと。
これじゃ、ただの見栄えのいい無能だ。
俺は、短く嘆息する。
「はぁ、残念ながら知らないな」
「そうか、残念だよ。確かにこの学園中の美少女を知っている私が知らない情報を秋篠君が知っているのも妙な話だしね」
……なんか、こいつは深く知らない方がよかったタイプだな。
「因みに、辻よ。美少女マスターのお前に聞きたいんだが、伊波と橘、どっちが可愛い?」
辻は、その質問に特に疑問を抱く様子もなく、さらりと答えた。
「うーん、橘君も捨てがたいが、やはり薔薇のような鋭くも気品のある伊波君かな」
これで、何連敗だ?
なんだが、勝手に人気投票みたいなことして橘に申し訳ない気分になってきたな。
俺が黙ってしまったせいか、辻が様子をうかがってきた。
「参考にならなかったかな?」
「……いや、参考になったよ、ありがとう」
俺の帰る背中に「妹さんによろしくね~」と聞こえたのは、気のせいではないだろう。
中等部まで把握しているとは、美少女マスター恐るべし。
―ボッフ
俺は帰宅して、自室に入ると、ベットにダイブした。
「なんで、誰も分かってくれないんだ」
俺は、そんな十代には、ありがちなセリフを口にする。
結局、イジメの原因はつかめなかった。
そして、更なる問題が発覚した。
ここまでくると、認めるしかないのか?
俺の美的感覚がおかしいのか?
俺は、どう考えても橘が伊波に容姿で負けているとは思わないし、ブスなんてもってのほかだ。
でも、数字が出てしまった以上、言い訳のしようがない。
容姿というのは、不思議なものだ。
誰か、絶対的な意見を持っているものがいない。
例えば、これが壺の話だとしよう。
九十九人の一般人が、これは普通の壺だと言っても、百人目の壺の美術鑑定士のような男が、これは値が付けられないほど、凄い壺だと言えば、それはとても価値のある壺になるのだろう。
でも、容姿はどうだ?
誰かの容姿に、絶対的な採点が出来る人間なんていない。
だから、数でしか信頼できるものがない。
統計がすべてだ。
他と違う意見を言うものは、イレギュラーでしかない。
容姿においての判断は、イレギュラーがイレギュラーでしかない。
そうなってくると、俺は一つの結論にたどり着いてしまう。
俺の美的感覚はおかしいのではないか?
別に橘が伊波より容姿で劣っていたからといって、どうということはない。
これからも橘は俺の大切なクラスメイトだし、イジメから救いたい気持ちに一ミリのズレもない。
でも、俺の中にある周囲とのズレという違和感は、また別問題だ。
……なんか、次々と問題が出てくるな。
そして、俺の美的感覚がおかしいなら、俺がブサイクだと感じた、あの自分の人物画はどうなるんだ?
俺は、俺の中で、何かが揺らいでいるのを感じていた。
そんな揺らぎを忘れるために、取り敢えず中間試験の勉強に没頭した。




