この世界の普通の不良
俺が落ち込んで校内をフラフラと俳諧していると、面白い奴に見つかった。
「オッス、逸鬼先輩、どうもです」
そこには、プリン頭につり目の自称ヤンキーな女の子、岡藤 リンネがいた。
名の通り、新御三家の一年だ。
彼女とは、中学の時ふとしたきっかけから縁があり、互いの名前を知る前からの付き合いで御三家関係での気兼ねはない。
活発で人懐っこい性格の彼女は、いるだけで周りを元気にしてくれる。
「おう、リンネ、ここは二年のフロアだけど、なんかあったのか?」
「いや、廊下の汚れを見つけて、雑巾がけしてたら二年生のフロアまで来てたッス」
「……相変わらず、ヤンキーからかけ離れた奴だな」
こいつの善行は底なしだ。
「いっ、いや、べっ、別に誰かの為とかじゃないッスよ、自分の為ッス」
こいつは褒められるのがあまり好きではないらしく、いつも顔を真っ赤にして否定するのだ。
「ほう、どうしたら雑巾がけが自分の為になるんだ?」
「ほら、誰か知らない奴にいい事されたら、なんか強制的に貸しを作られたみたいでむしゃくしゃするでしょ? でも、誰か知らない奴だから、貸しも返せない、しょーがねぇから他の奴に貸しを作ろうといいことするでしょ? 次の奴もむしゃくしゃして、誰かに、ってな具合で結局回りまわって自分のところに戻ってくるんッス」
「優しい世界だな、おい」
言葉遣いが荒いだけで理想の世界そのものじゃないか。
「自分優しくないッス」
「お前が優しくないんなら、世界に優しい人はいない」
なんで、こいつはヤンキー目指しているのか不思議でたまらない。
しかも、こいつ初めて会ったときは綺麗な黒髪だったのに、金髪に染め初めて、不器用さとずぼらさも相まってプリン頭の出来上がりだ。
俺、髪なんて染めてる人間初めて見たよ。
底抜けに明るいこいつを見ていて、先ほどまでのショックを忘れかけていたが、傷は深く、またゆっくりと頭に響いてくる。
もののついでだと思い、リンネは知らないだろうけど、雑談の延長で、うちのクラスの風評を聞いてみた。
「なぁ、お前うちのクラスの人間誰か知ってる奴いる?」
知ってて、俺以外だと掛宮ぐらいが有名か?
「あー、逸鬼先輩のクラスッスか、学年も違うんであんまり詳しくないッスけど、新御三家つながりで掛宮さんは知ってますね、あとバスケ部の部長の桜木さん、美化委員のリーダー的存在の辻さん、あと水泳部のエースの江畑さんもいますね、女子バレーの伊波さんとサッカー部のキャプテンもいますよね。学年一位も逸鬼先輩のクラスでしたよね?
……えーと、他には……」
あまりもの情報量に、聞いた俺が少し引いてしまった。
思わず喋っている途中で、さえぎってしまう。
「ちょっ、ちょっと待て、リンネ、なんでそんなに詳しいんだよ?」
リンネはきょとんとした顔をして答える。
「そりゃ、他のクラスよりは逸鬼先輩がいる分、少し気になって調べますよ。そんなに驚いた顔してどうしたんッスか? 大福の中に苺が入ってたみたいな顔してますよ」
調べるが、網羅するレベルなんだけどな。
俺は話が進まなくなるので、ツッコミどころを飲み込み質問を続ける。
「大福の中に苺なんて入ってたら、そりゃびっくりするな。まぁ、いいや。お前、橘は知ってるか?」
「えーと、将棋部の主将さんで将棋大会全国三位の方ですよね?」
「……知ってるのかよ」
ってか、三位って凄すぎない? そして俺の後輩が、俺より俺のクラスメイトに詳しいんだが?
「ちなみに橘って綺麗だよな?」
リンネは一瞬固まると、小首を傾げる。
「……いや、自分、容姿までは分からなくて」
麻痺しかけてるけど、それが普通だよな。
「そっか、変なこと聞いて悪かったな」
リンネは首と両手を全力で振る。
「いやいや、全然ッス」
俺は、色々と変なことを聞いて、後ろめたさを感じたので先輩風を吹かしておくことにした。
「よし、二年のフロアをピカピカにした褒美に明日は昼飯でも奢ってやろう」
そう言うと、リンネはお目目を輝かせ、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「本当ッスか! やったー!」
こいつといると小動物を飼っている気分だな。
頭撫でたくなる。
可愛い後輩を、これ以上私事に巻き込むのはやめておこうと、固く心に誓った。




