普通の価値観
朝の下足箱。
そこでは、高確率で春菊と遭遇する。
今日もそうだった。
「はよーッス」
「おはよう、春菊」
俺は、その時ふと思った。
根本的原因は、当事者たちに聞かなくては分からないだろうが、何か取っ掛かりのようなものを掴める可能性もあるので一応聞いてみることにするか。
「なぁ、お前って伊波たちと仲良かったっけ?」
「うーん、悪くはないけど、別に特別いいわけでもないな。俺たち小等部組だし、あいつ中等部からの編入だったよな?」
「あぁ、確かそうだったな」
別に選民思想があるわけではないが、小等部組、中等部から編入組、高等部から編入組と同じ時期からいた生徒同士で仲良くしているのは、この学校では珍しくない。
「だけど、伊波って結構その辺気にせずに仲良くしてるから、もしかしてと思ってな」
俗にいう、コミュニケーションお化けといったところだろうか。
それも、取り入るのが上手いタイプではなく、自分の魅力で周りを引き付けるカリスマタイプだ。
俺の質問に、何か邪推をしたようで春菊はニヤニヤしながら俺を小突く。
「おっ、逸鬼が珍しく惚れちまったか? どっちもクラスの顔だし、結構お似合いなんじゃねぇの?」
「馬鹿、そんなんじゃない」
伊達に付き合いが長いわけではなく、俺が本当にその気がないと分かったようで、神妙な顔で納得し始める。
「うーん、確かにそうか、あいつ、たまーに寒気のするような空気出すよな。絶対裏の顔があるぜ」
春菊の人を見る目は、意外と確かなもので伊波の二面性にもしっかりと気付いているらしい。
俺は、その勢いで、どうしても確認しておきたい事項があり、一応? あんまり確認するまでもないかもだけど? まぁ、ついでだからしておこうかな?
「なぁ、春菊?」
春菊は暢気な調子で返事をする。
「なんだ?」
「あっ、あのだな。橘って客観的に見てだぞ? 客観的にみて美人だよな? 伊波よりは美人だよな?」
あいつらの「ブス」発言が気になったわけじゃないが、俺とあいつらのどっちが正しいかを、火を見るより明らかだが、一応確認しておきたいのだ。
春菊は、思ったより即決はせず、言葉も歯切れが悪かった。
「あぁ、橘か。う~ん、ブサイクじゃないと思うけど美人かな? いや、どうだろ?」
「は?」
もっと、圧倒的な意見かと思ったが、答えは予想とは大きく違った。
何故わからないんだ? あんなに美人なのにだぞ?
でも、春菊は下手な嘘をつくような奴じゃない。
つまり、これが正直な反応だということだ。
「おいおい、本命は橘か? 優しそうでいいじゃないか」
春菊が俺を茶化すが、適当に相槌を打つのが精一杯だった。
……思えば、俺は誰かに橘が美人かなんて確認したことがなかった。
当たり前と言えば、当たり前なのだが、そういうのにどこか気恥ずかしさを感じていたし、周知の事実をわざわざ確認するまでもないと思っていた。
でも、こうなってくると大前提が狂ってくるのか?
俺の審美眼がどこか少しおかしいのか? 美醜の感覚がおかしいのか?
いや、それはいくら何でも橘に失礼だろ。
いや、たまたま春菊の感覚がおかしかっただけの可能性もある。
まだ、意見が割れただけだ。
俺と伊波グループと春菊の一対二だ。
俺は新たに探る項目が増えたことに、悶々としながら次の聞き込み相手を考えることにした。
「伊波と橘どっちが美人か?」
桜木は頓狂な声を上げる。
「急にどうした?」
俺は、昼休みの雑談ぐらいの感覚で切り出したのだが、やや唐突だったようだ。
「いや、ふと思っただけだよ」
「変なことをふと思うやつだな。で、どっちが好きなんだ」
桜木はニヤッとした表情でこちらの顔を覗く。
春菊じゃなくても、こんな質問をすれば、そう取られてもおかしくはないか。
「そういうことじゃないんだが、客観的な意見が欲しくてな」
早く、桜木に味方してもらって二対二に持ち込んでやる。
「そうだなー、単純な容姿なら伊波じゃないか?」
俺は絶句した。
三対一だと?
俺がおかしかったのか?
俺は軽く礼を言うと、力なくその場を後にした。
桜木に伊波と橘の間に何があったか聞こうかとも思ったが、この前体育館で違和感について聞いたとき、特に何か知ってる様子ではなかったのでやめておいた。




