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故郷に戻ってみるのはありだと思うよ?

 「そぉれっ!」


 シエルの声が、ダンジョン内に響く。魔物の身体の半分の大きさもある氷柱を放ち、身体の中心を抉り取る。

 対するエリーも負けじと、剣を振るい薙ぎ払うように敵を殲滅していく。

 ルリはというと、シエルの近くで討ちもらした敵をせっせと倒していた。


「えーちゃんそっちどう~?」

「どう……ってまだまだいるわよ……そっち送ろうか?」


 冗談めいた言い方でシエルに聞くと、軽い調子で「厳しいからいや~」と返してくれた。ということは、まだまだ余力はあるのだろう、とエリーは勝手に解釈していた。


「お嬢様、前っ!」


 ルリの声に、即座に反応して自らに襲い掛かってくる虫を焼き払う。

 数十分後には数百を超える虫の死骸の中に三人は立っていた。誰にも、疲れの色が見えずもう数百増えていても、同じ結果が見えるだろう。

 こんな事になっているのは、学園長であるゲッカからの依頼──という訳でもなく、教師から課題替わりに、と頼まれたのだ。

 この学園では依頼が学園長を通して、受理されれば正式に依頼として処理される。だが、教師が実力に合っていると判断すれば、依頼としてその場で申請することも可能なのだ。

 それで、三人は大量の虫の駆除に追われている、ということだった。

 余力を残して、悠々と帰ろうとしたとき、後ろから巨大な甲虫が姿を現す。おそらく、この甲虫がこの大量発生の原因だろう。

 シエルたちの身長をゆうに越すその姿は武に通じるものがないものだったら失神すらしかねないものだったのかも知れないが、


「うわぁ……あの虫の節の部分ダメだわ……グネグネ気持ち悪い……」


 エリーが本気で嫌がっていた。目の見えないといっても姿形は理解できるシエルも同様の反応を示していた。


「クネクネ……嫌い……さっさと倒す……」


 シエルは性格が変わるほどの変貌を見せていた。ルリからはいまいち変わった様子は見られないが、いつもよりもビクビクしているような気はする。

 金切り声を上げて襲い掛かってくる虫に、シエルは火球を作り出し打ち込むが、その硬い甲殻に阻まれる。


「ふぇっ!?そんなのありぃ!?」


 火が効かない虫にシエルが驚きを見せる。効かないことを見て、エリーとルリが同時に飛び出す。


「斬撃なら、大丈夫でしょっ!!」


 シエルが神速の一閃を抜く。だが、ガチンという硬質な音とともに弾かれる。いくら、エリーが毛嫌いしていようとも、アトラの作る武器は一級品だ。

 それが弾かれるなど、尋常でない硬さの甲殻を持っているのか、弾く技能があるほどの知能の高さがあるかのどちらかだが、間違いなく前者だろうが、そこまで硬い甲殻となるとどうやって壊すかのアイディアが浮かばない。


「私に、おまかせください……っ!」


 ルリの爪が高速で振り下ろされると、まるで先ほどの硬い甲殻が嘘のように引き裂かれ、その巨体を地に伏せさせる。


「ほんと凄いわね……何の素材でできてるのかしら」


 あきれ半分、感嘆半分といった比率での感想を漏らすと、ルリも同じような反応を示していた。


「なに、なんでしょうね……?」

「わかったら苦労しないけど……使ってるルリならわかるんじゃない?」


 エリーの冗談を、ルリは真面目に受け取り考えていて、すこし申し訳なくなったエリーが止めに入った。


「別に、まじめに考えなくてもいいわよ……」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 それから、学園に帰ると腕を激しく上下に振られるほど感謝され、シエルは相当驚いていた。

 いい気分で自室に戻り、今日はそのままありあわせで食事を取って入浴後にゆっくり寝て疲れを取ろうと思っていた。

 自室の扉を開けると──


「……見間違いかな?」

「……多分、合ってるわよしぃ」


 窓が開いており、ベッドの近くの椅子にガゼルが座っていた。

 通常のガゼルとは違い少し小柄なので、丘陵地帯に生息しているという『ウィンドガゼル』だろう。特徴は、多数いる獣型に分類される魔物の中でも特に足が速い魔物として上げられている。

 性格は温厚なので、こちらから危害を加えない限り、襲ってくることはないしむしろ友好的だ。好物であるケイブベリーを与えれば高確率で懐いてついてくる。その小さい体格と足の速さは、愛玩動物としてだけではなく、軍などの伝令役にも使われているのだ。

 今回は後者のほうだろう。迷い込んだとは考えにくいし、なによりもしそうなら既に別の誰かに捕まって、飼い主のところへ戻っているはずだからだ。


「考えどおりなら……やっぱりね」


 首輪の裏側に小さく折りたたまれた無地の紙が挟まっていた。それを広げて見てみると、差出人はレイラと共に行動していたリューベックの様だった。

 内容は、獣人族ワーウルフの村が何者かに襲撃され、その中の「姫」と呼ばれる重要人物が消息を絶っているため、探してほしいとの事だった。その村は、帝国から西に三日ほど馬車を走らせたところにある森の中にある、との事だった。


「私たちこき使いすぎじゃない?」


 急いでいたためか、シエルにはその内容がわからなかったため、口頭でその内容をかいつまんで伝えたら、


「そうかな…?なんとなくだけど、今回は私たちも関係してるような気がするの」


 シエルの勘は今までもかなり当たっている。特に、自分たちが関係しているような事に対しては、百発百中だった。


「しぃがそう言うなら、私は何も言わないけど……ルリ」


 まだ、エリーに名前を呼ばれることに慣れていないのか、ひゃいっ!?と裏返った声で返事を返す。


「別に緊張しなくてもいいわよ……あなたが住んでいた場所ってどこにあるか聞きたいだけよ。貴女も同族でしょ?」

「あ……えっと、とお、いですけど……いいですか?」

「今は近い遠いの問題じゃないからいいわよ」


 そう言って、場所を聞くと帝国から北に約一週間ほど馬車を動かせば着くことのできる山の中にあるようだった。

 場所をあらかじめ買っておいた世界地図で大体の位置を把握してメモする。シエルには口頭で伝えようとしたが、逐一言っていくのも面倒なので、地図に魔力を流してシエルに見えるようにして情報を伝えると、


「それじゃ、行くわよ。多分、私たちの魔法なら半分で着けるから」

「そうだね~シルフィさんに手伝ってもらえばもうちょっと速いかも」


 シルフィというのは先日契約を交わした星霊のシルフィードの事だ。当人いわく、長いのは好きではないらしいから、という事らしい。


「ちょ、っと……!?」


 焦っているルリを気にも留めず、せっせと準備を進めている。


「あの……っ!!」


 ルリは必死に声を絞り出して、二人の注意を引く。どうやら、それは功を奏したようでこちらを向いてくれる。


「な、なんで……行かないんじゃ……っ」

「別に、行かないとは言ってないわよ?」


 確かに、エリーは近いか遠いかの問題ではない、とは言ったが行かないとは一言も口にしていなかった。


「そ、そんなの……っ!」

「ずるい、なんて言わないでよ?」


 エリーが先手を打ち、ルリの言葉を止める。


「それに、しぃが言ったでしょ?私たちに関係あるって」

「……どういう……?」


 鈍いルリに、エリーは少しあきれながら説明する。


「ああ、もう……今回の件は獣人族に関係のあることでしょ?だから、同じ獣人族に話を聞けば何かわかるかと思ったのよ」


 これでいい? と、若干怒り気味のエリーに言われて、ルリはヘッドバンキング並みに激しくうなずく。これ以上不機嫌にさせてはいけない、とルリの野生の勘が告げていた。

 ルリの頭の中では、とにかく自分の故郷に行くことになったらしい、程度にしか頭に入っていなかったが、細かいところは二人がどうにかしてくれるのだろう。


「で、でも……遠出するとき、って」

「ああ、外出届ならもう出したし、受理されたから問題ないわよ」


 ダメ元で聞いてみたが、やはりダメだったようだ。

 いつの間にか作ってもらった制服を脱がされ、外出用のメイド服になっている。なぜメイド服なのかはわからないが、十中八九シエルの趣味だろう。


「やっぱり、行くんですね……」


 ルリのため息交じりの言葉などまるで聞こえないかのように、二人はせっせと用意を整えていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 翌日の早朝、シエルたちは帝国の入り口である巨大な門のすぐ外にある草原に居た。そこで


「シルフィさ~んいいですか~?」


 シエルの気の抜けた呼びかけに、渦巻く風が現れる。


 『どうした、シエル?何か用か?』

「うん、ここに行きたいんだけど、力を貸してくれないかな?」


 地図をシルフィードに見せると、自慢げに胸を張って答えてくれる。


 『それくらいの距離なら、半日でいけるぞ』


 端から見ても、シルフィードの細かい感情の変化はわからないがそれでも、何か自慢げになっているという感じはエリーには理解できた。

 星霊回廊チャネリングをしても星霊を認識できるようになるだけで、正確な姿までは見ることはできない。それでも、なんとなくの感情はわかるようにはなったのだ。


 『……あ、ちょっと待ってくれないか?』

「うん?どうしたの?」


 シエルは地図を改めて見て、顔色を悪くしているシルフィードを心配する。


 『あ、いや……多分、大丈夫だ……』

「どういうこと?」

 『私の仲間がいる場所があの付近にあってな……で、私はそいつが苦手でね……』


 シルフィードが頭を抱えながら、そう話してくれた。


「会わない確率のほうが高いんでしょ?」


 そうだが……と苦虫を噛み潰したような顔をして返してくれる。


「大丈夫だって♪ 話せばわかってくれるから!」


 シエルの前向きな発言に、不安になりながらもシルフィードは行くための準備を整えていてくれた。

 三人が小さくかたまり、シエルの魔法で三人の体を浮かせ、シルフィードの魔法で一気に目的地まで飛んでいく。風を切る、という表現がぴったりと当てはまるほどの迅さで飛ぶ。予定では半分の三、四日辺りで着くはずだったのに、数時間も飛ぶうちに、目的地の巨大な山が見えた。


 刹那、山の中腹で何かが光った気がした。そして、三人が前を向いたときには、白く光る槍が目の前に迫ってきていた。


 『っ! 備えろ!!』


 シルフィードが前方に暴風を発生させ、光の槍と激突する。

 瞬間的に備えることができた二人は何とか踏ん張ることができたが──


「るぅ!!」


 暴風に耐え切れず、シエルが制御している魔法の圏外まで吹き飛ばされてしまう。


「っ…!!」


 ぐんぐんと小さくなっていくルリの姿に、シエルが手を伸ばそうとするが、


 『ダメだ、間に合わない。それに、あやつならば問題ない』


 シルフィードがそう言って、シエルの動きを止める。ルリは器用に空中で回転し体勢を立て直して、地面に着地する。その姿は犬、というよりは猫のようだったが、少なくとも無事だということは確認できた。


「ルリ! 私たちはそのまま村に向かうから! 後から合流してきて!」


 エリーが叫ぶと、ルリはそれを聞き取ったようで、見えるように大きく頷き山のほうへと疾走する。

 こちらはまだ光の槍と暴風がせめぎあっている。どうにかしなければいけないが、この状況で下手に割り込めば、被害が来るのは明らかにこちら側だ。


 『シエル、助力をしてくれ……多分このままじゃ抑えられない……っ』


 シルフィードが厳しい表情でシエルに話しかける。

 さきほどまでは拮抗している状態だったのに、今は若干ではあるがシルフィードの風が押されていた。このままではすぐに押し負けてしまうだろう。


「じゃあどうするの!?」

 『槍の下から闇魔法を打ち込んで弱化させてくれ。そうしたら、何とか打ち返せずとも逸らす事はできる』


 そう言われて、シエルは槍の下側へと回り込む。エリーはシエルの体を支えるために、体をしっかりと抱きしめていて、


「こんな状況じゃなかったら……もっと、違う気分になれたのかな?」

「……ふざけてないで、さっさと槍をどうにかするわよ」


 エリーはそう突っ込むが、顔は朱に染まっていた。シエルの目が見えないことが幸いしたなと内心で思っていると、すでにシエルは魔法を詠唱していてエリーもまじめに、体を支える。

 複数の魔法を使用すると、やはり効力が落ちるらしくできるだけ集中できる環境の方がいいらしい。


「『星の巫女が告げる!昏き月の光の浴びし大鎌よ、光を喰らい終わらない夜を与えよ!』『ブラックサイス』!」


 詠唱を終えると、漆黒の大鎌が作り出され、光の槍に振り下ろされる。打ち合わさると、激しい音と衝撃波が辺りを襲う。いなそうとしていたシルフィードの風とは違い、槍に当てている分激しいのだろう。

 エリーも消していた羽を現し、羽ばたかせて吹き飛ばされないように耐える。


 『十分っ!吹き飛べえええっっっ!!!!』


 風をさらに強め、いままでの拮抗した状態を打ち崩し、光の槍は天高くに消え去る。

「……やったの?」

「……人だったら倒せてないけどね、その台詞」


 エリーの的確なつっこみをスルーして、シエルは目の前の山を見る。その表情は固く、光が走った一点をじっと見つめていた。


「すごい魔力だった。一瞬だけど、シルフィさんと一緒くらい……」

 『あれを打った奴が私の生涯の中でもトップクラスに苦手な奴だ……』


 シルフィードは頭を抱えてこの上なく焦っていた。だが、シエルは平静を保っていて、シルフィードに話しかける。


「……私が、なんとかするよ」

 『何とか、だと!?』


 シルフィードは驚いているが、シエルには確信があった。この攻撃の主となら何とかなるという勘ではない確信が確かに存在していた。

 だからこそ、シルフィードに言ったのだ。


「私を信じて、シルフィ」

 『……わかった。私は、シエルを信じることにする』


 二人の会話が終わる頃を見計らって、エリーがひんやりとした言葉を浴びせかける。


「で、お話は終了? さっさと山の中、というか獣人族の村に行きたいのだけど?」

「あ……そう、だね。シルフィさんお願い」


 う、うむ……と少し困り顔のシルフィードが山の中へとゆるやかに飛んでいく。先ほどの攻撃を警戒してだろう。


 『……外しましたか』


 山の中腹の木々の隙間が僅かにできている所で、一人の少女が白く輝く弓を下ろした。見た目は十六、七といったところに見えるが、そのオーラは歴戦の猛者からにじみ出るものかそれと同等以上のものだった。


 『まあ、いいです。一人ではなかったですから、流れ弾に当たってもらっては困りますからね』


 そういうと、少女は弓をまるで元から存在しなかったかのように消し去り、その場を立ち去った。

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