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分野選択って大事だから、ね?

 「いきなり会っておいて何を言い出すかと思えば……」


 学園長の部屋から出てきたエリーはいきなり不機嫌だった。それを、シエルがまあまあと窘めているが、しばらくの間はこのままだろうと内心思っていた。

 エリーが怒ったときはかなり長い間続いているのだ。平均的には一日前後だが、長いときは一週間は続いていたため、今すぐこの怒りの炎が沈下することはまず無い。

 そしてそれを作り出した、理由は数十分前に遡る──



「二人にギルドに入ってもらいたいの」


 そう言ってきたのはレイラだった。突然そんなことを言われて、はいともいいえとも返せずに困っていると、


「だから、そのいきなり結論から話しに行く癖どうにかしろよ……困ってるだろ」


 困惑していた二人に、リューベックがフォローに回ってくれた。


「あ、ごめんなさい……別に、今すぐじゃないよ?学園を卒業してから、入るかどうか考えて欲しいなって言いにきたの」

「そんな先の事を考えろってわざわざ言いにきたの?」


 エリーの威圧的な一言もレイラのマイペースには効かないようで、でも~と続けて、ゲッカに視線を振る。


「残念、かどうかは分からないけど、この学期が終わってからはあなた達二人は二年次の授業を受けてもらうわ」


 二人が予想通りの驚きを見せる。無理も無い、というか当たり前だ。学校に入って間もない二人がいきなり、二年生の授業を受けるなど普通ならばありえない。

 学園長であるセッカが決めたのか、二人に対して口を開く。


「あなた達の実力はあのときの決闘、そして今回の探索で十分に分かったつもりよ。そして、まだ君たちの力に余力があることも」


 そう言われて、二人はドキッとする。確かにそのとおりだったのだ。二人にはまだ隠している、というよりは制御できていない力があるといったほうが、正しい。


「で、それがどう繋がるの?」


 エリーは強気にセッカに物申す。


「あなた達の今の実力と、学習環境が合っていないってこと。だから、合わせるために学年を上げさせてもらう」


 それは、学園長としての意見で、生徒である自分たちが逆らえるようなものではなかった。

 それでも、気になる部分は幾つかある。


「聞きたいのだけど、どうして私たちがあのおっさんの依頼で探索へ行った事や、決闘をしたことを知っているのかしら?」

「生徒への依頼は学園を通してからじゃないと受理できない仕組みになっているの。で、決闘の方は単純に聞いたのよ『新入生が上級生を決闘で負かした』ってね」


 そういわれると言うことは、あの事はすでに学園中に響き渡っているのだろう。それが、自分たちの特殊な立場を守る盾となってくれればいいと、考えていた。


「……でも、仮に進級するとして、どうするのよ?分野選択があるじゃない」


 この学園は前期後期の四年制だ。そして二年に進級するときに自分の志望する分野を選ぶのだが、その分野は、騎士課、黒魔法課、白魔法課、そして魔物課の四つだ。

 だが、選ぶときは後期の終了三ヶ月前あたりから選ぶと聞いたのだが、


「それは、今から紙を渡すわ。そこに色々と書いてあるから目を通しておいて。シエルちゃんにも見えるようにしておいたから」


 そう言って、複数枚の紙を渡す。確かに、そこには分野選択の説明が書いてあった。


  「なんで、いきなりそんなに話が進んでるの!? しぃの両親に許可とったの?」


 エリーの言葉に、セッカがその通りねと頷く。


「安心して、許可は取ったわ。二人とも喜んでたわよ?『うちの娘たちがそんなにすごいギルドに入れるかもなんて』……ってね」


 いまいち、真実味を帯びていないような言葉だったが、エリーは相手の言葉の真偽がなんとなくだが分かる。

 そして、セッカが今言った言葉は嘘だとは思えなかった。

 納得はいかなかったが、許可を出したのは真実のようだった。だが、念のためにともう一つ聞く。


「じゃあ、どうやってその許可を取ったの?」

「これを使ったの」


 そう言って、見せたのは魔力を帯びた紙だった。それを鳥の形に折ると、紙がまるで本物の鳥のように姿を変えてちちち、と鳴きながらゲッカの肩にとまった。


「魔法を使った通信よ。仕組みはあなた達ならすぐに分かるでしょ?」


 確かに、仕組みは至極単純で、魔法を齧っているものなら簡単に理解できるほどの物だった。


「それは、分かったけど……でも、本当にいいの? こんな事して」

「こんな事……って、この飛び級のこと?」


 エリーが頷く。いくらなんでも特別扱いしすぎだと、そう思われるかもしれない。辺境からの転入性が、貴族の実力者を倒し、さらに名うてのギルドのコンビにも目をつけられていたのだ。これだけ揃っていて、特別と言われないはずがない。


「そうよ、ここまで私たちを優遇して言いわけ?」

「優遇じゃないわよ。当然の権利だもの」


 そうは言うが、生徒たちはそれほどすんなりと受け入れるわけがない。それが人間というものだ。いや、それが妖精や他種族であっても受け入れられないかもしれない。


「優遇することが、他人に本当に利益になるかどうか……わかっているの?」


 言葉の上ではおかしな発言だったのかもしれないが、エリーの言いたいことはゲッカに伝わったのだろう。

 一瞬だけ間をおいて、ゲッカが口を開く。


「確かに、損失も与えてしまうこともあるけど……これは決定事項なの。……ごめんね、二人とも」


 最期の一言が本当に本意ではないことを告げていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 その話から一週間。とりあえず二人はこれから先、入るであろう分野について軽く調べていた。

 わかったことと言えば、分野的には黒魔法と白魔法に分かれているようだったが、別にその魔法に特化して習うようなわけではなく、あくまでもそちらに重きを置くということだった。


「えーちゃんはやっぱり騎士課?」

「もちろん。私の役目はしぃを守ることだから」


 それよりしぃは? とエリーが聞いてくる。正直な所、シエルは決めかねていた。

 エリーの無茶でできた傷を治すためならば、白魔法課に行ったほうがいいのだろうが、同じ位置に立ちたいのならば、それは黒魔法課に行くべきだろう。

 あうあう……と頭の中で悩んでいると、


「自分が行きたい、ううんやりたいことに繋がるところにいけばいいと思う。私は」


 お母さんみたい、と自嘲気味に笑うエリーに、シエルも笑って。


「私は、そんなえーちゃんも好きだよ?」


 シエルのそんな一言にエリーはぷっ、と噴き出して笑ってしまった。同い年の人にかける言葉ではないだろう。

 だが、それがシエルという人の考えなのだ。おっとりとしていて、それでいて中では信じられないような計算高い作戦を立て、周りの人を振り回す。

 そんな人だということをもう何度目だかわからないが改めて、気付かされる。


「私は、しぃが好きでいてくれるならいい、かな」


 数日後、アトラから武器が作れたという連絡が届いたので、取りに行くために工房までやってくると、そこは相変わらずの熱気で満ちていた。

 その職人たちの戦場とでも比喩すべき所を歩きながら、目的の場所へと向かう。

 それは、後から言われたことだが、奥にいけばいくほど作ってもらえる武器の質が上がるそうだ。アトラのいる場所は一番奥、その意味を理解したところで態度が変わるというわけも無いのだが。


「おじさ~ん武器取りに来たよ~」

「だからおじさんじゃないっての……名前くらい覚えてくれ…」


 シエルの呼び方に頭を抱えながら、アトラが出てくる。なんだかんだ言っても、自覚はあるのかおじさんと呼ばれるたびに顔が引きつっている。


「で、武器はどこにあるの?」


 いつもアトラに厳しいエリーは、特に話すことなど無いといわんばかりの態度で、本題を切り出した。

 アトラ自身にもそれが助け舟になったのか、助かったと視線を送るが、エリーはぶれずにさっさと持ってきてという視線を送り続けていた。

 それに答え、アトラは部屋の奥に用意してあった武器を取りに行く。


「これがあんたの、でこっちの杖が嬢ちゃんのやつだ」


 カウンターに置かれたのは、薄青の鞘に包まれた長剣と、銀色の杖だった。

 それを手に持ってみると、まるで自分の身体の一部のように馴染んだ。


「おお~すごい……」


 シエルも同じような感覚に陥ったのか、驚いていると。


「ま、自信作だしな。それに、色々とオプションもつけてある」 


 アトラがドヤ顔で言うと、エリーが少し迷惑そうな顔をする。そんな余計な物をつけるならさっさと仕事を終わらせろ、そんな目をしていた。

 だが、シエルはむしろそれが良かったようで、嬉しそうにしていると。


「ま、そんな変なものでもないし、それに扱えるのも多分嬢ちゃんたち二人だけだ」


 となると、そのオプションというのは星霊に関係するもののようだった。

 それならば、多少は役立つかもしれないと評価を少し上方修正してその能力をどんなものか確かめようとその鞘から剣を抜こうとした。


「ちょっと、何で止めるのよ」

「いや、目の前で見られると、なんて言うか恥ずかしいんだよな……」


 おっさんとは思えないな、と笑いをこぼす。

 シエルは、それに頷いて部屋に戻ろうとエリーを促す。それなりに腕の立つ鍛治師だとはわかっているため、変な機能はつけてはいないだろう。

 シエルは軽くお礼を言ってその場を立ち去った。


「……ま、お礼を言ってくれるだけありがたいか」



 ◇◆◇◆◇◆◇



「あ、そうだ」


 廊下を歩いていると、シエルが唐突に口を開いた。


「いきなりどうしたの?」

「なにか……忘れたんですか?」


 シエルの突然の思いつきに二人が声をかけてくれて、シエルは。


「忘れてた、といえば忘れてたかな……これのことだよ」


 制服の内ポケットから翠色の結晶を取り出して、二人に見せる。それを見て、二人も思い出したようでああ、と相槌を打つ。


「確かに忘れてたわね……どうする?今からでも呼んでみる?」

「そうしたいけど……外じゃないとだし、もう授業終わったから他の人たちも外出てるだろうし……」

「ほんと、変なとこは真面目よねしぃって」


 エリーの言葉にそんなことない~!と反論していたが、実際に基本的にはのんびりしているのに、人があまり気にしないようなところでは、全力を尽くすのだ。


「じゃあ、部屋の中でやる?防御陣張って」

「それでいいかな……?どう思う、ルリ?」


 いきなり話を振られて、盛大にあわてているルリが、


「ど、どうって……!?い、いいと思います……?」

「よし、じゃあ決定ね♪」


 シエルが嬉しそうに部屋に戻っていく様子を、二人はぽかんとした様子で見ていた。


 帰ってみると、そこには床一面に魔方陣が敷き詰められていた。

 といっても、よくあるチョークで書くようなものではなく、魔力によって空間に書き込まれていて、その中心に、シエルが結晶を手に持って立っていた。いつものマイペースな様子からは想像もつかないくらい集中していた。


「珍しいわね……ここまで、しぃが集中してるなんて」

「珍しい……んですか?」

「ええ、いつものしぃを見てるならわかるでしょ?」


 ルリはこくりと頷く。いつもの周りを振り回すようなシエルからは確かに考えられないような集中力だった。

 魔力を落ち着かせて、結晶にゆっくりと注ぎ込む。


「ふ……ぁ、っ」

「だ、大丈夫……ですか?」

「大丈夫よ。しぃの魔力の最大量は私と同じくらいだもの心配ないわ」


 高位妖精アークエルフの魔力量と同じくらいとなると相当な魔力量になる。

 それと同じくらいとなると、やはりシエルの魔力保有量は尋常ではないのだろう。


「んぅ……くぅ……っ!」


 随分と悩ましげな声を上げているが、本当に大丈夫なのかエリーも少しだが心配になってきた。

 魔力のほうでは大丈夫だと信じたい。高位妖精の同等の魔力クラスでも足りないとなるとどうにもならない。


「大丈夫……よね?」


 そう思った瞬間、結晶が砕け光が部屋を満たす。

 そして、エリーの目の前には渦巻く風の嵐ができていた。だが、シエルにはその真の姿が見えていた。緑の髪と蒼の瞳、その切れ長の瞳からは意志の強さが感じ取れた。


 『そなたが、私を起こしたのか?』

「そうだよ、綺麗な緑色の髪だね」


 シエルのその言葉に常人には風の嵐にしか見えないものが揺らいだ。


 『私の姿が見えるのか?』

「うん、見えるよ」


 自分が見える人間が初めてなのか、エリーから見てもかなり動揺していることが見て取れた。


「名前、教えてもらえないかな?」

 『名前? 私の名前はシルフィード……そう呼ばれていた。そなたの名前も聞こうではないか』

「私はシエル、シエル・アークルーンだよ」

 『何のために私を呼んだ?』


 シルフィードの問いに、シエルはあの時星霊たちに答えたように答える。


「あなたたちと友達になって、力を貸してほしいの」


 やっぱり変なお願いかな?とシエルが苦笑していると、シルフィードは大きく笑う。

 それは、突然玩具をもらった子供のような反応で、


 『巫女殿にそう言われる日が来るとはな、もちろん私の答えは肯定だ。よろしく頼むよ巫女殿、いやシエル』

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